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西国霊場中興の祖である花山法皇は三十三所の観音霊場を御巡幸され、その折に各札所で詠まれた歌が御詠歌として今日まで伝わっています。
花山法皇はその時に当山を西国巡礼結びの地と定められ、三首の御詠歌を詠まれました。
その御詠歌は現在・過去・未来を表し、「世を照らす~」で始まる歌が【現在】、「万世の~」は【過去】、「今までは~」は【未来】を表すとされています。
その三首の御詠歌は満願のお寺に相応しく、なかでも「今までは~」で始まる御詠歌には、長い間ずっと親のように想い、供に旅してきた笈摺を最終の札所である当山でようやくたどり着いて、満願に寄せる格別の思いでこの地に納めたという花山法皇の御姿をうかがい知ることが出来ます。
この笈摺を脱ぐという行為は満願に伴う「精進落とし」であり、それはすなわち宗教的次元での「再生」を意味したものと考えられており、この歌が【未来】を表すのは、そのような意味があってのことかもしれません。
引用:華厳寺山主 久保田美好「西国巡礼慈悲の道」より
第33番「谷汲山 華厳寺 十一面観世音菩薩」
世を照らす 仏のしるし ありければ まだともしびも 消えぬなりけり(現在)
世を照らす※1観音様の真理(証し)があれば、法(のり)の灯火(ともしび)※2は消えることはないであろう。
※1観音経は「普明照世間」あまねく明かりを世間に照らすと説いています。
※2煩悩に迷うこの世から人を導く仏法を、闇夜を照らす灯火に見立てた言葉です。
万世の 願いをこゝに 納めおく 水は苔より 出る谷汲(過去)
限りなく続く永い世の人々の願いを谷汲山に納め置く。
苔むした谷から清い水が湧いてくるように、汚れ多い世の中で観音様は人々の心を清めてくれることだろう。
◇「谷」と「谷汲」をかけています。
今までは 親と頼みし 笈摺(おひずる)を 脱ぎて納むる 美濃※の谷汲(未来)
※華厳寺は岐阜県(美濃)揖斐川町にあります。
長い巡礼の旅で、親のように頼みにしてきた笈摺※を満願結所の谷汲山に脱いで納める身となる。
※巡礼者が衣服の上に着る白衣のこと。死装束と同じ意味で着ています。
◇「美濃」と「身」をかけています。
第32番「きぬがさ山 観音正寺 千手千眼観世音菩薩」
あなとうと※ 導きたまえ 観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを
遠い国からここまで巡礼の歩みを進めてきた。
尊い観音正寺の観音様よ、浄土へお導きください。
※古語の「あなたふと」で、「ああ尊いことよ」という意味です。
歴史的仮名遣いにすると下記のような表示になります。
あなたふと みちびきたまへ くわんおんじ とほきくにより はこぶあゆみを
◇「観音」と「観音正寺」をかけています。
第32番の観音様は石切場近くにあります。
石切場は落石の危険性があり、現在立入禁止になっています。