上の写真が編集されていた資料には、「平成19 年(2007年)10月6日調査」とある。登録有形文化財の認定申請に係る基礎調査的な位置付けであったかもしれない。
駅正面の腰板部分は、白いトタン張りのように見えるが、山形鉄道開業当初(1988年)は、山鉄カラーの三色ペンキが塗られていたはずである。待合室にはビニール張りのソファーが二つあり、金網制のゴミ箱も見える。ビニール製の波トタンで囲われていたホーム側は昼でも暗く感じられ、波トタンの劣化もすすんでいた。
おらだの会はこの4年後に、長井市のまちづくり基金の助成を受けて、再整備を行うことになるのである。荒んだ駅舎を目の前にして、再整備に立ち上がった会員の熱意を改めて思う。



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