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コバイケイソウ(吾妻山)

  • コバイケイソウ(吾妻山)

天元台高原、リフトセンター前のところの「コバイケイソウ」(小梅蕙草)が咲きました、ここにヒメサユリとニッコウキスゲが咲いてきますが今年は遅くこれからのようです、最初の花がコバイケソウ・・・ユリ科の多年草で、名前の由来は花が梅の花に似て、葉が蕙草に似ているからとある、大型で1mほどになる穂先に白い花を密集し群生する。通常2~3年毎に花を咲かすが、リフトセンター前のとこは毎年咲いている・・明日は夏山安全祈願祭である。

2025.06.19:li-no3:コメント(0):[菜園・食・花]

種蒔き

  • 種蒔き

ようやく我が家の家庭菜園、花の種植えしました・・とりあえず3種類・・

2025.06.19:li-no3:コメント(0):[菜園・食・花]

苺ジャム作り

  • 苺ジャム作り
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  • 苺ジャム作り

山友からの自家製イチゴ三回目?お裾分けでいただいた。これが最後かな、ペンション友や同じ山友にも配ったようですね、食べきれん時は冷凍かジャムですね・・我が家のルバーブ今年は成長悪いと思っていたら、単にいつもの年より遅かっただけみたいでした、このところの雨でぐいーんと成長したようで・・いつものルバーブとのミックスジャム作りました・・ルバーブは次の休みで春採り終了して、余分は冷凍に、そして夏、秋と3回は収穫できます。ただし春一番のルバーブが酸味強くおいしいようだ・・

2025.06.17:li-no3:コメント(0):[菜園・食・花]

ヒメサユリ(下小松古墳群で)

  • ヒメサユリ(下小松古墳群で)
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  • ヒメサユリ(下小松古墳群で)

6月14日(土)川西町下小松古墳群のヒメサユリ散策に行ってきた、ヒメサユリウオークと称する川西町主催のイベントは申し込みしたときには募集人員50名に達し受付終了でした・・人気ありますね・・この日川西町の朝市あるのでそこに行って、早い時間に先に散策してきました・・この古墳群、川西町の北西部、標高230m~280mほどの丘陵中に広がる4世紀から6世紀にかけて造られた古墳群。 北から陣が峰・永松寺・薬師沢・鷹待場・小森山・尼が沢の6支群に分かれ、古墳の総数は合わせて202基に及びます。この中には21基の前方後円(方)墳が含まれ、国指定史跡となってます・・

展望台から望む置賜盆地は、山形県の眺望景観資産に登録されています。高山植物の「ヒメサユリ」や「ニッコウキスゲ」、日本で一番小さいトンボ「ハッチョウトンボ」や「チョウセンアカシジミ」など見ることができます。この日ヒメサユリ観ながら古墳群散策でした

2025.06.16:li-no3:コメント(0):[菜園・食・花]

父の日

  • 父の日

昨日は父の日でビールが届きました・・ビールが一番ですね!ありがとさんです。

この父の日、ネット検索してみると、世界の主流となってるのはアメリカから始まったものと言われています。
アメリカのワシントン州スポケーンに、ソノラの父ウィリアム・ジャクソン・スマート(William Jackson Smart)は、男手一つでソノラを含む6人の子どもたちを育て上げました。ソノラは、深い愛情を注いでくれる父をとても敬愛していました。
1909年5月、教会で行われた母の日のお祝いに参加していたソノラは「なぜお父さんの日はないのだろう?」という疑問に思い当たります。母の日は1907年に5月に提唱され、すでにアメリカ国内に広く浸透していました。その母の日と同じように、大好きなお父さんのための日も作ろう、そう思い立ったソノラは、地元の牧師教会に父の日を作りたいと相談しました。そして翌1910年、6月の第3日曜日にあたる6月19日に、最初の父の日のお祝いが行われました。当初は、ソノラの父の誕生日である6月5日の開催を目指したようですが、準備が間に合わず延期となり、そのまま6月の第3日曜日が父の日として定着することになったそうです。
母の日はすぐにアメリカ国内に定着しましたが、父の日はなかなかそうもいかず、父の日が正式にアメリカの祝日として認定されたのは60年も後の1972年でした。

そういえば、小学校の頃は母の日にカーネーションとか贈りましょうとありました・父の日は私が中学の頃なんですね、しかし日本で一般的になったのが1980年代・・私も2人の子が生まれて、子育てに奮闘していたころです・・お店で盛んに父の日に贈り物と宣伝が始まっていたのが1990年ころだったかな・・私が父や母に送るようになったのは子供が大学進学して相手してくれなくなったころかな・・我が子が成人した頃、ようやく時間的にも金銭的にも余裕ができ、父母のありがたさがわかって送るようになったのは2000年頃になってでした・・

2025.06.16:li-no3:コメント(0):[気ままなつぶやき]