神明神社へ行く石段の左側に手水石(ちょうずいし)が置かれています。
石に刻まれた年号を見ると、創立された嘉永(1848~1855)のはずですが、寶(宝の旧字)永に見えます。
宝永三年は西暦1706年なので、神社創立から1世紀以上も前になってしまいます。
もっと古い寛永(1624~1645)ということはないでしょうし、嘉の異体字でもなさそうです。
石段の入口にある「奉納御石塔」も「明和七庚寅天」と刻銘があり西暦1770年になります。
(和の字は偏(へん)と旁(つくり)を上下にした異体字)
神明神社の近くには江戸時代※から北ノ沢鉱山があり石祠が残っています。
(刻銘がなく建立年・神様も不明)
また秋葉山への山道を利用して木材の切り出しを行っていました。
神明神社が出来たことで、元々あった石造物を設置したと考えられます。
※寛政4年(1792)の「樹蓄建議」に記載あり
私事ですが、この度転勤となりました。
中川地区の皆様には大変お世話になりました。ありがとうごございました。
「中川地区の歴史」の投稿はこれで最後になりますが、今後も「中川公民館日記」をお楽しみいただければ幸いです。
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