いよいよ明日は、長井線祭りである。成田駅にもたくさんの方が来てくれることを期待しています。おいでいただいた皆さんに、今展のこんな風な楽しみ方もあるのでは、と思える作品を紹介したいと思います。
写真は上西康弘さんの作品である。ホームで手を振る二人の姿を映したものですが、服装も若々しくダリア号の彩りと重なり、防風林とのコントラストが際立っている。さらに列車が進む南の空には、未来を象徴するかのような残雪の輝く山並みが見える。爽やかな春風に包まれたホームの風景である。上西さんには特にお願いして、自身で句を詠んでもらった。
「残雪に彩り添えるダリア号 手を振る人に春風が舞う」(上西)
これに対して貫司さんの句は、先の吟行会の際に見た羽前成田駅の防雪林の姿を詠んだものであろう。蔦に絡まれた防雪林に向けられた視線の向こうには、若い頃に見た手入れの行き届いた杉木立の風景が見えていたのではなかろうか。現在の姿を見ながら、過去の賑わっていた駅の風景を重ねているのである。この駅と共に生きて来た人の視線が、この句にはあると思うのです。
「無人駅となりて人手の足らざるや 防風の杉木蔦に絡まれ」(貫司)
中島みゆきの「ホームにて」という歌もあるが、駅での別れを詠んだ作品にとくさんの句がある。
「長井駅に就職列車を見送りき 15のわれらただに明るく」(とく)
就職列車を見送った同世代の私にも、50年以上経った今でも鮮明に思い出す別れの光景がある。視線はそれぞれの人生や原体験によって造られた礎石の上に立つもののようである。写真や短歌に共感するものがあるならば、それは自身の何処から生まれている感情なのであろうか、と探ってみるのも面白いのではないだろうか。そして若い写真家の皆さんが、これからどのようなホームの姿を映し出すのであろうか、と想像してみるのも面白いと思うのだが。



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