ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ
友人がフェースブックに掲載した福島の原発下で働く東電社員労働者の実態です。
ぜひ、知っていただきたく、転載いたします。 読まれたあと、さらに拡散していただけたらありがたいです。 <以下> みなさんにお願いがあります。 この情報をみなさんの力で拡散願います。 本日、今も福島原発で働く東電社員と懇談してきました。 驚愕の事実が分かりました。 東電社員及び家族の補償の打ち切りが決まったそうです。 昨日説明会があったそうです。 説明会は紛糾し、会社からは異議があれば裁判を起こせばいいだろうと言われたそうです。 また、説明会の資料は外部に絶対に公表しないように言われたそうです。 福島原発で働く社員の多くは警戒区域に住まいがありました。 いわば町の人間なのです。 補償の打ち切りの理由は、借り上げ住宅が借りられたのだから 精神的苦痛はないとのことでした。 彼らは住まいを奪われ、家族を失いながらも、あの震災当日に命を削りながら働いた人間達です。 そして、これからの福島原発の収束を支えていく人間でもあります。 10月に家族分については補償すると約束したのは東京電力です。 しかし、2ヵ月もしないで反故にしたのです。 彼らも被災者であることは明白です。 いうなれば被災者への侮辱になるのです。 私の友人は本気で会社を辞めると言っていました。 怒りよりも悲しいと・・・・ 何の為に今まで頑張ってきたのか分からないと 自分はまだしも家族まで補償されないことがつらいそうで、離婚をしてなんとか家族だけでも救えないかとも考えていました。 彼らは原発設備のプロです。彼らの尽力なくして原発の収束はありません。 想像してください。やる気もなく、会社に恨みのある人間が原発を扱うことを。 彼らは原発をメルトダウンさせることもできてしまうくらいの知識はあります。 私が恐れていた事態が起きてしまいました。 東京電力に断固抗議します。 また、広野独身寮(通称Jビレッジ寮)を東京電力は仮設住宅並みの設備を整えていると言っています。 うそです。スーパーハウスを安っぽくしたプレハブ寮です。 風呂もシャワーしかありません。トイレは仮設トイレです。車の持ち込みも禁止。 人間が暮らす最低限度しか整っていません。 そこに友人が何十人といます。 今日あった友人は顔つきが依然の顔とはかけ離れていました。 そして皆が命を張った結果がこれかと、なかば頭がおかしくなっています。 東京電力社員で高給与なのは、上の人間だけです。 原発は地方採用の人間(高校卒)がおもです。 30代で400万ほどの年収です。 命を削り、人間的生活ができず、会社の上層部の判断により起きた原発事故で 生活を失しなった人達が、これしかもらえてないのです。 こういった人間が何百人もあの福島原発にいるのです。 彼らが辞めたら、原発の知識も薄い人間が福島原発を収束していくことになります。 改めて、東京電力という会社の暗部を知ったしだいです。 彼らは給与という足かせにより、強制労働させられているといっても過言ではないでしょう 私は今までの投稿で拡散希望など書いたことはありません。 しかし、今回の件については怒りを禁じえません。 お願いです。彼らを救うきっかけになる可能性を信じ拡散願います。 断言します。近い将来このままでは福島原発は最悪の結果が訪れます。 社員を守らない会社に未来はありません。 会社が社員をかえりみず、会社の存続だけを考え、最低責任である補償すら果たさないのであれば、それは破滅を加速するだけです。 もう一度言います。 東京電力は命をかけた人間に、いやなら裁判を起こせと言いました。 これ脅しですよね。 友人はそれでも「頑張る」と言いました。 私は悲しくなりました。 「頑張らなくていいよ」と言いました。 とても切ないです。 たった2年でこれです。あと東電試算でも廃炉までに35年かかります。 どうかよろしくお願いいたします。 みなさんのお力を貸してください。 福島原発で働く人より。 |
今月の23日、山形県は寒河江市におよそ200人の人たちが集まり
「STOP!!TPP山形県民アクション」設立記念講演会が開催されました。 暮れのあわただしいときによくもまああ、200人もの人たちが集まってくれたと思います。 平時の500人にあたりますね。 県平和センター岡田代表の開会のあいさつの後、 県選出の国会議員舟山やすえ(みどりの風)、 鈴木憲和(自民党新人)両氏からの来賓のあいさつと続き、 大妻女子大学の田代先生の 「TPPは暮らしと地域社会を破壊する」と題した講演と 農民や市民、労働者などのそれぞれの分野を代表する人たちからTPP反対の意見発表 。それに、 人々の運動を代表しての大野和興さんの連帯のあいさつが行われ、 最後に私が基調提案をして盛会の内に集会は終わりました。 暮らしの足元から、 生活の場からのTPP反対運動が求められています。 「活動家の政治課題としての反TPP」運動に終わらせることなく 「国民の生活課題としての反TPP」運動まで もっともっとすそ野を広げて行きたいと思います。 集会後に 「今日来てほんとうによかった。やっとTPPがわかった」 「わかりやすい映像でTPPをPRしなければね。いいの知らないか?」 「いいパンフレットはないのかな。勉強会を開きたい」 などの意見が寄せられました。 これからだよな。ここからです。 もうじき人々の運動からパンフレットがでますが それに大きな期待を寄せいています。 まず山形からは首都圏の政治の場の闘いとはちょこっとちがう 地域ならではの運動をつくりだして行きます。 ご注目ください。 |
幼稚園の園児たちと「土と食」のつながりを学ぶ取り組みを行っている。 こんなことだ。 夏、集めてきたキャベツやニンジンの皮などをちぎる。 「畑のビーちゃん(微生物)が食べられるようにできるだけ小さくしよう。」 1gの土を見せて、 「この中に日本中の人よりももっともっと多いビーちゃんが住んでいるんだよ。そのビーちゃんにご飯をあげる。それがこの野菜くずなんだ。」 「えーっ」 子どもたちと、土のベッドに野菜くずを混ぜる。半月後、野菜はあとかたもなく消えている。 「どうして?」 「ビーちゃんたちが食べてくれたんだ。食べたらウンコやオシッコをするよ。それが大根さんたちのごはんになっていくんだ。」 「わーきたねぇ。」 種を撒く。 「ビーちゃん、がんばれ。」 種はやがて大きな大根に。 生のままかじってみると・・あまい! このj試みを通して 土やいのちのつながり(環境)と不可分の「私」、 大地とつながっている私たちをを発見する。 当然園児たちの理解に限界があるだろうが、私がこの実践に期待することはそこのところだ。 約4か月をかけた試みだけど、おもしろかった。 何よりも園児たちの表情がよかったよ。 この試みを受け入れてくれた幼稚園には感謝だね。 後で幼稚園から写真を送ってもらいましょう。 ...もっと詳しく |
田んぼはもうじき雪の下に。 私たちの地方は毎年150cmほどの雪が積もる。 見渡す限りの田園がどこまでも、どこまでも・・・ 白一色の幻想的な風景。 カエルやヒバリの声、農業機械の音はおろか人々の話声すらしない この静寂の世界の中で、田んぼの土たちはゆっくりと眠りにつく。 土はかつて生きていたものたちが死んでくれてできたもの。膨大ないのちの堆積。 2012年の稲の茎、草ぐさや虫たちのいのちを加えながら、 まっ白な雪の下でしずかにしずかに・・眠りにつく。 (写真は昨年の田園風景) ...もっと詳しく |
雪が降ってきた。
まだまだ冬支度が終わりません。 いつ終わるのだろう。 次々とほかの仕事が出てきて・・ このまま春になってしまうかもしれない。 一番多く時間を割いているのは母の通院かな。 93歳の母は背骨を自然骨折してしまった。 91歳の父親の通院と合わせ、結構時間がとられる。 これは仕方のないことだけど。 写真は昨年の今頃の我が家の前です。 リンゴが雪をかぶっている。 さて、 選挙期間中に新聞折り込みチラシを出すことにしました。 発行元は置賜百姓交流会。 3市5町の農民有志で作る団体だ。 地元新聞に40,000戸分。 10数万円かかりますが、そこはみんなのお金を出し合うことにしました。 ここは正念場だからね。 <以下> 置賜に暮らすすべての皆さんに訴えます。 置賜の大地は、数千、数万年の時を刻みながら、耕すものにその流した汗に見合う豊かな実りを提供し続けてきました。私たちもまたこの豊穣の地で先人と同じように田畑を耕し、牛を飼い、果樹を育みながら生きる農民です。この地が大好きな百姓です。 やがてこの置賜からわずかな人たちを残して農民が消えようとしている。農業が無くなろうとしている。豊かな田畑は荒れ野に変貌しようとしています。それはTPP。参加国に例外なき関税の撤廃と非関税障壁の排除を求める自由貿易協定の締結によってもたらされる現実です。 農業の壊滅は国民のいのちの危機 農水省の試算によれば、この協定への参加によって海外からの大量の農作物が押し寄せ、地方を中心に農民を含む340万人が失業すると言われています。特に打撃を受けるのは米。1俵(60kg)3千円に満たない米が無関税で入ってくることで、直に消費者とつながっているわずかな有機農業(者)を残して、日本の水田農業はことごとく壊滅するとされています。平均耕作面積200ヘクタールのアメリカ、3,300ヘクタールのオーストラリアに2ヘクタールの日本。丸裸でのぞむ価格競争に太刀打ちできるわけがありません。農業の壊滅は日本に生きるすべての人たちの生存の危機、いのちの危機につながっていきます。 お金の格差がいのちの格差に 日本の医療は国民皆保険によって守られ、株式会社の医療への参入を禁じています。お金を持っている人ももっていない人もみんな平等にという考え方から生まれた世界に誇る医療制度ですが、これも変えられようとしています。株式会社に道が開かれ、保険のきかない自由診療が拡大されるでしょう。お金の格差がいのちの格差になる。こんな未来が見え隠れしています。 地方の公共事業にも外国企業が参入 国のみならず市町村発注の公共事業、サービス事業までが外国企業にも平等に開かれていきます。「私たちの税金で作られる橋だし、地域経済に活かされるよう地元企業に請け負ってもらいたい」といってもそれは許されません。外国企業の参入のもと地元企業の仕事が大きく減少していくでしょう。雇用の低下と地域経済の疲弊がいっそう深まります。 侵(おか)される食の安全 食の安全がおかされて行きます。日本国民の食卓の安全を水際で守ってきた日本の食品添加物基準、遺伝子組み換え表示義務、アメリカ産牛肉(BSE)の輸入規制などはすべてに緩いアメリカ基準に置き換えられ、撤廃されようとしています。 国や地域の上に企業が君臨する! 他にもまだまだあります。ですがこのTPPの性格をもっともよく表しているのが「ISD条項」です。日本に進出した企業が日本の制度や法律によって不利益を受けたとされた場合、日本をアメリカにある「国際法廷」に訴えることができるというものです。例えば米沢の山間部に進出した外国企業によって廃棄物処理場が立てられようとしたとします。そこは地域計画上あるいは環境政策上問題があるとしても、そのことを国内法で抑えることができません。それをやったなら厖大な賠償金をとられ、制度の方を変えさせられていくでしょう。TPPでは国や地方の制度よりも進出企業の方が上に君臨するとされるのです。 アメリカに日本を差し出すのか すでにお分かりいただいたように、TPPは単なる貿易協定の範疇を大きく越えています。まさに超大国アメリカの意向に従い、この国の政府と巨大輸出企業が連携して、国民の様々な権利を制限し社会の仕組みや形を変え、彼らに日本を差し出そうとする、前例のない協定として締結されようとしているのです。 秘密会議が未来をつくる? またTPPは、この国の人々の暮らしや未来に大きな影響を与えるにもかかわらず、その協議の中身は全く明らかにされていません。国会議員にすら知らされていないのです。すべてはブラックボックスの中で進められています。この国の今と未来のあり方を決めることができるのは世界の大国でもなければ巨大企業でもありません。この列島に暮らす私たちです。TPPは「主権在民」と「民主主義」に対する重大な挑戦です。 子孫のために勝たなければならない! このようにTPPは日本国民のいのちと生存権を大きく侵害しようとしています。愛する郷土のために、子や孫たちの未来のために、TPP反対!この闘いは絶対に勝たなければなりません。「俺は大丈夫だから」という次元の話ではありません。「だから言ったじゃないか」とか「俺たちは反対したんだ」というアリバイを残せばいいという取り組みでもありません。 野良に生きる私たちから、置賜に暮らすすべての皆さんに訴えます。 今回の衆議院選挙はTPPを阻止するための重要な選挙です。大地を深く傷つけた原発同様、TPPに対しても明確に「NO」の姿勢を示す候補者を選ぶ選挙です。「いったん交渉に参加してみて、ダメならば戻ればいい。」というような言葉にごまかされてはいけません。置賜の未来、日本の未来のためにTPPに明確に反対する候補者を選びましょう。こころから訴えます。 置賜百姓交流会 「欄外」 私たちは全県の有志に呼びかけ、「STOP!!TPP山形県民アクション」設立記念講演会を持ちます。(政党に関係はありません。) 12月23日13;00〜15;00 寒河江市市民文化センター 記念講演;「TPPは地域経済も暮らしも破壊する」 田代洋一氏(大妻女子大学教授) ふるってご参加ください。 ...もっと詳しく |
みなさま
TPPが締結されずとも農業、農村、農産物にはすでにその具体的影響があらわれています。 TPP反対運動はTPP反対、新自由主義反対を越えて、新しいローカリズムに基づく地域政策の創造的展開へとつないでいかなければなりません。 グローバルからローカルへ。経済効率から循環へ。消費地のための生産から地域自給へ。都会の植民地から地域の自立へ。 都会の一極集中の政治活動はそれなりに意味がありますが、地域の具体的運動、地域づくりの運動につなぐことで初めて実態的な 橋頭堡が建設されていきます。いつまでも「あぶく」のような都会を舞台にしてはいけません。 そのための出発点はこれ。 12月23日13;000〜 山形県寒河江市文化センターにて 「STOP!!TPP 山形県民アクション」の設立集会を開きます。 予定人員は300名。 大妻女子大学の田代洋一先生を迎えての 記念講演を予定しています。 いかがでしょうか? ぜひ出かけてみたいと思われる方は歓迎いたします。 集会の後、近くの温泉安宿に駆け込み(とはいってもまったく急いではいませんが) 置賜百姓交流会の面々を中心にした忘年会を行います。 一年の締めくくりとして 日本の裏。 近代化?に取り残された山形。 その中のいき健康な農民ならぬ百姓の、大いなるたわごとに 浸りませんか?あなたもそお一員になりませんか? 工業系の時代・・都会への「登り列車」の時代から 生命系の時代・・・田舎への「下り列車」の時代へ 「へ〜あなたはまだ都会にいるの?大丈夫?」 都会が日本を動かす時代はそろそろやめにしましょう。 まず今年の締めくくりは山形へ。そして山形から。 あなたのおいでをお待ちしています。 ほんとですよ。 お申込みいただければ一緒に忘年会にご参加いただけます。 narub-tane@silk.ocn.ne.jp までお申込みください。 すこし酔ったかな・・。 ...もっと詳しく |
☀☀☀☂☂☁☁ 秋が深まり・・・
朝は濃い霧におおわれるようになりました。霧が晴れればそこにはカラフルな村の秋があります。色づいたりんご、柿、もみじ、銀杏、菊やコスモスの花々・・。裏にそびえる朝日連峰は今が紅葉の盛りで、全身が明るいレンガ色で覆われています。一年中で秋が最もカラフルですね。次の寒さで峰はきっと白くなるでしょう。 ☀☀☀☂☂☁☁ 今年の米作りは反省の多い年でした。 ご案内のように、我が家では土の健康が作物の健康につながっていくことを考え、化学肥料は使用していません。すべて有機肥料にしています。今までは春に二種類(レインボープラン堆肥と自然発酵鶏ふん)の有機物を撒いていたのですが、秋の内に一種類(鶏ふん)を撒いておけば春が楽だとの考えから、前年の秋に撒いたのですが、それが雪解け水とともに予想以上に流亡してしまったのです。稲の茎は繁茂することなく終わり、その分お米はとれませんでしたが、そのことで根元まで日光があたり、かえっておいしく仕上がったのではないかと思っています。毎年、勉強ですね。 ☀☀☀☂☂☁☁ 「米が手に入れば勝ったも同然!」 こんな面白いセリフは誰のものかご存知ですか?どこかの戦国武将?うん、確かに武将かもしれませんね。これはかの辛淑玉さんのことば。お米をお送りしたとき、電話での第一声がこれ。思わず吹き出しましたよ。 さて、商売、商売・・と。お米のセールスです。 おかげさまで無農薬のお米はなくなりました。ですが、殺菌剤、殺虫剤ゼロ、化学肥料ゼロのお米はまだ余裕があります。白米、七分、五分米は10kg/5,000円、玄米は4,600円でそこに送料がかかります。品種は「ひとめぼれ」、我が家の主力品種です。ご飯をもう一杯ずつ多く食べませんか・・・なんてね、これはあり得ません。ですが、菅野農園のお米をとってもいいよおっしゃる方はおられませんか?菅野農園と関係をつなぐことで、まずは一年間のお米が間違いなく手に入ることになります。米屋、スーパーに行けばいつでもあるって?さあ、どうでしょう。このご時世、一寸先は闇。しかし菅野農園と関係をつくっておけば、世の中がどう変わろうと、いつもそばにお米があるから大丈夫!勝ったも同然!!ですぞ。 |
おっかない話にであった。
少し長いがぜひお読みいただきたい。 菅野芳秀 遺伝子組換え作物の安全性論議 by ○○ 辞表を提出 私のように微生物の研究を行っているものが、遺伝子組換え作物の安全性に疑問を投げかけるような意見を公表するには、相当の覚悟がいる。過去に遺伝子組換え作物の危険性を示すような実験結果を公表した人たちが、仲間や友人を失っただけでなく、職まで失った。 とはいえ、私には、だまっているわけにいかない事態が起こったので、意見をはっきりと述べたうえで、辞表を提出した。こう書くと話が派手だが、実際には、辞職することを決めていたので、思い切って意見を述べることができたのである。 安全性を問う討論会 私が最初に遺伝子組換え作物について意見を述べたのは、2002年2月に行われた研究者ディベイト「遺伝子組換え作物、遺伝子組換え食品 Yes or No」である。主催したのは、江崎玲於奈氏が理事長を勤める「つくばサイエンスアカデミー」で、Yesの側は、農林水産省所管の研究所の日野明寛氏、田部井豊氏などの豪華メンバー。 ところが、Noの側の研究者は私だけ(当時は、経済産業省所管の産業技術総合研究所勤務)。それも、このディベイトの司会役の宮本宏氏が同じ職場であり、頼まれて仕方なく引き受けたのであって、最初の話では、Noの側の研究者も数人集めるということであったが、会場へ行ってみたら私しかいなくて、だまされた気分であった。 司会役の宮本氏によれば、「公の場で遺伝子組換え作物にNoという発言をするのは問題ありだ」と言ってきた人がいたということで、私がディベイトに出るというだけで、職場内で圧力がかかったのである。 このディベイトの内容は、主催者のホームページに今も記載されているが、私の意見の主な点は、 1.「危険ではない」は「安全」と同義語ではない。 2.遺伝子組換え生物は、「元の生物+付加した性質」という単純なものではない。遺伝子を付加したことで、余分な仕事を1つやらせているのであり、それが生物の本来の機能に狂いを生じさせているはずで、その影響を慎重に評価することが必要である。 3.動物実験では安全性の試験ができないということで、動物実験抜きで人間に与えるということになっているが、このような安全審査は納得できない。 4.それでもいきなり人体実験ということなら、すべての食品に表示をして、誰が食べたか追跡調査ができるような体制を作っておく必要がある。 の4点である。そして講演の最後に「食糧増産が正義なら、日本の減反政策は悪魔の政策」というスライドを出して終わりにした。この後に討論があり、上々の首尾でディベイトは終わった。 裁判に関与することになった運命の日 その後、何事もなく過ぎて、迎えた2005年6月26日。つくば・市民ネットワークという市民団体が主催する「遺伝子組み換え作物を考える市民集会」が、近くの公民館であり、これを聞きに行った。そこには、ディベイトの相手方であった田部井豊氏も来ていて、また少し議論をしたのだが、この集会の終了後に、知り合いのお米屋さんから、「遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分申立書」(6月24日付)のコピーをいただいた。農水省所管の研究センターが遺伝子組換えイネの野外栽培をするということで、この中止を求めたものである。この申立書が、その後の私の活動を大きく変えることになった。 この申立書を読んで、このイネに関連する論文などを見た結果、とんでもないイネを野外で栽培しようとしていることに気付いた。下手をすれば人類の滅亡につながりかねない代物である。ただ、このイネの栽培に反対する意見を表明したら、職場に居づらくなるのは確実であるが、どうせ半年後に辞職するのだからと、すぐに、申立書を書いた人に連絡をとって、7月7日付けで裁判所へ陳述書を出した。 危険な遺伝子組換えイネとは この遺伝子組換えイネは、菜っ葉の一種のカラシナから切り出した抗菌剤生産遺伝子が導入してあり、ディフェンシンという名前の抗菌剤を多量に作る。このディフェンシンの作用で、イモチ病にも白葉枯れ病にも強いのだというふれこみである。しかし、ディフェンシンを乱用すれば、ディフェンシンで撃退できない耐性菌がでてきて、大きな問題が起こる。ディフェンシンについては、実験室内で耐性菌を作り出した事例がすでにある。 ディフェンシンは、カラシナだけではなくて、ヒトも病原菌を撃退するために作っており、自然免疫の中核となる重要な物質である。ヒトは、呼吸や食事によって頻繁に病原菌を体内に入れているが、気管や腸壁などからディフェンシンを出して病原菌をやっつけているから、健康に過ごせる。 このディフェンシンに対する耐性を持った病原菌が出たら、どのような事態が起こるか。直接的な証明はないが、ディフェンシンでの防御が出来なくなってしまったネズミを使った実験の結果では、エサに少しの食中毒菌を入れただけで中毒を発症している。 この例からわかることは、もしもディフェンシン耐性の食中毒菌が出現したら、わずかの量の菌を飲み込んだだけで発病し、それが次々と伝染していくと予想される。つまり、高感染性の食中毒菌が発生することを意味しており、多くのヒトが発病すると思われる。ディフェンシン耐性菌は健康なヒトを容易に病気にしてしまう菌なのである。 もちろんディフェンシンと一口に言っても、いろいろと種類があり、カラシナディフェンシンとヒトディフェンシンとは構造が異なるが、共通部分もたくさんある。このため、カラシナディフェンシンの乱用で生じた耐性菌がヒトディフェンシンにも耐性であることは十分に考えられる。 すでにヒトをはじめとしてさまざまな生物がディフェンシンを生産しているのであるから、自然界でも耐性菌が次々に出てきてもよさそうだと考えるのは浅はかである。耐性菌が出るかどうかは、病原菌が抗菌剤に頻繁に出会うかどうかによるので、ヒトもカラシナも、ディフェンシンを必要なときにしか使わず、普段は蓋をして隠し持っているから、そうやすやすとは耐性菌が出現しない。 今回の遺伝子組換えイネは、カラシナの遺伝子を挿入することで常時多量のカラシナディフェンシンを作って分泌するように作られており、過去の抗生物質の乱用よりも悪質である。イネがディフェンシン製造工場になっているわけであって、イネは枯れるまでディフェンシンを作り続ける。しかも、このディフェンシンは、蓋の部分を取り払った裸のディフェンシンであり、耐性菌が出現しやすい。 このイネの栽培によって野外へ花粉が飛べば、ディフェンシンを作るイネがどんどん増えていくことになり、ディフェンシン耐性菌の出現可能性がどんどん高まる。こんな危険な実験を許すわけにはいかない。 そこで、陳述書を書いたが、微生物の専門家でないと理解が難しい内容を含んでいたので、最初は、裁判の相手側だけでなく申立者にも十分わかってもらえず、理解してもらうまでに時間がかかった。 陳述書への上司の反応 私の陳述書は、相手側から、私の所属する研究部門の副部門長へFaxで来て、部門長へと届けられた。部門長からは、相手側に全面的に同調する文書が、すぐに裁判所へ提出された。この文書の内容は全くの的外れなものであったが、部門長が怒っていることだけはよくわかった。 都合の悪いことに、職場の狭いフロアに私の研究室と部門長室と副部門長室とが並んでおり、廊下でよく出会うので、非常に気まずい思いであった。私が陳述書で主張したのは、抗菌剤の乱用をやめなさいという点であって、遺伝子組換えは論点ではないのであるが、部門長は、農水省が推進している遺伝子組換え作物に反対するのはけしからんの一点張りで、私の主張内容を理解する気はさらさらなかったようであった。 ここはしばらくの辛抱と思ったが、部門長のひどい圧力に耐えかねて、研究所の中枢である研究企画部に助けを求めた。 そこでわかったのだが、私の陳述書については、すでに部門長から研究企画部へ訴えが出ていて、研究企画部で検討の結果、この陳述書は、研究者が自分の見解を表明したものであって、何ら問題はないという結論がとっくに出ていたのである。逆に、部門長の行為は問題ありで、注意を与えるということになった。職場には微生物の専門家が何人もいるから、私が提起した問題の正当性と重要性を理解してもらえたようであった。 下品な被告の反応 このイネについての仮処分申請はその年の内に却下され、そのあと、本裁判となり、新潟地裁で現在も係争中である。被告は国民の税金で実験を行っているのであり、公の立場から、私の指摘が正当かどうかを見極めることが重要であるはずだが、それよりも裁判に勝つことを第一に考えているようで、反論の中身の下品さにはただ唖然とするばかりである。 被告の反論には、的外れの馬鹿馬鹿しいものや、当方の意見をわざと曲解して、当方がそう述べているかのごとく装ったりしたものがたくさんあって全くうんざりした。うんざりさせるのも、被告の作戦かもしれないから、淡々と対処している。現在、第三者による鑑定の結果待ちで、裁判はまだまだ時間がかかりそうである。 今度は組換えダイズで意見表明 最初の陳述書を書いた半年後に私は研究所を早期退職し、京都学園大学へと移った。遺伝子組換え作物については、大学内でも賛否両論あるが、前の職場と違って発言への自由度が高い。 大学へ移って早々に、遺伝子組換えダイズを食べたネズミが産んだ子の6割が3週間以内に死んだというエルマコバ博士の研究が世界中で話題になった。これに対して私は、食品の危険性を示すデータが出たなら、安全性を再評価する実験を国がしっかり行うべきであるというコメントを出した。 しかし、どこの国も、エルマコバ博士の実験結果を無視するだけで、再実験をしようとしない。もしもこの食品が遺伝子組換え食品でなかったなら、ちゃんとした再実験を国が行うと思うのである。そうでないと安心して食べられない。 ところが、遺伝子組換え食品は安全性審査が終わっているから二度とやらないという態度である。審査をしたといっても、動物実験をほとんど行っていないので、エルマコバ博士の実験に反論するような材料がない。推進側が論拠にしているたった1つの動物実験の結果は、エルマコバ博士の実験に反論できるような内容を含んでいない。 遺伝子組換え食品は、いきなりの人体実験であるから、追跡調査は必須のはずであり、危険の可能性は十分に残っているのに、あまりにも不可解な対応しかなされていない。そして、エルマコバ博士のデータは闇に葬り去られようとしている状況である。 おわりに 長きに渡り、私自身も遺伝子組換え技術を使ってきただけに、危惧するところはたくさんある。遺伝子組換え技術について、今後も機会あるごとに言うべきことは遠慮なく言いたいと思っている。 |
この間は私の誕生日でした。 これはどうでもいいのですが お祝いに 「こんな人がいるって、世界は本当にすばらしい。 この世は・・・・・・・・・ 本当に価値があると思いました。 きっと、この1年、大変なことの連続かもしれないけど、 がんばりましょう!!!!」 とのメッセージとともにこんな動画を送ってくれた友人がいます。 その動画が素晴らしい。 ご紹介します。 http://youtu.be/oOHD8OqBVYs |
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今年もよろしくお願いいたします。
昨年はこんな年でした。
1、2月、タイでレインボープランをやっているイサーンのコンケーン県ポン市に、 長井市長、県会議長婦人、市役所職員、アジア農民交流センターの仲間たちとともに行ってきた。ともに循環型まちづくりをすすめる地方都市として友好関係をさらに高めていこうとの協定書を交わしあった。かけがいのない友人であるバムルーン・カヨタ氏、バムルーン・ブンパンヤ氏とも会うことができた。元気だった。もう23年の付き合いだ。
2、5月、従姉(いとこ)と56年ぶりに再会した。私が小学校に入る前に両親と訪ねて行った時以来だ。我が家の両親に会いに来てくれた。私の母親の実家は長野県真田町。彼女はそこの実家を継いでいる。どんな人生だったのだろうか。今年の5月にはもう一人の従姉(43年ぶり)と連れ立って再度来てくれることになっている。楽しみだ。俺以上に両親が楽しみだろう。
3、10月、息子の家族(本人、妻と子ども二人)が我が家の庭先に家を建て、引っ越してきた。93歳の母親が「春平の小屋」と言っていたものだ。俺も調子に乗って「我が家には三つの小屋がある。作業小屋にニワトリ小屋に春平の小屋。」なんて言っていた。ずいぶん賑やかになったとお思いでしょうが、さほど変わらない。孫の顔を毎朝 3分ぐらい見ることができるようになったぐらいかな。
4、お米がとれなかった。来年の秋までどうして暮そうか。本気で心配しているよ。
5、11月、岐阜県にお住いの「自然卵養鶏法」(農文協)著者、中島正氏を訪ねた。佐賀県在住の農民で作家の山下惣一氏、劇団「青年座」のスタッフ、地元の 農民・小林武が一緒だった。ご高齢のため養鶏はやめていたが、中島正氏と山下惣一氏との往復書簡を収録した「市民皆農」(創森社)で見せておられるように、ますます論理は冴えわたっている。すごい方だった。
6、12月、千葉県佐倉市にある「宗吾霊堂」に行ってきた。3回目だ。過去2回は「宗吾さん、俺の中に入ってくれ。いっしょに農業、農村をよくして行こう。」とお願いしてきた。始めは26歳の時。2回目は30代だったかな。今回は今まで入っていてくれたことへのお礼ともうしばらく入っていてほしいとのお願いだった。TPPがあるからね。いやだとは言わなかったよ。そこって何?という方は 検索してみたらわかりますよ。
7、12月、「STOP!!TPP山形県民アクション」を立ち上げた。23日の記念講演会にはおよそ200人の人たちがかけつけてくれた。これからですよ。
8、地区長としてほぼ30回の会議や作業に出なければならなかった。これは重荷だったよ。でもこの3月で2年の任期が切れる。あともう少しの辛抱だ。
9、妻の病気はだいぶ軽くなってきた。これももう少しだ。
10、93歳の母親、91歳の父親、我が夫婦、鎌倉で働いている娘、息子夫婦ともども元気に年を越すことができた。昨年はこれだけで充分に良い年だったよ。
さて今年はどのような年だろうか?
なにはともあれ、健康で過ごすことですね。
みなさまにとりましても、健康で過ごせるいい年でありますように。