”なせば秋祭り”では神社内で上杉鉄砲演武があります、いろんな打ち方で披露します・・昨年までもっと前で見れたのですが、今年からぐっと後ろにロープが張られてました・・この火縄銃というのは、天文12年(1543)に種子島に漂着したポルトガル人によって 日本へと伝えられたとされている
織田信長をはじめとした戦国大名は鉄砲の導入を進め、上杉も 鉄砲の導入に力を入れたと伝えられ、その後の上杉景勝・直江兼続も先進地から鉄砲 職人をまねき鉄砲を製造・白布温泉にて製造したとあり、 遺跡之碑が建ってます。慶長 19 年(1614)の大坂冬の陣、その後も幕末に至るまで米沢藩の藩士たちは鉄 砲訓練に励み、正月に藩主の前で披露する鉄砲上覧は藩士にとって重要な晴れ舞台・ 戦国期から江戸初期には、上杉家及び米沢藩の主流砲術となったのは種子島流と稲富流であったといい、 幕末まで伝承されている。米沢藩では洋式銃隊と大砲を整備し たが、明治元年(1868)の戊辰戦争時には整備した洋式銃とともに30匁火縄銃の大 筒が活躍したという。 そして現在保存会で上杉祭り等で発砲演武が行われる、秋祭りでは練習として演武披露してる、なかなか見ごたえあるものです・・鉄砲は冬至のもので大切に保存している・・シンプルなだけに長持ちするのですね・













