山形在来作物研究会


11月13日(日)の午前中、島根県立松江農林高等学校教諭の原隆志先生の案内で、島根県安来市飯島町にある錦農館(きんのうかん)の営業部長、柴田 修さんに面会。錦農館では古くから安来市在来の飯島カブの種子を販売しているとのこと。柴田さんの案内で飯島地区でただ一軒、飯島カブを守りながら自家採種を続け、錦農館へその種子を出荷している奈良井 冽(れい)さんのお宅を訪問することになった。

奈良井家の居間に通されると、一家の主人である冽さんがまず、お茶でも一服どうぞと抹茶を点ててくださった。「松江や安来あたりではきちんと人をもてなすときは、煎茶よりも抹茶を出すのが普通で、日頃からごく普通に抹茶を飲むんです」と原先生が横からこっそり教えてくださった。

 飯島カブは赤い丸かぶで、一見温海カブに似ているが、温海カブが西洋カブなのに対し、飯島カブは和カブである。色も温海カブが紫色に近い赤色なのに対し、飯島カブは朱色に近い赤色である。奈良井さんの家では大正〜昭和の初期の頃に錦農館へ種子出荷を始めたが、当初は現在のように全体が赤いカブではなく、半白であった。それを祖々父、祖父の時代に赤いカブを選抜して現在のような色になったとのこと。

飯島カブは安来市飯島地区ではかつてどこの家でも栽培されていた。飯島カブは漬物にすると赤色が色落ちしやすいが、肉質が軟らかいのが特徴で地域の人々に好まれてきた。しかし近年は漬物にしても色が落ちにくく、より肉質が軟らかいカブ品種‘赤倉’(小林種苗、兵庫県加古川市)に置き換わり、飯島を栽培する人はいなくなってしまった。現在は奈良井さんの生産だけになり、生産も種取りも1年おきに行っているとのこと。今年は植えない年に当たったので、残念ながら畑で飯島カブを見ることはできなかった。

播種は9月中・下旬。収穫は11月中旬頃で霜が降りるか降りないかの頃。播種を早めると病気にかかりやすい。昔は木灰と下肥を畑に入れて栽培した。食べ方は浅漬けの他、干してぬか漬けにするのが一般的。また古くなった漬物を塩抜きして炒め、砂糖と醤油で煮付けても食べる。開花前の菜の花(山形では茎立ちとか、折菜と呼ばれる)もおひたしにして食べる。

当日、飯島地区を訪れる前に鳥取県米子市にも足を伸ばし、米子市にかつて栽培されていた米子カブの現状を産直市場で聞いてみたが、誰も知る人はいなかった。安来市飯島地区で親しまれてきた飯島カブもはたして地元でどのくらいの人が認知しているだろう。飯島カブの歴史や食文化に関する情報を古老から掘り起こせば、さまざまな物語が聞き出せるに違いない。そうした物語とともに、飯島地区にしかない飯島カブの大切さを知ってもらい、一人でも多くの地元栽培者が出てくることを願いたい。(写真は左から錦農館の柴田さん、飯島カブを守ってきた奈良井さん、松江農林高等学校の原先生→[島根県探訪記その4.津田カブ]へつづく。


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