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赤芝の草木塔(米沢市)

  • 赤芝の草木塔(米沢市)
  • 赤芝の草木塔(米沢市)

天元台からの帰り道、小野川温泉を超え赤芝町にある草木塔に立ち寄った。

この草木塔は、享和元年(1801)の建立であるが、平成5年3月に大樽川赤芝地区右岸の河川護岸工事中に川底から偶然発見され、同年8月龍性院境内へと安置されたもの・・・碑文は、自然石の中央に「草木供養塔」、向かって右側に「享和元酉年」、左側に「8月15日」と刻まれている。龍性院の境内には、湯殿山をはじめ多くの石塔が建立されているが、草木塔とともに毎年住職や地域住民らによって供養祭が催され、この地域の祟高な信仰心を窺うことができる。また、この奥にある羽黒神社境内に虎列刺菩薩の石碑がある、明治12年(1879)に全国で大流行し、死者は10万人に及んだといわれているコレラ、米沢では八月に白布温泉で発生(旅行客から伝染)し小野川温泉で死者が出て、市内に蔓延、市内下流の窪田でも死者が出た、ここで「村中安全」とコレラの終息を祈願し、あわせて死者の冥福を願って虎列刺菩薩の石碑を立てている・・この地区の信仰心をうかがい知ることができますね・・

2025.08.03:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

ぐるっと長井の館巡り 白山館

  • ぐるっと長井の館巡り 白山館
  • ぐるっと長井の館巡り 白山館

7月12日『ぐるっと長井の館巡り』に参加。フラワー長井線”時庭駅”から”南長井駅”まで約4時間の散策コースで3番目の館が”白山館”でした・・伊達四十八館の一つで鎌倉時代に大須賀長光が築いたとされ、荒館や大須賀館とも呼ばれています。 館跡は白山神社および長遠寺の境内となり、説明版や土塁の一部に物見台とされる高土塁が残っています・・南西角で高さ2.5mと一段高い物見台になっていた。現在も屋敷鎮守の白山権現社と目通り(直径)5.8mの大欅が残っている。だいたい残った場所はお稲荷さんがあるところ・・写真2枚目土塁ですね・・その後ろは堀だったがいまは道路・・白山館を築いたのが1230年頃と言われている

2025.08.02:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

正福寺館(正福寺)長井市

  • 正福寺館(正福寺)長井市
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7月12日『ぐるっと長井の館巡り』に参加。フラワー長井線”時庭駅”から”南長井駅”まで約4時間の散策コースで二番目の館が正福寺。寺の境内東側の民家・畑地が主郭内で、南西部に高さ3m程の土塁が残り、その西側の水田が堀跡とある・・残っている土塁は祠があったために現在も残ったと説明があった。

築城年代は定かでないが伊達氏の家臣である大町家継によって築かれた。家継は、伊達宗遠の置賜攻略に戦功があり、この地を与えられた。天文(1532~1555)年間には、館主の大町頼明が在城しており、天文の乱や鮎貝氏攻めで戦功をあげている。鮎貝氏攻めでは北の備えの要所でした。天文の乱(てんぶんのらん)とは、天文11~17(1542~1548)年の6年間、伊達氏当主・伊達稙宗と嫡男・晴宗父子間の内紛に伴って発生した一連の争乱で、洞の乱(うつろのらん)とも呼ぶ。この乱の後遺症の後始末がようやく終わったのは、晴宗の子・輝宗の代であった。その後、天正19(1591)年に、輝宗の子・政宗が米沢から葛西・大崎旧領に移封されることとなり、この天正19(1591)年を廃城とした。とある・・

2025.07.21:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

時庭館(正法寺)長井市

  • 時庭館(正法寺)長井市
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7月12日『ぐるっと長井の館巡り』に参加。フラワー長井線”時庭駅”から”南長井駅”まで約4時間の散策コースで最初の館は時庭館(ときにわだて)でした、時庭駅から15分くらいでした・・この大雄山正法寺の境内は室町時代に当地の土豪である阿久津氏が館を築いた場所で本堂背後には館の土塁が残されている、この高さが3.65mで長井市内の館の中では最も高いとある。(天正19年:1591年、主家である伊達政宗が米沢から岩出山城に移された際、阿久津氏も随行した為、時庭館も廃城になったと思われますとある。館主安久津あくつ氏は伊達家米沢御譜代ごふだいと称しているため、8代伊達宗遠むねとおが置賜を攻略し、全地域を掌握した1384年を少々下った時代に時庭館が築かれたものと考えられる。西側と北側一部に土塁が残る

2025.07.20:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]

ぐるっと長井の館巡り(馬街道)

  • ぐるっと長井の館巡り(馬街道)
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7月12日『ぐるっと長井の館巡り』に参加。フラワー長井線”時庭駅”から”南長井駅”まで約4時間の散策コースでした。後半・・馬街道の看板と記念碑がある場所と片倉庭園へ行く、片倉庭園は個人宅なので、了解を取っての立ち入りとのことです。

この馬街道、説明では、越後街道の小国十三峠道に通じる馬街道、小 出船場までの街道だったといわれています。 台町の旧多田家西端の追分おいわけ 石 記念碑から、片倉 文六家(屋号)の前を通り抜け、街中を抜ける道を 馬街道といいます。 石碑は台町が建立し、仲町裏(四ツ谷)にある伊 藤武男氏の記念碑とともに、馬街道の記憶を蘇ら せています。 町中へ通じる迂回路ができ、物を運ぶ馬や馬車などはもっぱらこの道を通り、いつの間にか、誰いうことなく「馬街道」と呼ばれるようになった。とある、沿道には茶店がたち、そばには水車が回っているという牧歌的な風景であったと・・いい風景ですよね・・そして片倉庭園・・見事な庭です、水路からはきれいな水が流れ、庭園の池にはいろんな魚が泳いでました・・

2025.07.17:li-no3:コメント(0):[歴史探訪]