横浜みなとみらい地区

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東京に就職したのが昭和50年(1975年)東京都日野市旭が丘にある東芝日野工場、そして彼女ができて初のデートが横浜山下公園でした・・そんな横浜は特別なところでしたかね、そこから1978年秋に東芝の宇宙事業部ができ、日野から50人が川崎市の東芝小向に移動となる、その中の一人で独身は横浜市鶴見区の寮に入る、そして昭和55年結婚し子供ができて昭和56年に狭い社宅から東神奈川に近い団地に引っ越し、横浜には15年間住んでいた、引っ越してきたころはベイブリッジもみなとみらいもできていない、やがて1983年から現在にかけて整備が進められている都市開発、地区全体を指して「みなとみらい地区と呼称される、(平成元年)1989年に横浜博覧会が開催。横浜みなとみらい21地区の「お披露目」となったのである、この博覧会に子供連れて行ったものである、そして大黒ふ頭が子供連れての遊び場だった1989(平成元)年秋に、横浜港の本牧ふ頭と大黒ふ頭を結ぶ長さ860mの斜張橋「横浜ベイブリッジ」が開通した・・このころから急激に横浜が変わった気がする・・昨年に続いて古巣横浜に出張となり昨年は11月に知り合いの絵がハマ展入選でレンガ倉庫でも開催していた絵画展も合わせて孫連れて観に行ってます・・今年来てまたビルの工事が数棟あり、どんどん進化してます・・土日の人込みはすごいなぁー、疲れますね・・田舎では上杉まつりか伝国の秋祭り、花火の日以外は人と当たりそうなことは全くない・・もう都会では住めないが、たまに来る都会はなかなかいいもんだ

2026.10.06:li-no3:[気ままなつぶやき]

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