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品川駅の構内に、むかしの日本食堂の名残を残すレストランがある。
日本食堂の名残というのは、どこか官営の感じがすると同時に、店のコンセプトがよく分からない、雑多な雰囲気が漂っているのだ。けれどある意味、それは居やすい場所で、ダルな自分を投げ出しておける場所でもある。

土曜日に出社して仕事をしようと思った日、朝の8時頃、そのレストランでサンドイッチと紅茶の朝食をとっていたことがあった。

わたしは100円硬貨1枚で買えるサンケイ新聞を読みながら、味ばかりが濃い紅茶をのんでいた。横の席ではわたしと同年輩の夫婦が、モーニングセットを食べながら、娘婿の性格について堂々巡りの議論をしていた。そして、その向こうの席では体格の良い老人が、一人で雑誌を読みながら朝食をとっていた。勤め人が、忙しく食べ物をのみこんでいる週日とはちがった、どこかゆるんだ空気が漂っていた。

「うるさい。うるさーい。うるさーいー。」
突然の怒声による爆撃に驚いて、声がした方を見ると、立ち上がった体格の良い老人が、丸めた雑誌を振りまわしながら怒鳴っていた。歪んだ顔が青ざめている。
訳が分からず、驚くと同時にすこしのあいだ、周りは皆ぽかんとしていた。ややあって、一番間近にいてモーニングセットを食べている夫婦が、爆撃目標は自分たちなのかと、夫婦でアイコンタクトを交わしては、老人を盗み見している。

立ったまま老人は興奮で手を震わせていたが、
「うるさいんだ、うるさいんだよ。朝から英語なんか聞きたくないんだよ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ黄色い声で、何様のつもりではしゃいでるんだ。30分我慢したが、もう嫌なんだいやだ、うるさーい。」とまた怒鳴りあげた。

英語?ぺちゃくちゃ黄色い声? それは自分でもないし隣でもない。そういえば振り返って見もしなかったが、後ろの方から時々陽気な英語の笑い声が聞こえていた。爆撃目標はそこなのだろうかと、いぶかしみながら振り返ってみた。

そこは立っている老人の後方7メートルほどの席で、周りに牽引式の旅行バッグをたくさん並べて、白人の女性が5人一塊になって談笑していた。週末のターミナル駅にふさわしいその風景にも、そこから聞こえてくる話し声にも、怒声による爆撃を浴びせなければならないほどのことはなにもなかった。

老人は爆撃目標たる後方には顔を向けず、余勢でまだその場に立っていた。わたしも周りの人たちも、零戦の第3次爆撃発進を見守って、1分が過ぎた。

2分、3分過ぎても轟音はなく、しだいに時間は間の抜けたものに変わった。
日常生活のざわめきが戻って、周りの人々の動作がそれぞれのものに戻ると、まだ起立している老人は、もう来歴も忘れられたまま小学校の校庭にいる、二宮金次郎のようなのであった。

わたしも速やかに日常に復帰して朝食を終えた。
立ち去り際に振り返ってみると、青ざめた攘夷のこころは、まだそこにしょんぼり立っていた。

2007.02.27:higetono:count(1,327):[メモ/やれやれ]
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