The Daily izumiya

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前回、高畠町の犬の宮をブログに記載したが、昔から尻尾がある四つ足のものの呼称が畜生と聞いたような記憶がある。
しかし一概に飼い犬、飼い猫を畜生と言うには忍びない。
家族同様に接してきた愛犬や愛猫を畜生とはとても呼べないだろうし
まして人のために尽くしてくれたものにはこの呼称は申し訳ない。
では畜生とはなんぞや?

摩訶般若波羅蜜経の注釈書である『大智度論(だいちどろん)』には、
「恩を知るは大悲の本なり、善業を開く初門なり。
恩を知らざるものは畜生よりも甚だし」と説かれています。

渋谷駅で10年間、亡くなった飼い主の教授を待ち続けた
「忠犬ハチ公」とまで行かなくても
犬は3日飼えば恩を忘れないと言われるのに、
恩知らずな人は、畜生よりもお粗末だ、ということです。
(犬より劣るなどと言ってはハチ公や我が家の警察犬に失礼この上ない。)

【畜生道(畜生界)に生まれるとどんな生きざまになるかというと、
強い生き物が、弱い生き物を食べる弱肉強食の世界です。
畜生は、獣でも、鳥でも、魚でも、虫でも、
常に自分より弱い、食べ物にする生き物を探し、
自分が餓死する前に、他の生き物を食い殺さなければなりません。
頭はあまり発達していないので、
先のことはあまり考えられませんので、
本能的に欲のままに生きています。
常に「今さえ楽しければいいや」と考えて、
弱くて美味しそうな生き物をただただ追いかけ回す、
刹那的な、快楽主義の生き方をしています。】

つまるところ畜生とは 人間に例えれば
本能の欲のままに生きて嘘つきで刹那的で快楽主義。
(端的に酒と女しか興味が無いヤツか。確かに頭はあまり発達していないな)
犬より劣る畜生だが畜生より劣る人間が居るのも事実。
その人間の姿をした畜生人間に騙されているもっとバカな人間がいるのも事実。
とどのつまりは畜生界も人間界も紙一重。

落ちるか落ちないかは自分次第ということか、、、。

見る目を持たないと知らぬ間に尻尾が生えますよ。
と、いうことか。
高畠町に「犬の宮」「猫の宮」という有名なお宮があります。



「犬の宮」の由来を紐解くに
2匹の大狸と多数の荒狸が郡の役人に化けて人年貢を取り立てる。
それを知った旅の人が知恵を授けて犬で悪い狸を退治をするというお話。
そこで傷ついた犬を祀ったのが由来。

役人に化けた大狸と多数の荒狸ですか。

ふ〜〜〜〜〜ん。

何ともズキン!と来る話ではありませんか。

古来から犬は人間のお友達として慕われて、狸は人間を騙すとされています。
しかもこうした物語では人年貢(つまり人間を差し出す=狸の餌食か)を取られる
のが常でどういう訳か役人に化けるのが得意なようです。
これは役人に化けると一般人は手出しが出来ないという事からきていると思います。
つまりやりたい放題が出来るという事ですね。
「お役人様ご勘弁を!!」のあのシーンそのものですね。

「お役人様ご勘弁を」と土下座。
「え〜〜い黙れ黙れ!平民どもめ!」と足蹴にする。

人年貢=たぶんTVでよく見る悪代官の如く若い女子を出させたんだろうな。
酒宴に招かれてというところを見ると、役人に化けた
大狸や荒狸は常々酒池肉林の様相だったようですね。
「あ〜〜れ〜〜、お許しを〜〜」
「黙れ!黙れ!俺は役人だぞ!言う事を聞け!」

村人を騙してタダ酒を飲んでいたんだろうな。
毎回毎回タダ酒飲みと女が常態化していたんですか。ふ〜〜ん。
酒宴と人年貢(女)が大好きと公言していたからでしょうね。

そこで旅の座頭(おそらく高名な僧侶)が犬の力を借りて
退治するという事になった訳です。
確かに鬼退治の桃太郎の家来も犬ですね。

さて、この話では犬が大狸と荒狸を退治したわけだが
大狸が役人に化けている事に気が付いたのは
旅の座頭となっている。
これって実は民衆の事ではないかと推察するのです。

民衆がいつまでも役人に化けた悪狸に
酒と女性を人身御供に出していては村が食い物になる。
これは放っておけないと気付いて奮起した。
でも大狸の仕返しが怖いので犬を使ったという事にしたのかなと。

物語として、戒めとして、警告として、こうした物語が生まれたのかなとも
思います。多くの昔話はこうした経緯で出来ています。
つまり風土的にこうした事になりやすいから気を付けよ!という
古来からの忠告でないでしょうか。

このあたりがいかにもこの地方の人たちの奥ゆかしさではないでしょうかね。



我が家でも飼っていたシェパードが長年警察犬の嘱託を受けていましたが
犬は化けないし騙しもしない。
素性正しきワンちゃんは凄い数のトロフィーと表彰を受けました。
*人命救助と捜査協力で実績を上げた優秀なワンちゃんでした。
犬の世界では血統が大切でインチキな経歴や
作り話などは相手にされません。管理された犬舎や信用のあるブリーダーから譲ってもらいます。
したがって犬種の登録(血統の管理)にはきちんとした血統書の提出が求められます。
これは警察犬だけでなく、昔飼っていた猟犬でもそうでした。
きちんとした公的な証明書が付いてきます。

さて改めてじっくりと「犬の宮」の由来を読むと、、、。
役人に化けた大狸と荒狸か、、、、本当に化けたのか?

ひょっとして実話?  

秋の夜長にご想像はご自由に。













いよいよシーズンですね。

お待たせいよいよ牡蠣のシーズンです。


これ、実は岩牡蠣だそうです。
このくらいデカイとお味はどの様なのかと食レポしますと、、、。

「絶品!!」
「あの牡蠣の味というよりもマッタリとした食感に磯の香」
「よく言われるミルクという牛乳の味はしないが濃厚な食感」

これで¥350(税別)

私的には岩ガキは苦手で月の英語表記でシモにerの付く月しか
食べちゃだめよ!と言われ10月までじっと我慢の子で1年を待ちます。
しかし10月に解禁でもこの辺の牡蠣は小さくて。
でも美味しいと思って食べていました。今までは、、、、、。

でもこの牡蠣は・・・旨すぎます。

米沢市のすこやかセンター敷地に巨大な像が出来たとの事で見学してきました。

「うわっ!?」
「でかっ!」
「リンカーン?」
この銅像は米沢で生まれた「平田東助」氏の像です。

平田東助氏は米沢で生まれ明治政府官僚として法律制定に活躍し
産業組合などを育成し農業組合の楚を築かれた人物です。
元々は東京・九段下に設置されていたものを今年に故郷の米沢市に移設されました。
台座は築地本願寺などを設計した米沢出身の伊東忠太氏の設計です。
米沢市はこうした高名な方の繋がりが多いと感じます。
偉人の輩出が多い米沢市に今後を期待したいと思います。

こちらが本場アメリカのリンカーン像

ひょっとすると米沢市の「平田東助」銅像の方が大きいのかもしれません。
全国津々浦々にある農協組織(JA)これの基を創られた方が
米沢出身とは凄いです!


10月1日に消費税が8%から10%に2%上がるのでそのに伴い
レジも設定変更の作業が必要となります。
サービスが完了してからの清算ですので午前0時を境にという事にはならず
チェックアウト後の設定作業になります。

ホテルの場合、持ち帰りが無いので8%の設定は必要ありませんが
連動しているクレジット端末やプリンターを含め万が一のトラブルに対応すべく
試運転を行いました。


外税では無いのですが今回の2%値上げ分は吸収せざるえません。

2%ですが年間を考えると恐ろしい金額になります。

消費税対応レジが購入できないので廃業する商店も出ていると
ニュースでやっていましたが確かにレジは高額商品でもありますし、
設定が難しいですね。

消費税が上がって会計処理対応にお金掛かるから廃業とは本末転倒とも思います。

面倒くさい持ち帰り8%の影響で廃業ってどうなってんの?
とあるニュースではレジの買い替えに数百万?設定に数十万?
多分これって異常なぼったくりですね。
人の弱みに付け込んで非常識な値段設定ですね。
レジも単純なヤツならホームセンターで数万円で売っている時代ですよ。
ホテルのレジはプリンターだのクレジット機能だのデポジットだの
複雑な機能が必要なためそう簡単には行きませんが以前交換時に対応機種に替えたおかげですんなりと対応できました。

しかし宿泊料金を値上げする事は出来ませんね。
と、言う訳で料金変わらずですので
10月からも変わらぬご利用をお待ちしています。






宮城県女川のさんま祭りに行ってきました。
震災で壊滅的な被害を受けてから8年。
まだまだ復興途中です。
昨年も女川には立ち寄りましたが
今年はさんま祭りに行ってきました。



もの凄い人数が並んでいました。*顔を消すのが面倒なので行列シーンはカット。
行列の待ち時間は1時間以上。最大で2時間。何せ観光バスが山形からも来ていました。皆さんさんまを食べて、海産物から果物、野菜、ここの商店に立ち寄って
あらゆるものを買っていかれます。すごい購買力と経済効果です。

女川駅前にハマテラスという商店街が形成され駅から商店街の中心道路の先に港が見えます。

この駅の場所も実際は海面より高い位置にありますが震災時は津波で入り江すべてが流されました。全く新しい街に変わりつつあります。
ここでことしも「女川さんま祭り」が開催されました。

ビックリ!

このようにしてさんまを焼いています。*遙か、かなたまで続きます。

今年は不良で小ぶりの冷凍でしたが例年は大きくて物凄く美味しいさんまが振舞われます。*料金は個人のお気持ちです。


この女川のハマテラスはダンボールで作った有名な「ダンボルギーニ」も展示されており花屋さんから石鹸屋さんカフェ、魚屋さん、海鮮食堂と揃っています。

女川駅には温泉施設もあります。隣には綺麗な町役場が建っています。

街が新しくなるとこのようにインフラも綺麗に整備され、歩道にこうした綺麗な汚水マンホールの蓋があると目立ちます。したがってゴミを捨てる人も無く自然に綺麗になります。禁煙地区では無いのですが路上喫煙する人は目にしません。


是非観光に立ち寄って下さい! 





防音シートで西側が囲われました。



さて、9月も終わり、「秋深し隣は何をするひとぞ」
防音シートの向こう側は?







いつの間にかこの様な線路に沿った長い広場が出来ていました。

世の中いろいろと変わるものです。

長井駅が出来る前はここは何だったんでしょう?
確か一面の田んぼ。そういえば現在の建物に立て替えするときに畔の杭やら稲の痕が地層から出てきたのを見た覚えがあります。
長井線の開通が大正時代だから、当時田んぼのど真ん中に線路を引いた事になります。
駅が出来て駅前道路が出来て。そういえば私が子供の頃、この駅前道路は小学校までしかなかった記憶があります。小学校に通っていた頃にバイパス工事をしていたような覚えがあります。

では、家業である宿屋の和泉屋は駅が出来る以前はどこにあったのか?
実は今の粡町にあったそうです。
粡町は江戸時代以前からの街道で江戸時代には立派な宿場が形成されたそうです。

江戸時代のガイドブック「東講商人鑑」にいろいろな商店が記載されています。
現代の「るるぶ」といったところでしょうか。


いまも商売をされているお店が多々あります。これって凄いことですね。

*山形県は100年以上続く企業が全国的にも断トツに多くあります。

ここに先祖代々引き継がれた宿屋の屋号「和泉屋」が載っています。

元々の屋号は和泉屋元助。先祖代々 元助を引き継いで名乗ってきました。
私も元助を襲名と思った時期もありましたが、、、、。

この江戸時代のガイドブックが作成されたのが安政2年(1855年)です。
約164年前ですね。

ガイドブックに掲載以前から宿屋をやっていたわけだから
今のところの確定年数では165年。多分もっと長い年月だろうな。

信用は口先だけでは得られません。ご先祖様に感謝ですね。

10月ですので衣替えの季節でもあります。
宿屋もいろいろと季節の変わり目はやることが増えます。

*色々調べたら1821年頃の創業と昔の山形新聞に載っていました。
つまり198年前です。
 ふ〜〜〜ん 198年かあ〜〜。私今年62歳だから足すことの136年。

んんん?意外と最近じゃん。と思えるお年頃になりました。
















お盆ですが平日火曜日です。
さて、今日も沢山の方が長井駅を見に来られています。


で、発見!

大正時代の金庫です。
この金庫、実は壁の中に閉じ込められていた物で
ギャラリーに改装した際にあまりの重さに移動できなくなり
そのままの位置に置かれてその上から壁を作られ
存在を忘れられていました。
今回の解体で壁を壊したら出てきたという代物。
新しい駅舎にモニュメントとして展示して頂きたいものです。

扉の厚さが当時の現金主義を物語る。









大正、昭和、平成、令和と駅前通りを見てきた
長井駅の駅舎もこれで見納めです。


本日の長井駅
*立入禁止に付き、撮影にはご注意下さい。

内部も剥がされてこんな感じです。
休み明けには解体されます。

傾斜を表現する写真 海編


30度のヒール(傾き)ですがこれが通常航行です。
こんな傾きでもお湯を沸かしてカップヌードルを食べたりする訳で
航行中は船酔いはしないのですが
帰って来てから風呂に入っている時に船酔いが起きるという
不思議な現象もあります。

傾斜を表現する写真



週末は連絡が取れません。あしからず。
市役所と長井駅の合築新庁舎建設に伴い現在の長井駅が取り壊されます。



それぞれに想い出がおありでしょう。
伝言板に書いた想い出はありませんか?

まもなく解体です。  さよならを是非どうぞ。
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