ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ

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歯を見失った。入れ歯のことだ。下の歯の真ん中から少し左に三本、10年ほど前から部分入れ歯にしていた。そこはモノを噛むとき一番活躍するところで、無くなれば大いに不便で、まるで年朗さんみたいだ。年朗さんとは近くに住んでいる先輩で、半分ぐらい歯がない。モノを食べてもほとんど噛めずに、舌で丸めて飲んでしまう人だ。時々大きく口を開けて「フェッ、フェッ」と笑う。年齢よりも10歳は老け見えた。
「早く歯を入れないと身体を壊すよ」と忠告したが、笑うだけで歯を入れようとはしなかった。やがて年朗さんは身体を壊して入院してしまった。だから言わんこっちゃないと思っていたけど、今の俺はその年朗さん状態だ。たぶん見た目も悪かろうとわざわざ大口を開けて笑ったところを家族に見てもらったが、この点はまだ大丈夫だという。歯がない事までは分からないらしい。あとはかみ合わせだけだ。見失ってからもう5カ月。早く見つけなくちゃ。家の中にあることはほぼ間違いあるまい。
「えー、またか〜!」家族のこんな声を何回聞いただろう。家族だけでなく、歯医者さんまでもがうんざりした顔で俺を見る。当然だろうな。入れ歯を使いだしてから10年、今回で歯を失くしたのは9回目になるのだから。
初めて歯を作った時は「菅野さんは外で話すことが多いから、滑らかに話すためにもいい歯をお勧めるよ」とまぁ、こんなことだった。そこで勧められるまま大枚をたたいて30万円。でもその寿命はわずか半年だった。ピッタリと歯が入るのだが、つけ慣れないせいで少し圧迫感があるのが気になって歯を時々口から外してしまう。それが失くしてしまう全ての原因だ。
1回目は外した歯をチリ紙に包んで居間の机の上に置いていた。それを使用後のチリ紙と間違えられ、ゴミ箱へ。ゴミ箱からゴミ配送車へと30万円が消えて行った。次に作ってもらったのは家族の手前もあって、もう少し安いのにしたが、それも1年と持たなかった。次が・・・なくなるたびに入れ歯のグレードが下がって行く。最後の8番目の歯は国民健康保険で入れた9千円のもの。たぶん30万円から、国保で治した9千円まで段階を踏んでほぼ全てを試したのは日本広しといえども俺ぐらいだろうか。そこでの発見だけど、使った感じは30万円も9千円もほとんど変わらなかったよ。これって後に続く者にとってはとても心強く、かつ貴重な体験なのではないか。
えっ、今かい?歯はまだ入れてない。見失ったままだ。歯医者さんに「9回目ですが・・作ってください」
とはいえずに家族のヒンシュクを買いながら家の中を探し回っているよ。

https://kanno-nouen.jp/
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