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わたしの頭は、散髪に市場価格を支払う価値をとうに失ってしまった。

それは、今を去る2年ほど前まで、散髪屋に行くたびに、身にしみて分からせられたことだった。

散髪屋の店員は、マニュアルにそって質問をする。

「どのような感じに整髪いたしましょうか」

こう言われる度に、頭髪の不自由なわたしは困惑した。
その不自由を超えて要望する資格が、わたしにはないのだから。
わたしは分をわきまえて、「スッキリ刈ってください」などと答えていた。
しかし、ひと月ごとに、何度か同じやり取りを繰り返しているうちに、ある日、抑圧されていたわたしの不自由がレジスタンスをしてみたのであった。

「どのような感じに整髪いたしましょうか」
「カッコよくしてください」とわたしは答えてみた。
鏡の中の散髪屋の若い男子店員の顔を見ていると、笑っている表情がしだいに硬くなって行く。
難題をふっかけられたように思っているのだろう、と推測しながらともかくお店の提案を待ってみる。

「浦和レッズの小野みたいな、ほとんどスキンヘッドみたいな短髪も好いと思いますし、鋏仕上げの短めなところと、長めなところのバランスをとった、短髪もお似合いかと思いますが。お客様、頭の形が良いので」

頭骨の形を誉めてはもらったが、なにしろ無を有に変えるわけにはいかないのだし、結局わたしは、この髪なき時の乏しさに耐えて行くほかないのである。いたわられている自覚の悲哀を突き放すと、やっぱりわたしは不自由である。

「まあ、時間ももったいないことだし、バリカンでササットやってください。」
「それから、2度も3度も頭を洗うけど、あれは1度で好いですから。この頭はそんなに手がかかるものじゃないので」
「ええと、もう1つ。頬、顎、鼻の下の髭剃りは深剃りしないでください。すぐに眠ってしまうかもしれないけど、どうぞよろしく」
普通は注文の多いほど手が掛かり、時間も長く掛かるのだが、わたしの場合、これだけ注文をつければ仕上がりはとても早い。
目をつむり、不感無覚の境地に行って、後はマッサージが終わるまで全ては他人事である。

しかし、そういうやりとりをしていたのも、もう2年前までのことになる。
現在は、奥方が電動バリカンでわたしの整髪をやっている。
奥方はバリカン使いに慣れるにしたがって、わたしの頭の整髪で自分なりの遊びを入れるようになった。整髪に何分かかるか、毎回、時間の短縮競技をしているのである。ついこの間の整髪は、なんと7分そこそこだった。

終わりの合図に奥方は後頭部をピシャンと叩いて、「ほい、マルガリータ1丁あがり」と笑う。
とほほ、わたしの頭がテキーラベースのカクテルなら、塩はどの辺りに塗ればいい。

2007.10.25:higetono:count(1,535):[メモ/やれやれ]
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