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第一章  一億円以上の余剰資金を持ちながらも延命の道を選ばず

M&Aの決断は二〇〇一年四月のことでした。私の経営していた会社の決算は三月です。創業三八年目経営成績ですが、売上高三億円、経常利益三千四百万円、減価償却二千八百万円という、決算書上では好成績の営業状況でした。もちろん粉飾決算などありません。

財務状況に関しては、現金、預金等の流動資産が二億四千万円、また、手形、買掛金等の流動負債と長期借入金等の負債の合計額が一億四千万円という状況でした。その他、土地・建物の固定資産も保有していましたが、これらの不動産をあてにせず、借金やその他経費を差し引いても、一億円の余剰資金が残る経営状態だったのです。

 

 この数字と財務内容だけを見れば、M&Aによる会社売却の決断など必要ないと大半の経営者は考えるのではないでしょうか。この決算内容でM&A決断を公言したなら、ほとんどの経営者はその真偽を問うはずです。多くの中小企業が、もっと厳しい借金経営ながら事業継続の道を歩んでいますし、株式譲渡のM&Aとはすなわち経営権を失う手法であり、経営者自らの進退問題でもあるからです。

 

 しかし、一、二年前まで順調であった優良企業が、あっというまに倒産するというのが、借り入れに依存する企業を取り巻く経営環境なのです。当期の成績がよかったから来期も何とか期待できるだろうなどと、悠長なことは言っていられない時代です。経営判断を間違うと、一直線に堕落の底につき落とされてしまいます。

 

 一年で一億円を貯めることは非常に大変なことですが、一年間で一億円を失うことはたやすいことです。一億円が消えてなくなるか、一億円がさらなる利益を生み出すか、経営者としては重大な判断であり、この判断こそ経営能力が試されるのです。

 

 私は「一億円が直ぐに消えてなくなる」という判断をしました。決算書だけではこれからの経営状況は判断できません。貸借対照表は、過去に積み重ねてきた財務内容の結果であり、損益計算書は前年度のいわば過去の成績を判断する材料です。決算書は、これからの経営戦略を練るためのひとつの資料にすぎません。

 

 決算内容を基にして、経営者は実務を熟知し、自社を取り巻く環境や産業構造の変化、さらには、自社の体力を的確に把握して、会社の進むべき道を判断しなければなりません。

相続税がもたらす経営問題、成熟から斜陽化が懸念される業界環境、事業の柱を新規に求める時間的余裕のなさなどを勘案し、好決算とは裏腹に、私は自力での企業存続の道を断念し、M&Aによる自社売却の道を選んだのです。

 

M&Aを決断し僅か一年後、予測通り自力経営が継続困難となるハードルが立ちはだかり、物凄いスピードで大幅な減収減益の危機を迎えました。私がM&Aの道を決断していなければ、会社は倒産かあるいは自主廃業への道しか残されなかったでしょう。

 

一億円の資金的余裕など大手企業にとってはたいした金額ではないかもしれません。しかし、私が経営していたような中小零細企業にとっては、金融機関からの融資に依存することなく、いつでも自由に活用でき、返済の必要のない一億円は、大変魅力的な資金でした。さらに、この一億円を担保に、新たに数億円の資金を金融機関から調達することも可能です。それを裏付けるように、金融機関から何度も数億円の貸付要望が届いていたのです。

 

その一億円の資金がありながら、自力での企業存続の道を選ばず、M&Aを選んだ私の決断は間違いのないものであったと、今でも自負しているところです。

 

当期の成績がよくとも、来期もよいという保証はどこにもありません。来期もよいはずだというのは、単なる楽観論にしか過ぎないのです。現代のように変革のスピード早い経営環境下では、会社存続の保証などどこにもなく、綱渡りと揶揄される中小企業の経営環境の実態なのですから。

 

企業を生き返らせるために、金融機関からの融資が救済のための手段と考えられてきたのは、既に過去の考え方となっています。一億円の内部留保などすぐにも消え失せてしまうような波乱の多い経営環境下、いまやまさに経営能力とスピードのある判断能力が試されている時代なのです。

 

とくに中小企業ににあっては、経営者は金融機関からの融資をあてにせず、場合によっては思いきって自力での会社存続道を断念する勇気を持ち、そこから新たな起業の道を歩むことも、経営能力として求められる時代を迎えているのではないでしょうか。

 

一億円の内部留保があれば、さらなる事業への投資ばかりではなく、社内環境の整備にも夢が膨らむものです。私の会社が営んでいたリネンサプライ業という業種は、繊維製品のリースとクリーニングの合体した業種であるため、クリーニング工場は蒸気を発生し、真夏には朝から温度計が三十度を指していました。蒸気を伴う仕事上通常のクーラー設備では効果がなく、工場で働く社員は、暑い中で働くことを余儀なくさせられます。

 

 とはいえ、時代とともにこのような工場にも最新のクーラー設備や、社員のための快適職場づくりが求められるようになってきました。社員と経営者との意思疎通の改善、トップダウンではなく、ボトムアップ経営等、社員待遇改善のためのさまざまな施策が求められるようになったのです。

 

 しかしながら、大企業では当然となっている職場環境や福利厚生も、中小企業にとっては真似のできない施策が多くあります。多くの中小企業は、職場環境整備と福利厚生の施策を、後回しにせざるをえないのが現状です。一方、厳しい雇用環境の真っただ中にあった当時、働く人たちにとっては福利厚生の充実や、職場環境の優劣などを問うている状況ではありませんでした。職がある事だけでもありがたいと言われた時代でした。職場環境や福利厚生への多少の不満があっても、会社に対して不満を言いだせないのが現実だったのです。現在のように、ブラック企業などと言う言葉で企業の不正を追及できることなどできなかったのです。

 

 私の経営していた会社においても、職場の改善や福利厚生の充実等、改善、投資すべき課題が山積みになっていました。快適な職場づくりや福利厚生を犠牲にしての利益計上、さらには、内部留保の充実という状況に、経営者の仕事のひとつは儲けるための仕組みづくりとはわかっていても、私自身なには何かしっくりこない感じをもち始めていました。

経営の本質ということを考えた場合、ほんとうにこれでいいのだろうか。私自身のなかでも、経営に対する葛藤がはじまったのです。

 

 

 しかし、積極的に福利厚生の充実や、職場環境の整備を行なえば、内部留保の資金はすぐに底をつきます。さらに、減収減益という状況を迎えれば、企業存続前途は多難をきわめるようになります。倒産という事態さえ、現実のものになってしまうのです。しかも、中小企業の大半は労働組合がなく、物事の決済は経営者のツルの一声に左右されてしまうケースが多いものです。

 

 労働組合がなく、社員が不満を口にしないことをいいことに、職場の改善や福利厚生充実など、売上に直結しないことに目を向けないような経営体質では、利益計上はできても会社存続の意義そのものがないものと私は常々思っていました。

 

 そして、社内の環境整備と福利厚生の充実という観点から、私の経営していた会社の存在意義を考えたとき、私は自力では社員に報いることができないという結論に至ったのです。私の会社がこの先も、社員に生きがいの場を提供できるのだろうかという疑問でいっぱいでした、

 

 だれでも一日に与えられる時間は二十四時間です。そのおよそ三割の時間を過ごす会社で、快適に働き、生きがいを持てる場を提供するのが経営者の務めでもあるはずです。福利厚生の充実及び社内環境や就業規則の整備に十分な投資を行うと同時に、利益計上や内部留保のできる会社でなければ存続する意味がない、と当時の私は判断したのです。

 

 あのまま、私が経営を継続し生き延びたとしても、世間から「ブラック企業」のレッテルを貼られ、窮地に追い込まれ、その後売却できたとしても、企業評価は価値の落ちた会社として査定されていたでしょう。

 

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