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横浜 馬車道

  • 横浜 馬車道
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7月4,5,6日と横浜みなとみらいに行ってました・・・宿泊したところが馬車道通り、オー懐かしいなという感じですー・・東京に憧れ都会に就職、でも40過ぎ頃から徐々に田舎が良くなり、定年後は田舎暮らしと心に決めてましたがね・・都会に出た歳1975年人生初のデートが山下公園から外人墓地、そして馬車道と異国情緒にあふれて、特におしゃれな店があった馬車道も行きました・・当時、ハマトラファッションというのが流行ってましたね・・「清潔感あるお嬢様」をイメージした、ポロシャツとベストやカーディガン、膝丈のタータンチェックの巻きスカート、ハイソックスにローヒールパンプスが基本的な組み合わせです・・なつかしい限りです。この馬車道の名、明治以降、来日する外国船の港と税関所につながっていたところ、そこを通る裕福な外国人が乗っていた馬車に因んでつけられ、富裕、洗練、国際性の代名詞となりました。1850年代に開港した横浜において、馬車道は領事館、入国管理そして税関に関わる人々が行き来していました。そこはガス灯、アイスクリームなどの日本における発祥の地です。外国文化の日本への入口でした。1868年に下岡蓮杖が日本最初期の写真館を設立し、1869年には町田房蔵が日本初のアイスクリーム店を開業しましたとあります。 宿泊したホテルの入り口に馬車が展示されてました・・

2025.07.12:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

横浜赤レンガ倉庫

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7月4日から6日と横浜”みなとみらい”に出張、初日は半日で仕事が終わり、昼飯でもとぶらぶら散歩、「横浜赤レンガ倉庫」内で昼食ということに、この赤レンガ倉庫・明治44(1911)年~大正2(1913)年に建設された歴史的建造物。平成14(2002)年、“港の賑わいと文化を創造する空間”をコンセプトに、ショッピング、グルメ、さまざまなイベントが楽しめる文化・商業施設として開業しています。横浜デートでは欠かせない、人気のおでかけスポットですよね・・その昔東芝日野に入社して人生初のデートが山下公園でしたから・・山下公園来るとなぜか胸が”キュン”となる青春時代を思い出しますね・・東芝日野(東京日野市)から東芝小向(川崎市)に転勤になり、結婚後住んでいたのが東神奈川でしたから横浜は懐かしい第二の故郷でしょうかね・・ベイブリッジがまだできる前の工事していたころや、みなとみらいもできる前が懐かしい・・あのころから比べると横浜みなとみらい地区は一段と賑わっている感じです・・レンガ倉庫「1号館」「2号館」という2つの建物から成り、地上1階~3階の3フロアに合計約65ショップが集結。1号館には、1階に雑貨店やカフェ、2・3階にホール&スペースが常設されています。2号館には、1階のフードコートをはじめ、スイーツ店、カフェ、お土産店など、50以上の個性豊かなショップがズラリ。3階のレストラン・カフェフロアでは、バルコニー席のあるレストランで港の風景を眺めながら食事を楽しむこともできます。うろうろして結局、1階のフードコートで食事・・生ビール付けていい気分でした。

2025.07.09:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

日光東照宮

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6月27日・・日光へ・・天元台で営業していたペンションアミティエさんが病気のことやこの先歳になった時のことを考えて日光に引っ越した・・スキーや、山登りで天元台利用の初すべりや忘年会で常連として利用していたが・・引っ越しされてちょっと残念・・でもて日本を代表する世界遺産「日光」。そこに引っ越してお祝いかねて行ってきた・・東照宮から10分程度で有名な「日光東照宮」へと観光、今までに何回かきてはいますが・・外人さんが増えていますね・・徳川家康公が祀られた神社、社殿群は、そのほとんどが1636(寛永13)年、3代将軍家光公による「寛永の大造替」で建て替えられたものとある。
境内には国宝8棟、重要文化財34棟を含む55棟の建造物が並び、その豪華絢爛な美しさは圧巻です。全国各地から集められた名工により、建物には漆や極彩色がほどこされ、柱などには数多くの彫刻が飾られています。
「眠り猫」の先にある家康公の墓所の奥宮に向かう道、東照宮から日光二荒山神社へ向かう参道など、強力なパワースポットが数ヶ所あると言われ、人気・・一通り有名どころを観ても時間かかりますね・・

2025.07.04:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

康寿橋

  • 康寿橋
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男3人兄弟、弟も完全リタイヤして自由な時間ができ、最初は弟還暦祝いで白布温泉に、次の年が花巻温泉(私は東京での絵画展で行けずじまい)、昨年は芦ノ牧温泉、今年はいわき湯本温泉へと一泊旅行、そして弟夫婦と嫁の友人含め我が家に連泊、現役時代、川崎にいる弟はめったに山形帰省は無かったが、生まれ育った故郷はいいもので、毎年帰省、山菜採りして川崎に買えるようになりました、弟嫁も自然が好きなようです、今年4月置賜桜回廊寄ったときに、『康寿桜』に『康寿橋』があり、我が息子の名と同じなので紹介して見せた、定年して田舎に戻るまでは、この存在を知らなく・・兄も知らなかった・・偶然、我が子の名前がこの名と同じ・・でも”こうじゅ”でなく”やすひさ”と呼んでいるが・・名前が同じで驚いた・・この橋は、南陽市民に親しまれている烏帽子山八幡宮の参道入り口を登っていくと階段をはさんで頭上の 方に架かる橋が康寿橋。 吉田橋(市指定文化財)を造った名工、吉田善之助の弟子である、川合兄弟の作で明治時代の 洋風石造アーチ橋という作りです。和洋折衷のデザインがところどころにかくれているようで す。整った円柱形の親柱には「康寿橋」の文字が刻まれ、橋の表面は傷みが少なく、ほかの石橋 とは違った洗練された雰囲気を醸し出しています

2025.05.13:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

願成寺 国宝白水阿弥陀堂

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4月18日常磐ハワイアンズ行った帰り、建てられた福島県いわき市内郷白水町広畑にある願成寺 国宝白水阿弥陀堂に寄ってきた、藤原清衡の娘・徳姫が、夫・岩城則道公の供養のために建立したといわれる、平安時代後期の代表的な阿弥陀堂建築。福島県では建造物として唯一国宝に指定されているということです、白水とは、平泉の「泉」を分解すると白と水になり、そこからつけた永暦元年(西暦1160年)に建てられたもの、こんな山の中なんですが・・当時この辺りどのくらいの人口だったのか?よくつくったものですよね

2025.05.04:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]