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あずきカボチャ

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もうすぐ、冬至です、2025年は12月22日と年によって変わります、太陽が最も低い位置にあり、1年で最も夜が長く、昼が短い日のことです。太陽の力が一番弱まる日ですが、翌日からは強まっていくため、人々にも精気が戻り、運が向いてくるといわれています。

その冬至になると、かぼちゃを食べる風習がありますね、幼い頃は鍋にたっぷりと作っていたものです、昔から赤い色には邪気や厄を払う力があると信じられており、小豆を使った、かぼちゃを食べ冬期間のビタミンA、B源と、一年中病気をせず、健康に過ごせるという言い伝えから、食べられている冬至カボチャ。我が家のカボチャで作ってみた・・

 

2025.12.20:li-no3:コメント(0):[菜園・食・花]

史跡慧日寺跡(しせきえにちじあと)

  • 史跡慧日寺跡(しせきえにちじあと)
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先月11月5,6日と西会津方面に旅行、史跡慧日寺跡(しせきえにちじあと)よりました、広大な寺跡は昭和45年に国の史跡に指定され、復元整備が進められているということです。平成20年に金堂と中門が復元。さらに金堂内の展示物として薬師如来坐像が復元制作され、平成30年夏から一般公開されています。敷地内には、慧日寺を開いた徳一菩薩の墓と伝えられる平安時代の石塔「徳一廟」があります。かつては三重と思われていましたが、発掘調査により五重の石塔であることが分かっている、史跡慧日寺跡には、ほかにも仁王門や薬師堂など多くの見どころがあります。

樹齢800年を数えるエドヒガンザクラ「木ざし桜」もあり春は桜が楽しめますね、平安末期ごろ、慧日寺の宗徒頭・乗丹坊が挿した桜の杖がこの木になったという伝承が残っています。種まき桜ともいわれて花が咲き始めると田畑作業を始める目安とされていました。とある、マップみてゆっくり散策そこそこの運動になり、見ごたえもありました。

2025.12.19:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

初滑り

  • 初滑り
  • 初滑り

昨シーズンの初すべりは12月11日でしたが、ことしは休みが悪天候などでタイミングあわず、昨日12月17日ようやく天元台スキー場で初すべりしました。スキー友の福島常連爺さんも昨日初すべりで合流した、お互い初日なんで無理はしない、10本で終了、初日はこんなもんで止めときます。

常連爺さんたちの知り合いも増え、高畠のKさん、福島からK,M,Aさん新潟からのMさんとご挨拶、ほぼ毎日来る常連80うんさいスーパーKさん、こぶに新雪が大好き爺さん・・今年も元気だ・・

2025.12.18:li-no3:コメント(0):[気ままなつぶやき]

キャンバス作り

  • キャンバス作り

都会から定年を機に故郷に戻り10年が経つ、都会生活41年、まだ都会で現役生活の頃、子育てが一段落し、自由な時間ができ、好きだったお絵描きにと相模原市の絵画サークル”どんぐり”に所属して20年くらいになるか?いつ入会したか正確な年数は忘れてしまった。

会は脱会せず、田舎に来ても年一回は絵画サークルのグループ展で顔を合わせる、都会のメンバーは毎週横浜線・矢部駅前にある青少年の家に集まり、雑談大半そして絵画を学ぶ??、時にスケッチ旅行や忘年会、お茶会とやっているが田舎からそこまでして参加することはない、4月か5月連休頃に町田で絵画展をやるため、そろそろ焦りが出てくる、会では12月に初回の合評会が開催され、皆で進捗や講評をもらう、一人で離れているとキャンバスさえもできていない、進捗だけでも連絡をと言われても何もできてない・・こうしてようやく焦り始め、ようやくベニヤ材と角材でまずはキャンバス作りです・・このあとべニア版の絵の下地を作っていく必要がある、キャンバス張ればそれでもいいのだが、珪藻土を水で溶いてボンドを混ぜてコネコネしてべニアに塗ります・・額縁も手作りなんでまだまだかかる・・4月の絵画展前にある3月のアートミート展に出せればいいのだが今年は出足が遅い、アートミート置賜の申し込みもしていない、締め切りは1月15日だ、間に合う自信がないな今年は・・

2025.12.17:li-no3:コメント(0):[気ままなつぶやき]

「福満虚空藏菩薩 圓藏寺 (ふくまんこくぞうぼさつ えんぞうじ)」

  • 「福満虚空藏菩薩 圓藏寺 (ふくまんこくぞうぼさつ えんぞうじ)」
  • 「福満虚空藏菩薩 圓藏寺 (ふくまんこくぞうぼさつ えんぞうじ)」

先月11月5,6日と西会津方面に旅行、会津西山温泉の”旅館中の湯”さんへ泊って帰り斎藤清 美術館に、そこからすぐの只見川の土手・・そこには只見川に赤い橋が映え、その奥に日本三所の虚空蔵菩薩の一つに数えられる福満虚空藏菩薩がみえる。大同2年(807年)名僧徳一大師によって開創され、本尊は弘法大使により刻まれたと伝えられています。天気も良く土手からさんぽがてらお参りに寄ってみた、着くと急な石段がある・・石段を登り、本堂に到着、只見川側に張り出した舞台に立つと蛇行する川と赤い橋を見下ろすことができる。せり出した下は絶壁で怖い感じがする・・登り石段は急斜面のためか石段はまっすぐではなく、一度大きく折れている。中間に仁王門がどっしりと建っている。お年寄りにはきついかな・・元気なうちですよね、団体さんがいて仁王門でこれ以上無理と言って、待っているという老いた方々がいた・・あと10年もするとそうなりそうです・・

2025.12.16:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]