ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ
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地域のタスキ渡し
長井市ではレインボープランという、生ゴミと農産物が地域の中で循環する事業が行われている。他方、長井市を含む、山形県南部の置賜地方(3市5町)では食やエネルギーなどの地域自給をめざす置賜自給圏づくりが進んでいる。
私はそれらの事業に参加してずいぶんになるが、農作業の合間をぬってのとても忙しい日々が続いている。そんな私を支えてくれるのは「地域のタスキ渡し」という世界だ。耳慣れない言葉だと思う。何しろ私の造語なのだから。
私にも後継者として期待されながら農業を嫌い、田舎から逃げ出したいと一途に考えた青年期がある。幾年かの苦悩の末の26歳の春。逃げたいと思う地域を逃げなくてもいい地域に。そこで暮らすことが人々の安らぎとなる地域に変えていく。その文脈で生きて行くことが、これから始まる私の人生だと考えるに至り、農民となった。その転機を与えてくれたのは沖縄での体験だった。
76年、25歳の私は沖縄にいた。当時、国定公園に指定されているきれいな海を埋め立て、石油基地をつくろうとする国の計画があり、予定地周辺では住民の反対運動が起きていた。私がサトウキビ刈りを手伝っていた村はそのすぐそばだった。小さな漁業と小さな農業しかない村。
「開発に頼らずに、村で生きて行くのは厳しい。だけど・・」と、村の青年達は語った。「海や畑はこれから生れて来る子孫にとっても宝だ。苦しいからといて石油で汚すわけにはいかない」。
これは多くの村人の気持ちでもあった。その上で「村で暮らすと決めた人みんなで、逃げ出さなくてもいい村をつくって行きたい。俺たちの世代では実現しないだろうが、このような生き方をつないでいけば、いつかきっといい村ができるはずだ。」
私はその話を聞きながら、わが身を振り返っていた。彼らは私が育った環境よりももっと厳しい現実の中にいながら、逃げずにそれを受け止め、自力で改善し、地域を未来に、子孫へとつなごうとしている。この人達にくらべ、私の生き方の何という軽さなのだろう。この思いにつきあたったとき、涙が止めどもなく流れた。泥にまみれながら田畑で働く両親や村の人達の姿が浮かんだ。
それから数ヵ月後、私は山形県の一人の農民となった。
村には以前と同じ風景が広がっていた。しかし、田畑で働くようになって始めて気がついた。開墾された耕土や、植林された林など、地域の中のなにげない風景の一つひとつのものが、「逃げなくてもいい村」に変えようとした先人の努力、未来への願いそのものだったということに。私はその中で守られ、生かされていた。楽しみの先送り・・こんな言葉が浮かんだ。
その日から、私は風景があたたかな体温をともなったものとして見えるようになった。ようやく「地域」がわかった。「地域」が大好きになり、同時に肩にかかっている「タスキ」を自覚できるようになった。
その後の、農薬の空中散布反対の取組み、そしてレインボープランと・・・。私をこのように動かすものは、地域の風土の中に流れる先人の体温と、私の身体にかかっている「タスキ」への自覚である。
・・・ということなんですが、少し、肩に力が入いりすぎていますね。若いですねぇ。カッコつけてますねぇ。
趣旨はお分かりいただけるかと思います。百姓仲間の友人がいいます。「菅野は農業をやりたくて農民になったのではなく、地域を変えたくて農民になったんだよな。」って。きっかけはその通りでしたね。これが私のベースです。
2015.06.16:
kakinotane
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玉子とコレステロール
「コレステロールの高い食べ物は身体に悪い」。食とコレステロール値について、私たちが信じ込まされてきた「常識」がことごとく間違いであることが5月1日、日本動脈硬化学会の「コレステロール摂取量に関する声明」で明らかになった。
それによると、コレステロールの高い食品をいくら食べても、血中のコレステロール値にはまったく影響がないという。「いや、卵はちょっと遠慮しているんです」。こう言って節制をしていた人も多かったと思うけど、その努力に何の意味もなかったということだ。しかし、これまで厳しい食事制限を喧伝してきたのは同学会。玉子もいらぬ濡れ衣を着せられてきたわけで、かわいそうなことをしたと思っている。
2015.06.09:
kakinotane
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国民必読の書
孫崎享氏の「戦後史の正体」(創元社)とともに
国民必読の書だと思います。
矢部宏治氏の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 』(集英社インターナショナル)。
まだの方はぜひ!
https://fbexternal-a.akamaihd.net/safe_image.php?d=AQD5COJSnGNPGhL9&w=487&h=255&url=http%3A%2F%2Fi.yimg.jp%2Fimages%2Fsocialproducts%2Fblog%2Fimg2%2Fblog_fb_ogp.png&cfs=1&upscale=1
2015.06.06:
kakinotane
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どうだべな?ご同業。
ようやく田植えが終わった。朝日連峰を背景に、うす緑の水田がどこまでも広がっている。田の畦には「春シオン」、「忘れな草」、「オオイヌノフグリ」、「ジシバリ」などの色とりどりの野花が咲き誇り、いま田園は美しい。
農繁期の疲れた身にはこの美しさが何よりの癒しとなるのだが、近年、その野花の咲く畦に除草剤が撒かれ、一面に緑が茶褐色と化している光景が目につく。新緑の春なのに・・・と、見るものの心を荒ませる。
農家ならだれでも知っているように、畦草とその根は、直射日光や風雨から畦畔を守り、根は水と雨からその崩壊を防いでいる。しかしそこではその草ぐさが枯れ、土と小石がむき出しになっている。こんなことを続けていたらやがて畦畔は崩れだし、近い将来、大変な思いをして修復しなければならなくなるだろう。それでもこの光景は年々広がる傾向にあるのだから切ない。
この広がりの背景には高齢化し草刈作業が辛くなっている農家の実情もあるが、多くは1農家あたりの耕作面積の拡大がある。草を刈りきれないのだ。管理能力を超えた規模拡大と、少しでも手間を省く選択としての除草剤。
農民をこのように追い立てるものは、TPPに象徴されるグローバリズムと安いコメの価格政策だ。
ま、明日のことを心配するよりも、急場をしのぐことが先で、足元に火が付こうが目をつぶってやり過ごすが勝ち。日本では農業政策だけでなく、ほとんどがこんなモノサシの中にあるのだから、これも仕方ないという考えも分からないではない。
でもな、農業だけでもその流れから外れなければと思うんだよ。少しでもこの風潮に抗って行きたい。そこに農業の未来だけでなく、いのちの世界の可能性が広がっているように思えるからだ。そう思う者がまず率先して草を刈り、この美しい田園風景を守っていくことだべな。どうだべ?ご同業。
2015.05.31:
kakinotane
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かかぁは一号、米は二号
「“かかぁは1号、コメは2号”、このふかーい意味が分かるか?」
村の総会の後、宴席でそう話しかけてきたのはケンちゃんだ。78歳のコメの専業農家。酒が好きで、根が陽気。酔えば大きな口を開けて快活に笑う。4ヘクタール強の水田をほとんど一人で耕してきた。現役の百姓だ。
「あのな、世に『2号さん』と言う人がいるべぇ。だけどかかぁがやっぱり一番いい。名実ともに『かかぁは1号』だ。コメの場合を1号、2号で言えば、一番いい1号を出荷して、俺たちが食うのは選別から漏れた『2号のコメ』。だからな、百姓の暮らしは“かかぁは1号、コメは2号”となるわけよ。味のある言葉だべぇ。」
「2号さん」などとまったく縁がなかったケンちゃんはそう言って笑った。
その肝心の「1号のコメ」が安い。山形県の主力品種である「はえぬき」の1俵あたりの仮渡価格がなんと8,500円。補助金、清算金を入れても1万円前後にしかならないのではないか。絶望的な安さだ。
42年前の1973年(昭和48年)は、生産者価格が今年と近い10,300円/1俵だった。その当時の全国紙の新聞代は1,100円/一ヶ月。それが今では4,037円。同じ倍率を当時のコメ代金にかければ今ごろは1俵37,801円となっていなければならない勘定だ。それを仮渡価格とはいえ8,500円。新聞は一貫して日本のコメ生産が過保護だと批判してきたが、彼らにそれが言えるのか、と力が入る。
東北農政局が平成25年産のコメの生産原価を発表した。それによると1俵60kgあたり13,490円だという。過去10年間で最も安くなっていが、それでも農家の売り渡し価格よりもはるかに高い。
「ところでな、ずっと2号のコメを食ってきたけど、もうコメ作りはできなくなったよ。」ケンちゃんは決してそうは言わなかったけれど、日本中からコメ作り農家のそんなため息が聞こえるような気がしている。
2015.04.28:
kakinotane
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FM東京に出ました。
なんと!私がFM東京にでました。対談です。お相手は元NHKのアナウンサーで、のど自慢の司会をされていた宮本隆治さん。番組名は大正大学地域構想研究所が提供する「地域人ラジオ」。全国で地域づくりを進めている方々が毎週ゲストとして出演して、その方々の世界をご紹介するという興味深い番組。初回はこの私。お聞きいただければ光栄です。
http://www.tfm.co.jp/chiiki/
大正大学 地域構想研究所 presents 地域人ラジオ
2015.04.06:
kakinotane
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人をケモノにしてはいけない。
<ある原稿・・「人をケモノにしてはいけない」780字>
もうじき4月。まだ1m近い雪が残ってはいるが田植えに向けて苗箱への土入れ作業の準備が進んでいる。ニワトリ達も元気だ。
我が家は朝日連峰の麓(ふもと)にあり、水田4.2hと自然養鶏1,000羽とを組み合わせた小さな循環農業を営んでいる。働き手は33歳の息子と私。専業農家だ。 自然養鶏と言っても聞きなれない方もいようが、要は健康でうまい玉子を得るためにニワトリ達を野原に放し飼いする養鶏だ。
山すそ野で自然に近づけてニワトリ達を飼えば、当然自然の方だって近づいてくる。そこに生息する腹ペコのタヌキやキツネにとって、ニワトリ達は歩くおにぎりやパンと同じだ。かくて、長きに渡って奴らと我が家とのニワトリ達のいのちをめぐる攻防が繰り広げられてきた。
今まで数多くのタヌキやキツネを捕まえはしたが、多くは半死の状態にして森に帰してきた。
「あそこには行かない方がいいぞ。殺されるところだった。」とのPR効果をねらってのことだ。しかし、彼らを何度懲らしめても同じ奴が繰り返しやってくる。負傷した足を引きずりながらやってくる。そこで私は彼らの家庭を思った。
「なんて?もう行くのは嫌だって?何言ってんのよ。子どもたちを飢え死にさせる気?とっとと行っておいで!」
奴らは女房からこっぴどく叱られ、子を餓死させるよりは・・と、恐怖に震えながらやってくるのではないか。きっとそうに違いない。食べ物がないということは命がけのことだ。
人だって生命線の食べ物が無くなれば容易にタヌキにもキがツネにもなってしまうだろう。近年、農業の衰退が著しい。更にここにきてTPPだ。これが通れば自給率が14%まで下がると農水省は言う。農業の問題は農民の収入の問題をはるかに超えて、この国の存続にかかわる問題、この国に住む全ての人たちのいのちの問題だ。人をタヌキやキツネにしてはいけない。ケモノにしてはいけない。
...もっと詳しく
2015.03.25:
kakinotane
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辺野古 県民集会 地元高校生 感動の抗議演説
https://www.youtube.com/watch?v=bCjzToZfJVw&feature=youtu.be
上をコピーしてグーグルかヤフーで検索してください。
沖縄も原発も・・日本が崩落しようとしている。
この現実から逃げてはいけない。
無関心でいてはいけない・・・。
<2月22日 辺野古 県民集会 地元高校生 感動の抗議演説>
2015.03.01:
kakinotane
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辺野古
{PDF}
ダウンロード
_
Adobe PDF
沖縄に住む友人の文章を転載します。
(PDFになります。上に記載の
「ダウンロード」をクリックして下さい)
2015.02.28:
kakinotane
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置賜自給圏を話す
アグロエコロジーの勉強会で
30分の時間をもらって話してきました。
場所は品川の明治学院大学です。
食と農に限定せざるを得なかったとはいえ、まだまだ浅いです。
自給圏には10人を超える論客がいます。
私の話を聞いて、この程度か・・と思わないでください。
私だってまだまだ進化していきますぞ。
これからですから。
下をコピーして検索してみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=8HJRe0HGLrE
2015.02.20:
kakinotane
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いい話を聞きました
いい話を聞くことができました。
下をコピーしてヤフーでもグーグルでも検索してみてください。
http://spotlight-media.jp/article/106300900536746109?utm_source=fb_share&utm_medium=sp&utm_campaign&fb_ref=Default
2015.02.18:
kakinotane
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置賜自給圏ー農の現状から
1、置賜自給圏を知っていますか?
置賜自給圏。どこかで聞いたことがあるだろうか。それは米沢藩の上杉鷹山(1751〜1822年)の治世に学び、自給を基本とした当時の理想郷の再現を目指す地域づくりだ。それは食料、エネルギーの地域自給を基本とするが、閉鎖的な理想郷ではなく、外に門戸を開き、そこから新しい社会のあり方を示そうとする地域づくりでもある。
そんな理想郷を現在に甦らせようとしているのは置賜三市五町の住民だ。もちろん外の応援団も豊富だが、主体はあくまでも置賜に住み、置賜で暮らしている住民である。その住民を中心に社団法人「置賜自給圏推進機構」が設立されたのは昨年(2014年)8月2日のことだ。集まった人たちは200名。農民や農業団体、生協、教育関係者、森林組合、青果市場、旅館業、飲食業、行政、議員・・・と、「置賜の住民」と一口に言っても様々な人たちが集まっている。その人たちがいま、八つの部会に分かれ、具体的な行動計画づくりに取り組んでいる。
いまは、大きな時代の転換期だ。食も農業もエネルギーも・・大きな変化の中にある。そんな時代だからこそ、夢を決意に変え、行動に移すこと、踏み出すことが求められていると思うのだ。
かつて、深刻な財政破たんの中で、怯むことなく改革に立ち向かっていった鷹山公の姿を想像しながら、住民たちの取り組みは始まった。
自給圏の取り組みを食と農から言えば、当然のことながら農作物を地域外に売ることに反対しているわけではない。それは「外貨」を獲得するうえで必要なことだ。地域ごと自給自足のタコツボに入ろうと呼びかけているわけでもない。そうではなく、切りはなされていた地域の田畑と人々の暮らしとをもう一度しっかりとつなぎなおすことで、本来持っている地域の力、豊かさを取り戻し、それを全国に開いていこうということである。何でもかんでも外部に中心を置く仕組みに、便利だからと言って頼って行けば地域は貧しくなるばかりである。また地域づくりも、今までのような産業政策一辺倒ならば、グローバルな市場経済の浸透とともに地域の経済が衰弱し村の消滅が始まっていくだろう。村の崩壊は日本農業の再生基盤の崩壊につながり、やがて日本自身の崩壊へとつながっていくに違いない。
視点を変えよう!外部依存から自給の拡大へ。外から吸い上げられる経済から地域でまわす経済へ。都会化・工業化レース一辺倒から抜け出し、堂々たる田舎、品格ある地域への道を。博物館で埃をかぶっていた「理想」を再び日なたに出そう。誇りをもって地域に残る「学び」とともに、諦めかけていた地域に、もう一度理想と情熱を取り戻そう。
2、自給圏を食と農から見てみると
自給圏の柱を大きく分ければ「食と農」、「エネルギー」、「森と住宅」、「学び」の4つだ。ここでは主に「食と農」から見てみたい。
いま、地球全体を一つの市場ととらえ、国家の枠を超えて商品が自由に行き来し、競争する仕組みづくりがすすんでいる。その先端がTPPだ。工業はこの競争に打ち勝つために、より地代や労働力の安い国に生産の場を移すこともできるが、農業はそうはいかない。それぞれの国に根付いた産業として、その国の地形や気象条件の制約を受けながら生産を続けるしかない。いま日本農業は地球規模の大競争にまるごと投げ出されようとしている。それはすでに始まっている。地域の自然と歴史を背景に代々築きあげられてきた農業が、急速に崩れていこうとしている。
自給圏への背景・・・米作りの明日
今年の米価は途方もなく安い。多くの農家が作っている品種「はえぬき」で言えば一俵60kgあたりの仮渡し金で8,500円。一年後の「精算金」を含めても11,000円を超えることはないに違いない。(今から30年前のS59年、一俵あたりの農家の売渡価格は平均で18,668円だった。自主流通米では22,000円ぐらいだったと記憶している。)
一方、今年の2月に農水省は米の2012年産(H24年産)の生産費を発表した。その全国平均が1俵/60kgあたり15,957円。仮にその生産原価に含まれている36%分、5,744円の労働費をゼロにしたとしても、今年の販売価格には遠く及ばない。農家が一年間のタダ働きしたとしても追いつけない安値ということだ。大規模農家といえどもやっていける価格ではない。いや、大規模農家の方が最も大きな打撃を受ける。
ちなみに生産資材は一切値下がりしてはいない。下がっているのは農家の売り渡し価格だけ。このように販売価格が生産原価を下回るという異常な事態はすでに10年を超える。米作りは事業としては全く成立しない。
TPPの関税の自由化はこの傾向を更に増大させ、1俵60kgあたり6,000円代にまで米価を押し下げるだろうと言われている。これに対応できるところはない。日本農業の壊滅だろう。
政府は大規模化をはかり、1.8haの水田平均耕作面積を20〜30ha(山間部では10〜20ha)に変えていくと言っているが、たとえそうなったとしてもオーストラリアの3,000ha、アメリカの180haと競争などできるわけがない。価格ではとても太刀打ちできないだろう。
外国からの安いコメが入ってきても日本のコメは輸出すればいいという意見もないわけではない。しかし、これほど現実を見ない話はない。H24年度のコメの年間生産量は860万tだが、輸出量は3,380t。全体の0.039%でしかない。輸出が米作りの出口になるとは到底思えない。そしてこの論の本質は、日本国民はアメリカ産の安い米を食え。日本産の米は中国の富裕層に食ってもらえば経営が成り立つだろうという話だ。
そもそも高いとは言うけれど、ご飯いっぱいの値段がいくらにつくのかをご存知だろうか。白米にして70gだ。104000円のコメを買ったとしても28円にしかならない。2杯食べたって56円。コンビニに行けばペットボトル500mlの水は120円で売っている。この水よりも安い。この価格が「不当に高い!」と目くじらを立てて論じるほどのものなのだろうか?それほどの高さなのだろうか。もしこの価格を良しとして食べていただけるならば置賜の米作りと村は守られていくのだが。
さて、話をもどす。近年、環境と生態系に負荷をかけず、何よりも食の安心、安全を第一とする循環農業、有機農業への流れができてきたように見えたが、一転して農法は、農薬、化学肥料により傾斜したものにならざるをえないだろう。一層の省力化、コストの削減が求められるからだ。土からの収奪と土の使い捨て。未来の世代にはぼろぼろになった土しか渡せない。さらにそれは環境への負荷、生態系への打撃となるだろう。それでも生き残ることは難しいだろうが、そんな農業、そのような「国づくり」が進行していくのだ。それを政府は「新成長戦略」という。でも、それがどのような意味で「成長」なのだろうか。
農業、食糧生産をそのような「成長」路線から解き放ち、未来の世代を脅かすことのなく、いまある日本型農業を守り、土や海、森を始めとした、いのちの資源を基礎とする新しい人間社会のモデル、農業を基礎とした循環型社会を広く築き、それをアジアに、世界に示していくことこそが日本の進むべき道ではないかと思うのだ。置賜自給圏はそれを実現しようとする。
自給圏への背景・・・食の明日
長年、百姓してきてつくづく思うことは、「土はいのちのみなもと」ということだ。
作物は言うまでもなく土の産物であり、その育った場所の土の影響を全面的に受け、その汚れはそのまま作物の汚れにつながっていかざるを得ない。土の力の衰えは、作物を通して食べる者の生命力、免疫力に影響を与えていく。
〈表〉 食品成分表にみる野菜の栄養価の変化
(単位mg/100g)
野 菜 名 1954年 1991年 2000年
ビタミンC アスパラガス 30 12 15
ピーマン 200 80 76
白菜 40 22 19
カルシウム かぼちゃ 44 17 20
セリ 86 33 34
ほうれんそう 98 55 49
鉄 分 春菊 3.3 1.0 1.7
ニラ 2.1 0.6 0.7
枝豆 3.0 1.7 2.7
上の表は土に有機物を投入していた1954年ころの農作物と、化学農法になった現在の作物との間で、中に含まれる栄養価の比較を表しているものだ。
農の問題をコストや効率の問題、価格の安さをめぐる競争力の問題として語るならば、ますますケミカルに特化し、作物の持つ栄養価や質の問題はおろそかになっていかざるを得ない。そこに農業の希望があるのだろうか。
くどいようだが、農水省の調査によるとTPPに参加すれば、食料自給率が14%まで下がるという。86%は諸外国の作物だ。それらの作物を食べながらさまざまな国々の土の影響を受けることになる。その土は依存していいほどに安全かどうかは誰も知らない。汚染度合いも疲弊度合いもわからない。国民の健康で安心な暮らしが量的、質的に危機にさらされる。
土の健康は即、人間の健康に結びつく。食を問うなら土から問え。いのちを語るなら土から語れ。健康を願うなら土から正そう。生きて行くおおもとに土がある。自給圏の食と農の基礎はここだ。
自給圏の背景・・食の危険
下の文章はスイスに住む日本人からの転載だ。さもありなん。やっぱり食は国際市場にゆだねてはいけない。「置賜自給圏」の運動によけい拍車がかかる。以下、ご紹介しよう。
前の「たった今」からの数行と、うしろの「良かったら」からの数行はスイスの紹介者からの文章だ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
たった今、ものすごくショッキングな記事を読みました。
驚きで、震えるほどです。 ちなみに、この記事のさらに元記事は、最初に違うドクターが研究発表したのを、Dr. Davisが"Wheat Belly(邦題:小麦は食べるな!)”を出版した後に知って書いたようですから、その本には盛り込めなかったみたいで、アメリカ内でも今頃ショッキングなニュースとして出回っているようです。
とにかく、内容をざっと訳して書きます。
____________________
米国での小麦を収穫する際の基本手順は、収穫する日の数日前に除草剤であるラウンドアップ(主成分:グリフォサイト)を散布することです、そうすることで、早く、簡単に、より多くの収穫を得ることが出来ます。
これは、1980年にはもう行われ始めていたようで、それ以降ずっと、小麦の『乾燥剤』としての収穫前のラウンドアップの使用は、当然の手順として、1990年代後半には、有機小麦以外には全国的にされるようになりました。
小麦にグリフォサイトのような化学物質をかけると、実際には小麦の収穫量が上がるのです。小麦は、不思議なことに、しかも可哀想なことに、毒で死ぬ、というその直前に、青息吐息でより多くの種を放出するのです。
また小麦畑は、普通は不揃いに成熟します。それを、ラウンドアップをかけることによって、まだ畑の緑の部分を、無理やり収穫できるレベルまで成長を促進させるのです。
これは国からのお墨付きをもらっているわけではありませんが、農家は普通に『乾燥化』と呼んで行っています。 これを食べる消費者は、間違いなくラウンドアップの残留を口に入れています。
不思議なのは、ビールに使われる大麦麦芽はラウンドアップが散布されているなら、市場には出せません。豆類もそうです。それが、小麦はOKなのです。
この工程は、アメリカに限ったことではありません。イギリスでも、ラウンドアップを使ったあとの小麦で作ったパンに、グリフォサイト成分が毎回見つかっています。他のヨーロッパの国は、この危険性に気づいているので、例えばオランダではラウンドアップの使用は完全に禁止されています。フランスももうすぐそうなるようです。(日本は、残念ながら大半がアメリカからの輸入小麦です)
このように、ラウンドアップの使用は、小麦農家には農作業の手間を省き、より多くの収益をもたらすかもしれませんが、これを日々食べている消費者には致命的な健康被害をもたらします。
事実、ここ10年のシリアック病や小麦アレルギーの急激な増加は、この工程と無関係ではないだろうと思われます。[表∋仮函蓮米本へは、輸入時の船内で、この小麦にさらにポストハーベストがかけられますから、一体何重でしょうね 恐)
ラウンドアップは、腸の中の善玉菌の活動を著しく悪化させ、腸壁の透過性を激しくし(穴だらけ、つまりリーキーガット)、これが数々の自己免疫疾患の症状へとつながっていきます。(引用終わり)
ーーーーーーーーーーーーーー
良かったら、これをあなたの家族やお友達にも教えてあげてください。 この事実は、拡散させるべきです。日本には、こんな情報はまず入ってこないし、例え入ってきたとしても、マスコミは絶対にこの手のことは語りませんから。
以上
このような食の危機はホンの一例でしかない。遺伝子組み換え食品、BSE、食品添加物、肉へのホルモン剤の投与・・などあげればきりがない。価格競争、効率性の競争は食をどんどんわけのわからないものに変えて行く。また、生産の場と消費の場に距離があればあるほど、責任感が薄れて行く。食材はいのちの糧ではなくなり、あくまでもお金のための手段となっていく。
本来、置賜の食の健康を守ることは、同じ置賜の農業の役割でなければならない。しかし、置賜の作物の多くは圏外に出荷され、圏内には外国産を含む外からやってくるもので満たされている。学校給食でも病院の院内食でも同じだ。置賜の中の食と農が背中合わせとなっている。この両者を結び付けることで、置賜をどこよりも健康で豊かな地域に変えることができるはずだ。地球規模で工業的農作物がまわる中、同じ地域の食と農がつながり、両者の健康な関係を築き治す。これは自給圏の大きな目的の一つだ。
自給圏への扉を開くために
置賜の住民、事業者、行政がともに連携して、置賜自給圏を築くためには、かつての保守だ、革新だ、あるいは〇〇党だというような政治的な枠組みにとらわれてはいけない。単なる同好会のような同じ色合いを持つ者同士が集まって、何かをしようとしてもこの構想は実現できないのだから。それぞれ異なった考え、異なった価値、異なった生き方をしてきたものたちが、相互の違いを認めあい、尊重しながらつくり上げられていく連携。この中から「自給圏」が生み出されていく。また、自給圏の取り組みは、住民と関係団体、行政が相互に連携する協働事業として育てて行かなければならない。
希望はどこかで我々がやってくるのを待っていてくれるということはない。希望はだれかが与えてくれるものでもない。それは自分たちで創りだすものであって、それ以外の希望はけっしてやっては来ない。
2015.02.12:
kakinotane
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