ショウジョウバカマは山地の湿った谷沿いの斜面や森林、ときに亜高山帯の万年雪の近くの湿った草原に見られる多年草です。色は赤紫色、地域によってピンクや紫など変化があります。 春先の代表的な植物です、天元台高原の雪が消えてくると、真っ先に咲く花です、写真は第二ゲレンデ標高1450m付近のもの、暑さに弱いので標高が高く夏でも涼しい場所を好みます。 ショウジョウバカマの由来は中国伝説の生き物『猩々(しょうじょう)』から来ています。
五合庵-国上寺
新潟寺泊泊して、良寛さんの地巡り、国上寺内にある五合庵に寄りました。この庵は、良寛和尚が諸国行脚の末、越後に戻った寛政5年(1793年)から約20年過ごした庵。国上寺本堂を再建した客僧「萬元上人(ばんげんしょうにん)」が、毎日米五合を給されていたことから「五合庵」と呼ばれています、国上寺から吊り橋を渡って少し下ると、良寛さんが暮らした「五合庵」がありますが、国上寺から五合庵へは10分はかかるのかな、なかなか険しい石階段です・・・・つくと、茅葺の8畳間くらいの小さな庵、良寛はここで托鉢に出たり、座禅をしたり、『源氏物語』や『万葉集』、『永平録』などを読んだ。そして、多くの漢詩・長歌・短歌を生み出したとされる。良寛40代のころのことですね
「焚くほどは風がもてくる落葉かな」は、良寛が詠んだ句で、彼のシンプルな生活や自然への感謝を表現しています。句碑は五合庵の横に建てられてます
国上寺
新潟の寺泊に泊り、良寛さんの地巡り、良寛さん誕生の地から資料館をみて、国上寺(新潟県燕市国上)を訪ねてきた。この寺院は和銅2年(709)弥彦大明神の託宣によって金地大徳を開山として創建された真言宗豊山派の寺院・・開山1300年の越後最古の名刹。現在の堂宇は客僧万元上人が中心となり享保3年(1718)に再建し、県内最古とある、酒呑童子や源義経・弁慶伝説も残る。良寛ゆかりの五合庵はこの寺の敷地内にある。本尊は行基作 阿弥陀如来像、境内客殿に各1体良寛座像がある。 雷神により掘られたという雷井戸があり、年中水が枯れることがないと言われている。弘法大師ゆかりの「五鈷掛けの松」がある。
越後与板打刃物(えちごよいたうちはもの)
米沢市の伝国の杜で行われる秋祭りで、上杉つながりで与板の打ち刃物が販売されていて、ちょうど木工人形つくり始めたころで3種類のミニカンナを購入した、あれから7年か8年?たったか、平坦なものが欲しくて、ちょうど新潟の寺泊に一泊旅行で近かったので、与板によりました・・与板の打ち刃物は上杉謙信の家臣が16世紀頃に刀職人を招いて、打刃物を作ったのが起源とされ、刀鍛冶の高度な技術が受け継がれ、江戸中期には大工道具の産地として名声を誇り、その切れ味は抜群、もともとは与板城主となったのは直江実綱(あの有名な直江兼続の義父)が、刀鍛冶を連れてきて、与板で刀づくりが始まり、時が流れ江戸時代中期以降、鍛冶の技術を活かして大工道具づくりが始まり、現在まで脈々と伝統の技術を継承してきているところというフレーズですが、製造している店知りたくて、商工会議所によって鍛冶屋さん紹介してもらおうとしたが、現在、存続の危機に瀕しているという、一時は300軒を数えた鍛冶屋も次々と廃業し、このまま技術を継ぐ人がいなければ、伝統の技術が途絶えてしまうことになりますとのことでした・・電話してもらったお店は問屋さんで、直接寄ってきました・・こじんまりしたお店で、その通りは昭和の雰囲気が漂う街並みでした・・在庫の中から平のミニカンナ1個購入しまして、外湾曲、内湾曲、丸溝そして平と用途に合わせて使い分け・・作品つくり頑張ってみよう・・








