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おじいさんがくれた宝物
この写真は、今年の3月16日に掲載したものです。友人が、昭和63年10月24日、最後のJR列車におじいさんと一緒に乗った時に買ってもらったものだそうです。
今でも成田駅には、「孫が汽車が大好きでよ~。」といって、楽しそうにホームで見守る姿を見ることがあります。鉄道や駅舎の記憶は、こんな日常の中で、故郷の風景と共に鉄道の音や振動、停車場の記憶が受け継がれていくのではないだろうか。小さな子供の「ガタンゴトン、ポッポー!」という声を聴きながら、そんな思いにとらわれた。
「ありがとう30年、そしてこれからも。」
【S.Kさんよりの投稿:3/16】http://samidare.jp/orada/note?p=list&c=410726
軽便鉄道長井線開通記念号
さてさて、今年は山形鉄道開業30周年にあたりますが、歴史に詳しい友人から大正3年の長井線(梨郷~長井駅)開通時の新聞記事を紹介してもらいました。地元紙の米沢新聞の大正3年11月15日の記念号です。鉄道院技術部米沢派出所長の下村氏の談話が載っています。
「我が置賜の地や面積きわめて広く土地沃饒・・・中略・・・ことに西置賜郡にいたってはその面積実に76方里。米穀を第一とし繭、生糸、蚕種、つむぎ織、木材、鉱物等の産物すこぶる豊富なるにもかかわらず、この地置賜の西北にあるがゆえに、地さらに鉄路の恩恵に浴するにあたわず。ここにおいてか全郡民はもちろん、いやしくも西置賜郡の如何を解する人は、その敷設の一日も早からん事を希望したりき。・・・略・・・」
また、郡長、長井町長以下の管内の名刺中には、当時の長井村村長・佐々木太郎助氏の名前もみられる。
【記事提供:米澤新聞社】