HOME > 駅茶こぼれ話

「30年の歩み」展から  駅舎の縁、成田駅は宝物

  • 「30年の歩み」展から  駅舎の縁、成田駅は宝物

 「30年の歩み」展も、明日1日を残すだけとなりました。30年を振り返る最後には、今年のお花見会の写真を掲げたいと思います。会員や泉米会の他に「あう旅ツアー」の皆さん、そして広田泉さんのお父さん、写真家の神谷武志さんなどがおいでになり、大変な盛り上がりになりました。そしてJtrain(102号)に、神谷さんが羽前成田駅について投稿してくれていました。そのリールが次の文です。

  枝垂れ桜咲き誇る、美しい駅 羽前成田駅は

  町の人々と旅行者をつなぐ まるで宝物のような駅だ

 

 このように受け止めてくださる方々と出会えることは、とても嬉しく有難いことです。私達が大切にしていきたいもう一つの「宝物」が、そこにあるような気がします。30年の歩みは、「駅舎がつないでくれた『縁』」そのものだったことに気づかされます。「而立」の歳を迎えた今年、これまで私達の活動を支え、応援してくれた皆さんに、改めて心からの「感謝」を伝えたい。そしてまた「明日への歩み」を進めたいと思います。皆様には、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2026.08.01:orada4:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

「30年の歩み」展から  伊藤桃さんとの出会い

  • 「30年の歩み」展から  伊藤桃さんとの出会い

 おらだの会や山形鉄道に貢献してくれた方として、広田泉さんと米屋こうじさんと共に伊藤桃さんが上げられるだろう。伊藤さんとの出会いは、令和3年(2021年)の12月。私達がイルミネーションの設置作業をしている時に、羽前成田駅にたまたま立ち寄ってくれたのが最初でした。その後に投稿された伊藤さんのブログやユーチューブを見て、「旅鉄タレント」と評される意味を知ることになります。地域の風景や駅舎の佇まいを感じ取る感性と表現力、そして地元の人に向けられる優しい眼差しを感じたものでした。そこには「ローカル線の魅力」を考える上で、とても大事なものがあるように感じたものでした。

 

 伊藤さんにどうしてこの駅が好きなのですか?と訊ねたことがあります。すると、古い駅舎が好きだ、とのこと。歴史のある建物には余白があって、そこに居ると自分の居場所と想像が広がる空間があるのです。それは古民家やお城などと同じように、そこに生きていた人々の思いが感じられるからだと思うのです、とのこと。私は古い建造物以上に、その駅を守っている人達の生き様に惹かれるのだと思います。だから、ローカル線を守っている地元の人達を応援したいんです、と。

 

 伊藤さんは仕事も含めて今日まで9回も成田駅を訪れてくれました。そして令和6年(2024年)の長井線祭りには、赤湯駅の一日駅長を務めてくれました。今年(令和8年)の5月には「ローソントラベルツアー」、米屋こうじさんとの「山形鉄道での撮影ツアー」、7月には「令和に残したい列車旅==山形鉄道編」展を開催。山形鉄道を応援してくれています。まさに「駅舎がつないでくれた『縁』」です。

 •地元愛で守り続ける木造駅舎

 •大人になっても出会える「第2の故郷」

 •誰にでも「お帰り」と迎えてくれる場所が、ここにはあります。

 •見送る背中も温かい

2026.07.28:orada4:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

「30年の歩み」展から  コロナ禍から

  • 「30年の歩み」展から  コロナ禍から

 令和2年(2020年)3月になって、コロナは猛威を振るい、見えないものへの恐怖が日本全土を覆った。計画していた事業も中止せざるを得なかった。それでも何とかしたいと実施したのが待合室での「がんばるニャンズ写真展 in 待合室」であった。

 

 また広田泉さん達の応援も期待することが難しい状況であり、いつまでも外部の応援に頼っている訳にはいかないと思った。長井線を応援する地元の体制を作りたいと、地元の写真家グループを立ち上げ、9月に第1回写真展「フラワー長井線の四季 ~ 長井線を応援する7人展」を開催した。そのパンフレットに、広田泉さんのメッセージが添えられている。

 

////////////////////////

 「元気が出る鉄道写真展2011」を開催してから9年経ちました。この度、地元の人達が協力した写真展が実現したことは、私にとっては大変大きな喜びです。

 ローカル線はあくまでも地元の人達のものであり、私達はその応援団にすぎません。ローカル線はあくまでも地元の人達の思いと覚悟によって存続されていくものです。「本当の応援とは何か」を問い続けてきた私にとって、今、その答えが見えて来たように思います。

 今回の写真展によって、地元の人達も長井線の魅力と故郷の素晴らしさを再認識してくれることでしょう。沿線の人達が連携した運動もさらに、多用に展開されていくことでしょう。「ここから始まる」胎動を感じます。これからの皆さんの楽しい頑張りの輪の中に、ぜひ私達も加えていただくことをお願いして、お祝いのメッセージとさせていただきます。

///////////////////////

 

 この年の長井線祭りは、飲食やワンコイン列車などが中止されたが、長井線応援キャンペーンとして1か月間の運動期間を設定することとなった。各駅には沿線の園児等による「応援塗り絵」も展示された。あれから6年が経ちましたが、長井線祭りは何を目指して来たのだろうか。広田さんの「沿線の人達が連携した運動」は、果たして多用に展開されて来たのだろうか。私達は、あの災厄から何を学んだのだろうか。

2026.07.26:orada4:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

「30年の歩み」展から  駅舎がつなぐ『縁』

  • 「30年の歩み」展から  駅舎がつなぐ『縁』

 ここで広田泉さんと米屋こうじさん、山形鉄道の関係を改めて整理してみたい。東北大震災に見舞われた平成23年(2011年)のゴールデンウィークに、米屋さん主催の「東北の鉄道応援写真展」が西大塚駅で行われ、広田さんも参加されました。その後山形鉄道社長の提案で、改修になった羽前成田駅で山鉄主催の写真展を企画したところ、真っ先に手を上げてくれたのが広田さんだったそうです。

 

 「元気が出る鉄道写真展2011」は、10月15日から11月13日までに開催されました。年明けの2月4、5日には山形鉄道主催の「やまがた鉄道大学(米屋こうじ写真教室&モニターツアー)」が行われます。さらに同年4月23日から5月6日までは米屋さんが中心になって西大塚駅、成田駅、蚕桑駅で連携事業が行われます。西大塚駅では米屋さん、成田駅では永山さん(仙台市在住)が写真展を行い、蚕桑駅ではイルミネーションが設置されました。

 

 そして平成28年(2016年)10月22、23日には広田さんの企画提案による長井線祭り協賛の「3駅合同写真展」へと続いていきます。米屋さんが西大塚駅、広田さんが羽前成田駅、123(泉)の会の皆さんが時庭駅で展示会をしたのです。前夜は各駅の地元の方も招待して交流会も行いました。上がその時の写真ですが、お二人が映っている唯一の写真です。

 

 この時から10年の時が経ちました。広田さん亡き後を米屋さんが牽引してくれています。泉の会と米屋さんのグループが一つになって「泉米会」が誕生。今春、第1回写真展「心に灯る鉄道風景」が開催されました。「駅舎がつなぐ『縁』」と思えて仕方ありません。

2026.07.24:orada4:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

「30年の歩み」展から 思い出にふさわしい場所を

  • 「30年の歩み」展から 思い出にふさわしい場所を

 おらだの会の歴史には、とても大事なことを教えられることがたくさんありました。ホーム側の庭園づくりもその一つです。

 平成25年の5月、NHKの趣味の園芸の講師をされていた玉崎弘志先生によるロックガーデンづくりが行われました。その際の資料が上の写真です。狭い空間ですが、玉崎先生が精緻に設計されていたことに驚きます。先生はその後体調を崩され令和2年7月に逝去されたそうです。

 

 平成30年9月からは、玉崎先生の後を継がれた勝山ミツ子先生から北側花壇の整備を指導していただきました。その際、こんなお話をされていました。「駅は出会いと別れ、旅立ちと立ち戻る場所。ここを訪れる人に安らぎを与え、思い出にふさわしい映える空間が必要だ。」と。

 

 ロックガーデンとベンチのある花壇。この場所に熱意を持って指導してくれた二人がいたことに思いを馳せながら、これからも大切に守っていきたいものです。

2026.07.22:orada4:コメント(0):[駅茶こぼれ話]