我が家の家庭菜園、5月の連休明けから畑の耕耘、肥料入れ、そして苗植え終了しました・・ゴーヤ、インゲン、ジャガイモ、シシトウ、ピーマン、トマト、ナス、キュウリ、里芋、ネギ、スイカ、カボチャ、プリンスメロンでした・・この後、地温も上がったところで種で、大豆、トウモロコシ、レタスを撒きます・・春の定植が済んで一安心です、来週は山菜採りに行きたいですね、高原のコシアブラ、飯豊のウド採りも行きたいですが・・休みは天気がいいね、雪解けしたあとの、吾妻山、安達太良登山も待ち遠しい
五合庵-国上寺
新潟寺泊泊して、良寛さんの地巡り、国上寺内にある五合庵に寄りました。この庵は、良寛和尚が諸国行脚の末、越後に戻った寛政5年(1793年)から約20年過ごした庵。国上寺本堂を再建した客僧「萬元上人(ばんげんしょうにん)」が、毎日米五合を給されていたことから「五合庵」と呼ばれています、国上寺から吊り橋を渡って少し下ると、良寛さんが暮らした「五合庵」がありますが、国上寺から五合庵へは10分はかかるのかな、なかなか険しい石階段です・・・・つくと、茅葺の8畳間くらいの小さな庵、良寛はここで托鉢に出たり、座禅をしたり、『源氏物語』や『万葉集』、『永平録』などを読んだ。そして、多くの漢詩・長歌・短歌を生み出したとされる。良寛40代のころのことですね
「焚くほどは風がもてくる落葉かな」は、良寛が詠んだ句で、彼のシンプルな生活や自然への感謝を表現しています。句碑は五合庵の横に建てられてます
国上寺
新潟の寺泊に泊り、良寛さんの地巡り、良寛さん誕生の地から資料館をみて、国上寺(新潟県燕市国上)を訪ねてきた。この寺院は和銅2年(709)弥彦大明神の託宣によって金地大徳を開山として創建された真言宗豊山派の寺院・・開山1300年の越後最古の名刹。現在の堂宇は客僧万元上人が中心となり享保3年(1718)に再建し、県内最古とある、酒呑童子や源義経・弁慶伝説も残る。良寛ゆかりの五合庵はこの寺の敷地内にある。本尊は行基作 阿弥陀如来像、境内客殿に各1体良寛座像がある。 雷神により掘られたという雷井戸があり、年中水が枯れることがないと言われている。弘法大師ゆかりの「五鈷掛けの松」がある。
越後与板打刃物(えちごよいたうちはもの)
米沢市の伝国の杜で行われる秋祭りで、上杉つながりで与板の打ち刃物が販売されていて、ちょうど木工人形つくり始めたころで3種類のミニカンナを購入した、あれから7年か8年?たったか、平坦なものが欲しくて、ちょうど新潟の寺泊に一泊旅行で近かったので、与板によりました・・与板の打ち刃物は上杉謙信の家臣が16世紀頃に刀職人を招いて、打刃物を作ったのが起源とされ、刀鍛冶の高度な技術が受け継がれ、江戸中期には大工道具の産地として名声を誇り、その切れ味は抜群、もともとは与板城主となったのは直江実綱(あの有名な直江兼続の義父)が、刀鍛冶を連れてきて、与板で刀づくりが始まり、時が流れ江戸時代中期以降、鍛冶の技術を活かして大工道具づくりが始まり、現在まで脈々と伝統の技術を継承してきているところというフレーズですが、製造している店知りたくて、商工会議所によって鍛冶屋さん紹介してもらおうとしたが、現在、存続の危機に瀕しているという、一時は300軒を数えた鍛冶屋も次々と廃業し、このまま技術を継ぐ人がいなければ、伝統の技術が途絶えてしまうことになりますとのことでした・・電話してもらったお店は問屋さんで、直接寄ってきました・・こじんまりしたお店で、その通りは昭和の雰囲気が漂う街並みでした・・在庫の中から平のミニカンナ1個購入しまして、外湾曲、内湾曲、丸溝そして平と用途に合わせて使い分け・・作品つくり頑張ってみよう・・
志津温泉(五色亭)
ほとんどのスキー場がクローズする4月にオープンする月山スキー場、スキーシーズンの〆をがざるに月山はもってこいです、積雪などにより変わりますが、おおよそ4月上旬~7月下旬までの営業となっている。我が地元の米沢市の天元台高原スキー場は毎年5月連休まで営業、積雪が多いときは延長もあるが、ここが終わると、スキー友と月山に行ってシーズン締めのスキーを楽しみます・・そして途中の志津温泉の五色亭によって汗を流して帰ります・・日帰り入浴は今年も変わらず500円・・風呂から五色沼が望めて奥に姥ケ岳、月山が見える展望風呂となっている。今年は5月7日月山のスキーで〆、桜がまだ少し残ってました・・








