HOME > 創業者の記憶 ~吉田功~

地域景況の変化

リーマンショックの情況に、匹敵するような昨今の
地域経済の縮小が、主に製造業関連に圧し掛かってきている
関連業者の売り上げカーブが、右肩下がりのグラフを
示し、国内製造拠点の整理や合併が、急速に進み
此処置賜地区も例外ではなく、ちょっとやばい感じの
秋を迎えている。震災復興の仕事で人員不足の建設業界とは
対照的な、"ものづくり"業界の姿が徐々に浮き彫りに
なってきてるのが、現況の地域景況である。

此処長井地区、経営のトップの次世代への移行が此処に来て
かなり進んできている。時代の大きな変わり目といえ
彼らにとっては、大変気の毒なバトンタッチであると
思うが、新しい発想や過去に囚われない、経営思想の中で
この難関な、時期を乗り越えてもらいたい。
政治の世界も若い発想と、真に国を思い経済を新しい方向で
推進していこうとする、政治家たちは沢山居るのに
古い老齢な厚い壁が、ふたとなって其の力を発揮できないで
いる姿も見える。地域の活性化は業種ごとばらばらな
思いでの方向ではなく、いまや連体と連携を第一として
地域経済の方向性を模索する、時代に入ってきたのでは
なかろうかと考えられる。政治も産業も地域民も
昔の隣組の"とんとんとんからりんと、となりぐみ"の
歌にあったように、助けあい、協力しあいの精神を構築
していく事が、現況を乗り越える妙薬であろうと思う。

山形大学工学部と長井市の協力関係調印

山大工学部(飯塚学部長)と長井市(内谷市長)
の提携調印式が、10月1日タスホテルにてむすばれました

予てより、長井市より要望していました、山大工学部の
様々な研究実績や知識を、地元企業群の"ものづくり"技術
との融和の中で、お互いのより一層の発展を図ると供に
地域産業を産学官の、連体と協調の中で現状の閉塞感を
打破したい、思惑を持って要望を進めて、来ましたが
漸く、第一歩を踏み出すこととなりました。

交流の場をいずれ、タスビル内に設置し工学部教授陣と
地元関連企業との、交流を活発に推進して行くことに
なると思います。

長井工業高校50周年を迎えて、地域に感謝

9月29日、県立長井工業高校の50周年行事が、当校
体育館で、式典、記念講演、そしてホテルタスで
記念祝賀会が、開かれました。地元長井市長を始め
50年の歴史の中で、様々な場面で関わっていただいた
多くの方々、同窓生も含めて大勢の参加者のもと
行われました。

特に祝賀会には、地元企業の方々も忙しい中参加いただき
大変意義ある、昭和37年4月の開校以来半世紀に
わたる歴史の日を祝っていただきました。
私も、主催者側の式典部会長として、一日を過ごしてまいりました
この歴史の中で、当校の地域のなかで果たした役割は
大変大きなもので、あったと思います。

しかしその影には、時代、時代の様々な場面で常に
本校に関わってくださり、物心両面で支えてくださった
行政、地域企業群、地域民、数え切れない方々を
無しにしては、この記念行事は語れません。
正に、感謝の一字に尽きる、一日であったと思います。

私も、同窓会長や体分後援会長を長年勤めさせて
頂きましたが、今期を最後に辞任する事になりました。
長年、地元企業や同窓生の方々に、ご支援をお願いし
いつも笑顔で受けていただいた事に、心より御礼申し上げます
ありがとうございました。

東北経産局長来市

昨日は東北経済産業局長 山田尚義氏をお迎えしての
講演会並びに、懇親会が長井機械協同組合(横山理事長)
の主催で行われ、ゲストとして長井市長を始めてとして
組合員外の数社の企業が招かれ、参加してまいりました。

経産局からは、局長以下、小林課長補佐、鈴木課長補佐
六沢局員、等の方々との懇親を深め、今後の長井市における
産、官の結び付をより強固なものにして、地域活性化を
より推進する道筋が出来た事は、良かったと思っています。

世代交代の時期

様々な難題を抱える国家の危機、大きな転換期を迎えている
国内の産業構造、今日本は世界の中で様々な分野で
方向性の変換を強いられているように、思える。

従来の思考の中で、日本のあらゆる分野でリーダーを
努めてきた、年代もそろそろ世代交代で、新しい思考
時代にマッチした、幅広い施策、行動力とエネルギッシュの
豊富な、世代へのバトンタッチが望まれる時期を
迎えているように、思われる。古きよき時代を回顧しながらの
リーダーの務めは完全に、陳腐化していることに
気付くべきである。

現リーダーの方々は、影の人となって世代交代を推進し
国内の方向性、新しい進路を構築しなければ、日本沈没の
憂き目を見ないとも、限らない。中央だけでなく地方においても
真のリーダーを、次世代の資質を第一に選んでいくべきであり
財力や学歴、外見的要素、或いは禅譲的感覚での
選択が多い古い考え方を、辞めなければ、この難関を
乗り切れないのは当然である。