ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ
たつ年・・・何も良くならなくても、私は頑張るわな!
寒中お見舞い申し上げます。
山さくらさま、種子原人さま
山さくらさま、種子原人さま;やっぱりお二人のコメントがとぎれますと何かあったのかな、と思いますよ。自分はブログを更新しないくせにね。
大雪が続いています。屋根の雪を降ろさないと戸が開かなくなってしまうんです。雪の重みで。屋根から降ろした雪は屋根の下からどんどん伸びて屋根にくっつきそうになりました。周辺の除雪は息子の毎日の仕事です。春になれば消えてなくなるモノにですよ。それにこれほどのエネルギーを使うのです。建設的ではまったくない。一方的なエネルギーの消費。だけど避けられない、そんな日々。人生を考えますね。「生きること」、「暮らすこと」はこのようなことだろうか・・なんてね。 春はまだ遠いですが、春になれば肩の荷が…軽くはならないか。ただ違うものに置き換わるだけ。 こんな風に一年が終わり、始りました。今年もよろしくお願いします。 |
教えてください!
菅野 様 !
微生物って、どこに住んでいるのですか? しばらく、生ごみを入れて混ぜなかったからか、段ボールの中の生ゴミ堆肥が、冷たくなってしまいました。 2〜3週間、放ったらかしだったので、微生物が死んでしまったのかな? これは、このまま3か月置いといて、菜園の土に混ぜます。 ほんで、次のを新しく作ります。 私は、2〜3年前まで、雪景色にも雪にも憧れていました。 でも、雪の美しさと同時に、雪の厄介さと、怖さをこのブログで感じることができました。 人間はもちろんそうなんやけど、なんでも多面的に見ないといけないんやなって思いました。 「知らん」ってことで、相手を傷つけていることが私の場合多いなって反省しました。・・・金子みすずの世界やな〜〜〜! 私は、雪ではないけど・・・、 日々、義父義母との向き合いです。 そのために、仕事も辞めて向き合ったのだから、精一杯頑張らなイカンなって思っています。 思ってはいるのですが、覚悟が生ぬるいからかな、愚痴が出てしまいます。 どんなに、愚痴を言っても、代わってくれる人はいません。 それも自分でよくわかっているのですが・・・・・。 誰かに聞いてもらうだけで、また新たな気持ちで頑張れるんです。(人間が 小っちゃい 小っちゃい やな・・・!) 種子原人 様へ! 沖縄から帰られましたら・・・、教えてください。 新基地建設反対は、沖縄の皆さんの声かどうか・・・・? 本当の所は、どういう状態なのでしょうか・・・・? 私は、遠くから勝手に考えているだけだから、もちろん反対なのですが・・・? 地位協定とか言ってもね。・・・そんなメチャクチャなこと言ったらイカンやろ!って思います。 やっぱり、基地があるために、沖縄は恩恵を受けている。 無ければ生活できない人が多く居る。・・・・ですかね? でも、ある日、自分の土地を勝手に強制的に基地にされて・・・。 長い間、その状態が続いているから、沖縄の独自の産業が発展しなかったんやと思うけどな・・・。 もし戦後そこが全て自由な大地だったら、沖縄特産の農産物が生産されて、それが加工されて、貧しくても安全で豊かな生き方が出来たかもわからんよな〜〜? 私には、沖縄の人たちも『新基地反対』の声が多いのに、それを押さえこんで、米国のご機嫌をとろうとしている様に思えて仕方がないんですが、・・・・それも私が思っているだけですかね。 年金も、消費税も、新基地も、原発も、TPPも、放射能汚染も、いっぱいあるけど・・・・、 馬毛島のことも反対署名しかできてないです。 可愛い馬毛鹿の本は、回覧しています。いつか手元に戻って来ると思います。 私は、今、日々の生活との向き合いに全力を使ってしまってる。 今年は、それを、細やかな倖せだって思うように努力します。・・・なんでも、思いようやわな〜! 【写真】 シャエンバの、白菜と、そら豆です。 ここ数日は、朝、凍りついています。 でも、どんなに凍りついていても、この野菜たちは頑張っています。 生きている野菜には、不凍液が流れているんでしょうかね? |
更新しましょ!
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くず米など水田の副産物をニワトリたちに。ニワトリたちの鶏フンを水田に。水田4hと自然養鶏1,000羽とでつくる小さな循環型農園だ。水田は殺虫剤、殺菌剤、化学肥料を排し、レインボープラン堆肥と発酵鶏フンによって栽培する。ニワトリたちも外に放し、なるべく自然に近い形で健康な玉子を得ようとしてきた。「土・いのち・循環のもとに」。これが我が農園のうたい文句だ。中心的な働き手は息子(28歳)。すでに結婚し妻と2人の子どもがいる。
3・11で一変した。少しばかりの蓄えを郵便貯金にまとめ、息子たち家族がいつでも避難できるよう準備をしながら、落ち着かない日々を送っていた。山形県の汚染状況が分かるにしたがって緊急避難の必要性はなくなったが、息子は「自分の子どもに与えられないものを消費者に食べてもらうわけにはいかない。検査機関に調べてもらい納得のいかない数値が出たら農業をやめる。」と気を緩めてはいなかった。もし・・・その時は我が家が終わるときだ。
茨城大学の「応用粒子線科学」高妻孝光教授の研究室が検査に応じてくれた。米と玉子。検査結果は「検出せず!!」。両方からわずか1ベクレル/1kgも出なかった。一家離散せずにすんだ。ホッとはしたが喜びは全く湧いてこなかった。
福島では手塩にかけた農地を捨てて逃げ惑う農家がいる。家族がある。これまで「顔と顔の見える関係」と盛んにいっていた消費者の多くは問題にならないほどの低レベルでも一緒に考えようとはせず、一方的に関係を断ち切っていったという。長年培ってきたと思われていたものが簡単に壊れていった。そんな中、12月24日、リンゴ農家の仲間が、自分の育ててきたリンゴ畑で自ら命を絶ってしまった。
問題は農家の側にはない。福島の側にはない。
一人ひとりの生き方、覚悟を問いつつ、問われつつ、「福島」は続く。