ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ

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2019年産の年は終わりました。
1年間、ありがとうございました。
菅野農園のような家族農業にとりまして、ますます生きづらい農業政策が進められて
います。
農法の化学化、経営の大規模法人化、企業化です。
そして家族農業をそこに追い込むために、
コメの価格を生産原価まで限りなく低く抑え、
離農を促進した上で、大規模化を目指す法人などには
国が農業機械更新の半額補助をするなどの手厚い支援策がありますが、
菅野農園などの家族農業には全くありません。
離農促進などの露骨な政策があるだけです。
そんな中でも、何とか農家を続けて来ることが出来ましたのは、
皆様を始めとした、お米を直にお取りいただいている方々の
ご支援があったからこそです。
ここに改めて皆様に感謝申し上げながら、
新米から始まる2020年度もどうぞよろしくお願いいたします。

秋の空は変わりやすい。

裏日本の気候は特にそうだ。午前中は晴れていたと思ったら、午後には曇りとなり雨が落ちてくる。
困るのは外に干している洗濯物や布団。へたすると間に合わずに雨にあててしまうことになる。秋に入ればこんなことはいつものことだ。

さて、昔からこのように移ろいやすい秋の天気を、これまた変わりやすい男心にたとえ「男心と秋の空」といってきた。近年『女心と秋の空』などと言われたりもするが、たとえの始まりは「男心」の方がであって、「女心」ではない。開いたことはないが、広辞苑などにもそのように掲載されているらしい。

ちょっと前になるけれど、我が家に東京から男4名、女4名の8人の友人が訪ねて来たことがあった。それぞれが社会運動に何らかの形でかかわっている人たちだ。全員理屈はたつ。
秋の空はそもそも「男心」か「女心」か・・・このことをめぐって議論になった。「男心」と言ったのは俺一人で、あとは全員「女心」。シャンソンから、あるいは東西の詩から・・、あれやこれやと「女心」であることの理屈を並べる。頭でっかちの世間知らずが!!
男と女ではことにあたっての腹のすえ方が違うんだよ。ちょこっと世の中を見渡してみても、女のほうが「決意」を育てながら人生を送っていることが分かる。どんなに屁理屈を並べようと移ろいやすいのは「男心」であることに変わりはないべ。

「そうか、それじゃお酒一升を賭けよう。負けたほうが勝ったほうにお酒を一本送るんだ。」

一対八の勝負。みんなで調べてみた。その結果は・・・やっぱり俺の勝ち。「男心」だった。ざまぁ見ろ。いっぱいの理屈をこねたあとだけに、彼らの落ち込みは大きかった。源氏の若旦那の例を持ち出すまでもなく、男なんて・・・なっ。まぁ、彼らにはいい薬になっただろう。八人全員が俺にお酒を送ることを約束して帰っていった。

後日、お酒が届いたのは女からだった。女の全員がそれぞれにお酒を送ってくれた。でもな、男からは一本も・・一人も送って来なかったよ。
やっぱりな・・・、ここでもまた証明された。ほんに移ろいやすいは「男心」だ。どうしようもないね。

 社会運動でも政治運動でも、俺はもう女しか信じないな。男はだめだ!

  (以前、書いた短文から)

トイレットペーパーをめぐって行列ができ、マスクをめぐって小競り合いが始まる。コロナ騒ぎのことだ。紙やマスクだからこれですんでいるが、これが食料ならばこんなことでは済まない。大きな騒動になるだろう。
でも安心するのは早い。日本の食糧自給率は37%。先進国の中では最低の数値で、日本人の胃袋の63%を外国にゆだねているということ。因みにカナダは264%、アメリカは130%、フランスで127%、ドイツは95%だ。爆発的な世界の人口増加により、地球規模での食料不足を懸念する声が上がっている中、日本の食料自給率だけが異常な低さだ。世界中で見られる異常気象や天候不順、あるいは国際情勢など何らかの理由で外国からの輸入が途絶えてしてしまったなら・・・いのちへの危機を感ぜざるを得ない。
平時からこんな思いを持っている中での今回のコロナだ。果たして自給率はこれでいいのか。こんな危うい国造りをやめて、もっと基礎から考え直さなければならないのではないか。日本の食糧事情はすでに破綻している。輸入によって事実が隠されているにすぎない。俺は農民として毎日、コメや玉子や野菜作りに励んでいるけれど、だからこそ見える世界があり、そこに都会の人たちの暮らしや日本という国の危うさを強く感じてしまう。 

「とき(時)が来る。トキになる。」という言葉は、和歌山県は本宮町の百姓仲間の造語だ。言葉は短いが、その意味するところはけっこう深い。
世界的には、工業系が主導した生産効率優先の時代から、生命系が主導する循環型社会に向けて、社会の在り方と共に農業の価値が大きくみなおされようとしている。でも、残念ながら日本では、かつての「佐渡のトキ」のように我々百姓は絶滅危惧種になろうとしているという意味なのだけれど、実感だ。
 間違いなく世界的に農の時代が来る。いや、もうすでに来ていると言ってもいい。しかし、日本の場合はそこに農家がいることは期待されていない。農民がいることも期待されていない。農家と農民の姿はなくていい。かくして小農がつぶされ、家族農業がつぶされ、その後に待ち受けているのは農薬と化学肥料にいっそう依存した、遺伝子組み換えやゲノム編集技術が跋扈する世界だ。いのちより生産効率を優先した大規模「農業」、企業「農業」だ。そんな近未来を予感せざるを得ない。それは世界の人々が目指している流れと大きく逆行している。 
さて、ここから先は近未来の話ではない。実際の話だ。この間、俺がたまたま田んぼに一人で出ていた時のこと。そのすぐ傍を観光バスが通って行った。こんな田舎道を・・珍しいこともあるものだと思い、作業の手を休めて眺めていたら、バスは働いている俺の近くでスピードを緩めた。どういう訳か、中の客のほとんどが俺を見ている。カメラを向けている人もいる。ガイドさんが俺に手を振っている。なんだろう?知ってる人じゃないのに。俺もしょうがないから手を振り返したのだが、バスはそのまま通り過ぎていった。そこから俺はバスの中でのこんな光景を想像した。
「みなさま、右手をご覧下さい。あれが百姓でございます。日本の原風景を訪ねる旅、ようやく田んぼのなかでのどかに農作業をしている百姓と出会うことができました。最近では彼らを田んぼで見かけることがとんと少なくなっていましてね。数少なくなっているんですよ。見れてよかったですね。やっぱり田んぼには百姓ですねぇ。風情がありますよ。あっ、手を振っています。みなさん、シャッターチャンスですよ。」
 ま、こんなとこだろうな。でね、次回はなるべく期待に応えて、汚い手ぬぐいでホッカムリしてさ、腰まげてな、鼻水垂らして手を振ってやろうかと思ってんだよ。彼らのなかの原風景にこたえてやろうと思ってな。エッ作り話だって?ホントの話だよ。ホント!

俺たちが絶滅危惧種となり、観光バスが来る。そこまで小農や家族農業が後退するようでは日本も終わりだな。


暑い、暑いと思っていても確実に秋は始まり、成長している。
お盆のお墓参りの日に見たのだが、わが家の裏の栗の木の「イガ」が大きくなっていた。
庭のリンゴも大きくなっている。田んぼでは緑が黄緑に変わろうとしている。
朝、タオルケットだけでは寒いと思う様になって来た。
夜、鈴虫やコオロギたちの鳴き声がにぎやかになって来た。
色んな事があった暑い夏だけど、でも大丈夫だ。
それにつけてもオリンピック。
予定通り強行していたら選手、観客問わず、倒れる人が続出していたに違いない。

前回、ハエがいなくなっていると書いたが、蝶々もあまり見ない。
ミツバチも減った。
作物の実りのおよそ1/3は彼らの働きの成果だ。
彼らがいなくなれば受粉が行われず、多くの果物も野菜も無くなってしまう。
彼らが減ったのは農薬のせいだと言う。
ネオニコチノイド系農薬。
他方、子どもの精神疾患が増えているというがこの背景にもこの農薬があるという。

さて、そこでだ・・・。

我々はいったい、何のために、何を求めて生きているのだろう・・・な。
いつもの年よりハエが少ないですが、どうしたのだろう。
ハエの世界になんかあったのかな。
ハエの親戚でもないのに心配しています。
「うるさい」を「五月蝿い」と表現したのは、たしか夏目漱石だったように記憶していますが、ハエの出始めの5月はことのほか煩(わずら)わしい。
だけど夏の季節には、ハエも、セミやトンボなどと一緒で、
人間とともに暑苦しい夏を耐えていました。
いわば暮らしの仲間でした。
それがいないとなると、ありがたいけれど、どこか淋しいですね。
どうしたのだろうか?
そう言えばトンボもいない。

 ヒグラシ、ニイニイゼミが鳴き、今日はミンミンゼミも鳴きだした。
朝晩はタオルケット1枚では寒いけど、セミの声を聞けば夏だよなぁ。

 閑(しずか)さや岩にしみいる蝉の声

 俳人芭蕉が弟子の曾良を伴い、山形県の立石寺に来たのは1689年7年13日の事だそうだ。その時に鳴いていたのはアブラゼミかニイニイゼミかで歌人・斎藤茂吉を含めての論争があった。
 1932年、茂吉はアブラゼミ派だったのだけど、実地調査などの結果をもとに芭蕉が詠んだ詩の蝉はニイニイゼミであったと結論付けた。
 閑さ、岩にしみ入るという語はアブラゼミに合わないこと。またこの時期はアブラゼミがまだ鳴いていないということからだそうだ。

 そうかぁ、俺もアブラゼミかと思っていた。
 いもち病は高温多湿の中で発生するカビの一種で伝染します。
 殺菌剤を使わない稲作の基本は、多収をねらわず、密植を避け、風通しが良く、日光が足元まで届く成育環境で、決して稲に無理をさせないこと。これにつきます。

 菅野農園ではそのように育ててきました。
 それでも罹ったしまった原因は前にも書いた「イネミズゾウ虫」です。

 この虫に侵食され、本来持っていた抵抗力を奪われてしまいました。いもち病がいったん発生すれば、ひどい場合は稲は全滅、収量はゼロ。その菌は発生した田んぼだけにとどまらず、近隣の田んぼに飛び、隣地の農家にもひどい迷惑を掛けることになってしまいます。

 殺菌、殺虫ゼロ、化学肥料ゼロの米作りは我が家の米作りであって、近隣の農家と共有している価値観ではありません。被害は発生源の我が家の中だけで終わるならば無農薬を貫くこともできるのですが、隣地の仲間たちに迷惑を掛けることは出来ません。稲作は村の中の農業。ここは農薬散布も仕方ないですね。

 来年の課題はまず、打倒!イネミズゾウ虫。ここからです。
20数年続けて来た無農薬田に農薬散布が避けられなくなった。
「お米通信」6月号は「イネミズゾウムシ」。まずその抜粋を読んで欲しい。

「一見、おだやかに見える田んぼの中にも、すでに害虫たちの『活躍』が始まっています。イネミズゾウムシです。40年ほど前に東南アジアの水田から輸入資材に混ざって日本に上陸し、田植え直後の苗の葉肉を食べ、葉網を残します。ひどい場合は田んぼが白っぽく見えるほどになり、収量はほとんど見込めなくなります。
対応策は食用油の散布。彼らは夜、水底に生息し、日が昇ると茎伝いにはい上がってきます。その習性を利用し、あらかじめ水面に食用油を撒いておく。彼らが水中から外界に出るときに身体は油に包まれ、窒息するという仕掛けです。
ですが殺虫剤ではありませんので全滅はありません。被害を低く抑えるだけです。時にはこの方法では抑えきれない時もあります。今年のお米はどうなるか・・。殺菌剤、殺虫剤ゼロの稲作はどこまで行っても緊張が続きます。」(お米通信)

 2か月経過した。無農薬田の60aに「イネミズゾウム」が大発生し、2度、3度と食用油を散布したが苗の侵食がとまらず、どんどん葉肉が食べられていく。その上、抗菌力を失った苗に「いもち病」が発生した。このままでは全く収量が望めなくなる。何度か酢も撒いたが、もう助けるには殺菌剤を使用せざるを得ないと判断。すでに土に潜っているイネミズゾウムシは来年の対応となる。

これで菅野農園の2020年産、2021産のコメのリストからは「無農薬米」が消えることになった。悔しいし情けない。でも、一番悔しいのはこれまでの15年間、無農薬を実践してきた息子の春平だろう。
 蛍が飛んでいる。
まだ朝晩の肌寒さはあるけれど季節は確実に夏に向かっているなと思っていたら、
昨日、トンボが飛び、夕方にはカナカナかな・・とヒグラシが鳴きだした。
夏なのですねぇ。
 という訳で、コメのあれやこれやをひとまず休み、孫たちを動員して梅をもぎ、梅酒の仕込みをやった。今年は昨年の半分の8ℓの瓶に2つ。秋には特製の梅酒が出来上がる予定だ。
 朝日連峰の山々が育んだ湧き出る水と大地の梅の実の芳醇な合作、梅酒。
いくら何でも私一人では飲み切れない。コロナが無くなったらお出かけください。
 濃緑の田んぼを渡る風に頬をまかせ、草地を走るニワトリたちを眺めながら、梅酒で一杯やりましょうぞ。
 首都圏の弁当屋さんが、コロナによる営業不振からキャンセルせざるを得なかった我が家が育てた3,500圓曚匹離灰瓩髻⊃野農園で売らざるを得なくなった話はすでに書きましたが、それからおよそ2か月。今も慣れないエクセルを駆使し、友人たちの助けも借りて、連日コメの販売と発送作業を進めています。
劣化防止のため玄米にせず、モミのまま貯蔵タンクで保管していたこともあって、中にいくらあるかはまだはっきりしませんが、新しくお申し込みいただいた方々全員にはお届けできないことが分かって来ました。
申し訳ない話です。でも、お気持ちに感謝し、事情をお話しして10月の「新米」までお待ちいただくしかありません。そう思っていたらつい最近、パソコンの中の「メッセンジャア」を見ていないのではないかと教えてくれた人がいました。
「注文メールを出したのにいつまでも返信がないから。」
言われてみれば、不覚にも私が入院した5月8日、その前後は開いていませんでした。「あっ、ヤバッ」恐るおそる見てみたら、そこにもたくさんの方々からの温かいメッセージと、コメのご注文がありました。こんなにも多くの人たちが私や、菅野農園を支えようとしてくれていました。ありがたい。そして・・申しわけない。
お一人、お一人にお会いしてお礼を申し上げたいのですが、それもできません。ごめんなさい。感謝しています。丁寧にお礼状を書いて、10月以降の新米でお応えしたいと思っています。

菅野芳秀です。
ご心配いただきましたが、3泊4日の入院で帰ってまいりました。
今は入院する前と全く変わらない状態で日常生活を送っています。
皆さまにはコロナ対応でお忙しい所、私事でお気を煩わせることになってしまい、とても恥ずかしく、かつ恐縮しています。
また、私がベットに寝込む前に発した3〜4000kgのお米につきまして、皆様から我が農園の所有する数倍に匹敵するご注文を戴きました。
皆様のお気持ちに心から感謝申し上げるとともに、心苦しいですが、とてもすべての方々にお届けすることが不可能であることを申し上げ、この場を借りてお詫び申し上げたいと思います。
またお届けする場合でもお時間をいただかなければなりません。
その旨、お一人おひとりにメールをお出しすべきですが、誠に申し訳ありませんがその数があまりにも多すぎてそれも不可能です。
勝手ながら一斉メールにてお許し下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。