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米屋さんのヒマワリ畑

  • 米屋さんのヒマワリ畑

 米屋こうじさんが、ヒマワリの種を植えてから早いもので1か月超となる。この間、間引きする苗を植えるために増床作業も行っていた。作業中に突然の雷雨に見舞われたこともあったという。

 そして8月22日(土)、おらだの会の金田会長が周辺の草刈り作業を行っていた。「草が伸びて、ヒマワリが可哀そうだったので」と語ってくれた。会長の目に浮かんできたのは米屋さんの顔だったのかなぁ、などと思った。

 (ヒマワリを眺めながらの慰労会は盛大にしないといけないな)

 

  → みんなで○○を植えないか?!:おらだの会4

 → みんなで桜の樹を植えないか(蚕桑駅の桜のこと):おらだの会

2026.08.25:orada4:コメント(0):[停車場風景]

孫田稔「赤外線写真展」から 「リアル」と「幻想」の世界へ

  • 孫田稔「赤外線写真展」から 「リアル」と「幻想」の世界へ

 「赤外線写真」は基本的にモノクロであると思っていたのですが、色がついている作品も展示されています。なぜ色がついているのだろうと不思議に思い、孫田さんに質問してみました。孫田さんは、パソコンを使って「カラースワップ」処理をしている、との回答。「カラースワップ」とは素子レベルで色素を置き換える処理で、光の三元素である赤、緑、青の混入率単位で別の色に置き換えると教えてくれました。

 

 不思議な色彩に染められた作品群の中で、特に印象深かったのが上の作品です。撮影場所は梨郷第7踏切付近、「緑のトンネル」として有名な場所です。孫田さんは草木の桜色の濃淡と、かすかに見える空の青さのバランスが難しかったと語ってくれました。フラワー号と二本のレールという「リアル」に対して、周囲の白と桜色のトンネルは「幻想の世界」のように見えます。「リアル」と「幻想」の間をつなぐのが、かすかに広がる青空と標識幟なのでしょうか。「リアル」と「幻想」とが混在する世界。通常のパソコン処理によって調整されたものとは異なる、異次元の世界が生まれているように思う。「赤外線写真」の一つの到達点を見る思いである。

 

 孫田さんの写真展は8月30日(日)が最終となります。週末(金、土、日)の午後1時半から4時まで、最終日は午後3時までとなります。開場時間にご注意のうえ、お見逃しのないようにおいでください。

2026.08.23:orada4:コメント(0):[停車場風景]

孫田稔「赤外線写真展」から 植物と紫外線

  • 孫田稔「赤外線写真展」から 植物と紫外線

 ちゃぶ台の上に「ご来場ありがとうございます」と添えられた写真があった。上の写真がそれである。孫田さんに「これも赤外線写真ですか?」と訊ねると、「いいえそれは紫外線写真です。」との回答であった。その後、孫田さんから紫外線について興味深いお話を聞くことができた。

 

 「昆虫は,波長の長い赤色などは見ることができないのですが,波長の短い紫外線の一部の帯域を見ることができます。植物は花びらの部分で紫外線を反射させて、白く輝いて昆虫を誘います。花の中央部分は、紫外線を吸収するので昆虫には濃く見えるために、昆虫は蜜標部分に迷うことなく進みます。そして蜜の採集と受粉作業という両者にとって重要な作業が効率的に行われることになるのです。花びら部分は蜜腺に誘導する目印、飛行場の誘導灯になっていると考えられています。」

 

 昆虫と植物とは、私たちには見えない光の世界の中で、互いにその生命をつないできたのだろう。私たちが常に目にする可視光によって描かれる作品にも、作者はその奥に見えない何かを塗り込めているのかもしれない。作品に込められたそんな思いを感じ取れる目を少しづつでも育てていきたいものだ。

2026.08.21:orada4:コメント(0):[停車場風景]

孫田稔「赤外線写真展」から 植物と赤外線

  • 孫田稔「赤外線写真展」から 植物と赤外線

 孫田さんは、「赤外線写真展ガイドブック」を準備してくれている。通常のカラー写真と赤外線写真を比較しながら、赤外線の特性を説明し、赤外線写真の楽しみ方を丁寧に説明してくれているのである。その中で、植物と赤外線について説明されている箇所(上の写真)があるので紹介したい。

 

 「植物の葉や花は、光合成に不要な赤外線を強力に反射するので白く輝きます。部分的に枯れた葉などがあれば、その部分は赤外線を反射しなくなるため黒っぽく写ります。コンクリートなどの人工物は赤外線による変化が起きにくいため、そのままの質感で写りますが、ひび割れた部分や水が染み込んだ部分は光が吸収されて黒く写ることがあります。」

 

 

 中学時代の理科の授業で、「夕日が赤いのは、波長が長くて直進性のある赤い光が届くからだ」、「光合成は葉緑素(クロロフィル)で行われる」、「葉緑素によって葉は緑色に見える」などと習ったものだ。確かに植物は酸素と炭水化物という生命基盤の生産者であった。赤外線写真を見て、改めてこのことに気づかされた。しかし可視光線の中で生きて来た私には、生きるエネルギーと共に癒しと安らぎを与えるその姿は、やはり「様々な緑色」で眺めていたいと思う。

 次回は植物と紫外線について紹介したい。

2026.08.19:orada4:コメント(0):[停車場風景]

孫田稔「赤外線写真展」から  「踏切」から見えるもの

  • 孫田稔「赤外線写真展」から  「踏切」から見えるもの

 今回出品されている作品の中で、特に印象深い作品の一つが上の写真である。踏切の警報器は黄色と黒の「警戒色」、そして警報音と共に点滅する赤いランプで構成されるものである。すなわち色彩自体が社会的な意味を持っているのである。社会的規範としてインプットされて来たその情報が消し去られた時、人の脳はどのように思考するのであろうか。

 

 作品を見ながら意識の動く方向を探っていると、「警報器」に新たな意味づけを行おうとしている自分が見えて来た。踏切は単なる警報器を超えた存在として、自分の目の前に立ちはだかるのである。そんな不思議な印象を持つようになったのは、オーロラのように妖しい光を放っている雲の筋の存在が大きいであろう。これは単なるモノクロ写真では表現できない、赤外線写真ならではのものである。

 

 いすみ鉄道の「ここには何もないがある」のポスターにも「踏切」が使われている。小椋佳の「白い一日」という曲にも、「踏切」が出てくる。踏切は多様な感情を沸かせるものである。警報器の色を削ぎ落し、「踏切」の前に立ってみるのも面白いのかもしれない。

  → 停車場憧憬  踏切にて:山形鉄道 おらだの会

2026.08.17:orada4:コメント(0):[停車場風景]