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会社の庭師 H課長

  • 会社の庭師 H課長
わが社は工場の周りが木々で囲まれ、其の間間には、様々な
花を咲かせる低木や、草花が種類多く植えられていますが
それらの管理を主幹しているのが、課長のH君
それぞれの季節で、木々の剪定やら形よく刈り込んだり、
追肥を行なったり、素人の割合にはその作業は玄人並みである
20年にわたって、わが社の環境整備を行なっている。
それも仕事外の時間を使ってである。
今日も見事に"つげの木"や花の終わった"つつじ"の木の
床屋さんをしてくれました。
欠かせない人材です。

人の格差(2)

人の格とは何であろうか、経済的貧富、職種は別として
人間の社会における、基本的ルールをしっかり認識出来
其の上に自分の精神的心の安定と慈愛の考え方を常に、認識
出来ている人。自分なりにはそう思っています。
その大小は、それぞれの年代によっても、個々によっても認識
の違いはあるでしょう。
イソップの童話に"蟻とキリギリス"と言う有名な話がありますが
人生を四季に例えてみると、晩年はいわゆる冬の時代
リタイヤした晩年の時代を、童話の蟻の如く過ごせるか、あるいは
キリギリスの生き方で、終わるかは自分が社会に出たときから
自分で其のつどコースを設定しながら、過ごしてきたことが
すべてであろうと思います。
人間は死の直前まで、人間として完成されたとはいえないかも
知れません、そのため生きている間はその未熟さゆえに常に
完成に向かって、努力したり、心を磨くため自己研修を積むことに
勤めようとするのだろうと思います。
早春期は、受身の中で生きることの基礎知識を蓄え、青年期は
衣食住の生活の基盤を確立し、壮年期は家庭や職業を通して
社会に貢献し、老年期には心の確立を持って早春期、青年期、
の人生の後輩達に、自分の生き方を通して、いわゆる人材育成
に勤めていく。理想論かもしれませんが。
其のとき初めて、人の格差がはっきりするのかも知れません。
今若いからまだ大丈夫と"キリギリス"の生き方を過ごしている
あなた、あっと言う間に老年期は来ますよ。
其のときの貴方の生活は、人格は ?

人の格差(1)

6月5日金曜日 今日も全体研修日である。
研修とはどんな意味があるのだろうか、特に新入社員にとって
入社して3ヶ月目、今まで無我夢中で会社内で居たものが
少し落ち着きを取り戻し、冷静に本当に自分が選んでよかった
会社なのか、転職するなら今のうちでないのか、迷う時期である。
しかしながら例年ならいざ知らず今年に限っては、転職も
ままならない情況で、あると思える。
社会に出るまでは人はみな、大抵は受身の人生を歩んできている
幼稚園から始まって、高校、大学まで定められたコースを
家族や学校の庇護の下に、進んできているから人と人の格差も
微々たるものである。せいぜい学業の成績が良いか、悪いか
の格差だけである。学生と言う身分の中ではそれによって、
どうこうということはない。
しかし社会に出てからは、年数がたつごとに
生活全般もしくは人格、品位、人間全体における
格の差が大きく広がってくるのが一般的である。
どうして、言うまでもなく社会に出てからは常に、受身でなく
自分自身が自分のコースを常に設定して、進まなければならない
からである。
よく同年会の集まりの中で、誰君は出世したとか、誰は行方不明
とか、社会に出てからの同年生の話が、酒の肴になりますが
同年会に出てくること事態が、其の人達の社会での安定感を
示している。いわゆる人の平均的"格"を保っている
20代、30代、40代と年代を重ね同年会を
開くたびに参加人数が少なくなっていく。
つづく

なでしこ

  • なでしこ
今日 6月3日妻の誕生日である、38年間連れ添っている。
長いような、短いような歳月の流れとはあっと言う間の気がする
「今日ばあちゃんの誕生日だよね、じいちゃんどうする」
朝歯を磨いていると、孫が私のそばに来て小声でささやいた。
「そうだな夕飯は、ばあちゃんの好きな寿司でも食いにいくか」
「賛成 回転寿司ね、じいちゃんおごるんだよね。」
孫との会話である。妻にとって本来なら
子育てが終わって、気ままに自分の趣味や、友達や
夫婦での旅行など、沢山楽しみたかろうに"おまけ"の子育て
小学一年生の孫の母親代行で、毎日奮闘している。
花に例えて見ると、"なでしこ"のような女である。

時間と言う財産

今日は金曜日。昨年の全般の時期であれば、連日の残業続きで
若い人にとっては、一週間のうちでもっとも、待ち望んでいた
曜日だったと思います。いわゆる花金と称してデイトに友人との
飲み方に、夜遅くまで外出でのコミニケーションに時間を
費やし楽しんでいたものと思います。
しかしながら最近の情況は、残業無し、帰休ありで
流れ行く時間をお金に変える比率が減少している。
時間の使い方は、お金に換える時間、家庭を維持する時間
地域に貢献する時間、自分の楽しみや自己研修で成長させる
時間と様々ありますが、最近の情況の中でその配分比率が
大きく変わってきてるといえます。
その中でお金に換える時間と、自分の自由に使える時間とは
反比例するのが普通である。
今はお金に換える時間が、はなはだしく減少し自由時間が
大幅に増えている。
物は考えようで、時間というのは自分にとって大きな財産で
その財産をどう使うかである。時には学生時代に戻った気持ちで
自己研修に使うのも、10年に一度くらいいいじゃない。
そんな負け惜しみを。社員に語って過ごす金曜日です。