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第一章 経営者は社員の人生を預かっている

経営者が会社の存在意義を考えるときに、福利厚生の充実や社内の環境整備以上に配慮しなければならないのが社員の給与です。社員は生きるために働いているのであり、給与は社員と家族の生活設計の基盤になるものです。当たり前のことですが、経営者たるものは、いかなる理由があろうとも、社員に対して給料の遅配や未払いがあってはなりません。

 

 私の経営していた会社では、創業以来、売却決断までの三十八年間、給料の遅配や未払いなど一度もありませんでした。賞与にしても、支給額の高低はありますが、八月と十二月の定期賞与、そして三月の決算賞与と、年三回の賞与を遅配なく支給してきました。

 

 しかしながら、私が経営者として従事していた最後の決算期は、減収減益の成績でした。このような経営成績ですから、私が経営者の立場であり続けていたならば、私は以後の賞与を大幅にカットするか。支給そのものを停止しなければならない状況を迎えていたかもしれません。

 

 ところが、会社売却後に私と交代した経営者は、買収側の大手企業から派遣されてきたこともあり、大手企業に準じた賞与基準で、私が査定していた従来の基準よりも増額して支給してくれたのです。

 

 「意欲の持てる給与体系や賞与体系は会社の成長に比例する・・・」。さまざまな経営書にも書かれていることですが、この言葉は私が会社経営の第一線に従事し、常に肌で感じてきた実感です。

 

 「仕事は給与の額ではない、給料が低くとも生きがいが感じられればいい」という人もいます。でも、本当にそうでしょうか。給与は生活設計の基盤であり、人々の生きがいは安定的な資金の上に成り立っているはずです。満足な給与を得られなければ、生きがいどころか生活の基盤さえ失ってしまいます。

 

 社員の生活向上も、生きがいも、精神的余裕も、全ては満足な収入が根底にあることは間違いありません。言い換えるなら、「経営者は、そこで働く社員の人生と生活を預かっている」ことになるのです。万一、経営者の責任で社員の収入の道が閉ざされたたなら、社員はたちどころに生活の基盤を失い、家族ともども路頭に迷うことになります。それだけ経営者の責任は重いのです。

 

社員の給与が閉ざされる危惧のある状況のひとつに、「後継者不在」という問題があります。会社に後継者がいなければ、現経営者に万が一のことがあった場合、その会社は頓挫してしまいます。

 

私がM&A売却に悩んでいた時に肩をポンと押してくれた日本M&Aセンターの分林会長(当時社長)。今ではM&Aの第一人者です。分林会長が、事業承継に関する雑誌インタビューで、中小企業の事業承継の難しさについて次のように答えています。

 

「後継者不在の中小企業は全体の六十六%、つまり三社に二社で後継者がいない状態と言われています。子供が継がない場合、多くの経営者は社員に継がせようと考えますが、多くはあきらめることになります。仮に無借金経営の場合、社員はその会社の株を買う財力がないし、借金が多ければ個人保証を誰がするのかといったといった問題がでてくるからです。」

 

事業承継の手段は、「身内への承継」「社員への承継」「M&A」の三パターンがありますが、前述のような場合どうすればよいのでしょうか。後継者不在の諸問題を解決できずに、万が一存続をあきらめることになった場合、社員は路頭に迷ってしまいます。しかし心配はいりません、後継者不在の問題を解決する最良の手段としてM&Aがあるからです。

 

私のM&Aは後継者不足ではなく、後継者として事業を承継したものの、将来展望が見えずにいたことが売却決断のひとつの理由です。会社の経営を続行するか否か悩んでいたとき、私は社員の人生と生活を預かっているということを再認識し、自分の体裁やプライドだけで経営者として留まるべきではないと判断したのです。

 

 「意欲の持てる給与体系は会社成長の原動力になる」と理解していても、そのためには増収増益が不可欠であり、減収減益の下で「意欲の持てる給与体系」を実践すれば、確実に経営を圧迫します。さらには、将来的にも減収減益の予測しかできない経営体力では。社員の人生を預かるどころか、社員を裏切りかねません。

 

 後継者不在も含め、将来的にも社員の人生を預かることができないと判断するのであれば、経営者は社員の人生を託すことができる経営者を探し求め、社員の収入を保証する手立てを考えなければなりません。それができない経営者は、それまで人生を預けてくれた社員を、最終的に裏切ることになってしまうのです。

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