お盆の十三日。
朝から檀家さんの宅をまわって、棚経をあげさせていただいている。
予定したような時間になかなかまわっていけないのは、「お茶飲んでぎゃい」と言っていただくと「はいはい、では」とついお茶に呼ばれて四方山話をしてしまうからだ。
だんだん後半になると時間が押し詰まってしまい、最後のお宅を辞したのは夜9時になってしまった。
移動の途中、穂が出始めた田んぼの中を見るとサギが田んぼのあちらこちらで、ツンと立っている。
そちらの方へ近づいてゆくと、気配を感じてか飛んで行ったり、身を潜めたりしているのがなんだかおかしい。
蒸し暑い一日で、夕方には雲が空に掛かり、お墓参りの時間に雨が降らないかと心配になったものの、とうとう降らなかった。
日中の暑いさなか、杉木立の中に車を停めてその中を歩いてお宅に向かうと、涼しい風を感じた。
そうしてみると、田沢はきっと市街地より1~2℃は涼しいに違いないんだろうなぁ。
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十二日
きんな(12日)の朝の収穫。
シシトウは味噌で炒めて、さっそく朝ごはんで食べた。
でっかくなった(なりすぎた)オクラも採りたてなのでうんまい。
さて、お盆。
お参りに来る方もあり、お掃除をしつつ中断しながら、応対する。
翌13日からは、檀家さんのお宅にうかがってご供養をさせていただく。
昨日11日は、大震災からちょうど5ヶ月目。
12日は、もう何年だろう…日航機御巣鷹山墜落で多くの方々が犠牲になった日。
15日は終戦の日。
今年は、とりわけいろんな想いを抱いてお盆を迎えることになる。
近所の方が「お盆だがら(花を)供えてけろ」と玄関に置いていってくれた。
無造作に置いて行ったのだけれど、なんだかいい感じで、このままでいいみたいだなぁ。
お供え物を上げ、提灯などを出し夕方には準備を(とりあえず)終えた。
昼には畳や廊下でゴロゴロして寝ていたねごたちは、夕方風が涼しくなると外に出ている。
ねごはほんとに居心地のいい場所を見つけるもんだ。
今日の天気予報も暑くなりそうだ。
帰省中の方も、途中の方もお気をつけて。
シシトウは味噌で炒めて、さっそく朝ごはんで食べた。
でっかくなった(なりすぎた)オクラも採りたてなのでうんまい。
さて、お盆。
お参りに来る方もあり、お掃除をしつつ中断しながら、応対する。
翌13日からは、檀家さんのお宅にうかがってご供養をさせていただく。
昨日11日は、大震災からちょうど5ヶ月目。
12日は、もう何年だろう…日航機御巣鷹山墜落で多くの方々が犠牲になった日。
15日は終戦の日。
今年は、とりわけいろんな想いを抱いてお盆を迎えることになる。
近所の方が「お盆だがら(花を)供えてけろ」と玄関に置いていってくれた。
無造作に置いて行ったのだけれど、なんだかいい感じで、このままでいいみたいだなぁ。
お供え物を上げ、提灯などを出し夕方には準備を(とりあえず)終えた。
昼には畳や廊下でゴロゴロして寝ていたねごたちは、夕方風が涼しくなると外に出ている。
ねごはほんとに居心地のいい場所を見つけるもんだ。
今日の天気予報も暑くなりそうだ。
帰省中の方も、途中の方もお気をつけて。
朝から暑い
朝5時半からの草むしり^^;
田沢のみなさん、ほんとに早起きです。
おいたま草木塔の会の有志で、国道121号沿い上中原の草木塔の周囲の草むしり。
前夜の夜更かしがたたり、やっと起き出して行きました。
早朝は風が涼しくていいですね。
朝のうちに一仕事をおわし、暑いお昼は体を休める、という生活パターンだったらいいんですけどね。
すっきりきれいになりました。
慌てて戻り、近所に倉庫を建てるお宅へ出向き、地鎮祭のお勤め。
施主ご本人と、「仲間とゆっくり建てるんだ」ということで、方角などの話をしたり、どういう使い方をするかという話をしたり。
倉庫なんだけど、「創庫」という表現をして、なんとなく楽しそう。
さて、お寺はもちろんお盆モードになってきてます。
帰宅してから、まだ細かいところのお掃除が残っていたり、久々おいでになる方のお相手をしたり。
日頃手が抜けていることがけっこうあり、夜までかかってしまった。
今日もかなり暑くなりそうです。
皆さま、お出かけは気をつけてくださいませ。
田沢のみなさん、ほんとに早起きです。
おいたま草木塔の会の有志で、国道121号沿い上中原の草木塔の周囲の草むしり。
前夜の夜更かしがたたり、やっと起き出して行きました。
早朝は風が涼しくていいですね。
朝のうちに一仕事をおわし、暑いお昼は体を休める、という生活パターンだったらいいんですけどね。
すっきりきれいになりました。
慌てて戻り、近所に倉庫を建てるお宅へ出向き、地鎮祭のお勤め。
施主ご本人と、「仲間とゆっくり建てるんだ」ということで、方角などの話をしたり、どういう使い方をするかという話をしたり。
倉庫なんだけど、「創庫」という表現をして、なんとなく楽しそう。
さて、お寺はもちろんお盆モードになってきてます。
帰宅してから、まだ細かいところのお掃除が残っていたり、久々おいでになる方のお相手をしたり。
日頃手が抜けていることがけっこうあり、夜までかかってしまった。
今日もかなり暑くなりそうです。
皆さま、お出かけは気をつけてくださいませ。
28 福島県喜多方市 熱塩小学校脇の草木塔
28番目で、初めて山形県外の草木塔が登場する。
飯豊町岩倉の草木塔が建ってから約1年である。
米沢市入田沢の塩地平に1780年に建立されたものから79年経過している。
明治時代以前に県外に建立された「草木塔」と考えられる石塔は現在のところ二つだけ。
その一つが、田沢地区からも比較的近い、熱塩に建っているというのは偶然ではないように感じる。
平成4年に開通した大峠トンネルのお陰で、国道121号を通って、一年中、熱塩加納村(当時)へ車で30分もあれば余裕で行ける場所になった。
それまでは、旧大峠道路は冬季間のおよそ5~6ヶ月間通行できず、大きく遠回りしなければ行けないところだったのだ。
開通後は、いろんな意味で喜多方市を含めて交流が広がって行った。
さて、草木塔が建っている熱塩小学校のグランドのそばには、草木塔以外に観音様やお地蔵さま、湯殿山の大きな石塔、どなたかの功績をたたえている生碑も建っていて、草木塔はじつに目立たない。
しかも、訪れた日は、この観音さまのお祭りらしく幕が掛けてあった。
お地蔵さまの後ろに隠れるように、墓石型の「草木塔」が建っている。
午後少し遅かったため、逆光になり字は読みにくいが、確かに草木塔である。
以前訪れた時は、前にお地蔵さまはあったかなぁ?
それに、小学校の石の標柱が新調されているようだ。
碑面には「草木塔」と刻まれている。
左の側面には、安政6年(1859年)6月建立とある。
その他の文字は、肉眼でよくわからない。
資料によると、建立者は「木樵 甚三郎」とある。
左側には、2mをゆうに超す湯殿山の石塔、その隣に生碑、そのなかにひっそりと建っている。
しかし、当時の熱塩加納村の教育委員会によって、昭和58年に村の指定文化財になっている。
喜多方市と合併した今でも、おそらく同様の扱いになっているのではないかと思われるのだが、要確認である。
米沢市が民俗有形文化財に指定するよりだいぶ前に、その意義を認めているところがすばらしい。
それにしても、大峠道路が明治に入ってから、三島通庸県令の施策により主要道路として整備されるより前から、人の往き来、交流はあったように考えられている。幾分ルートは違うものの、昔の大峠の道筋というのを地区の古老から聞いていたこともあり、熱塩の草木塔建立の経緯には、田沢との関連があるのではないかと想像している。
飯豊町岩倉の草木塔が建ってから約1年である。
米沢市入田沢の塩地平に1780年に建立されたものから79年経過している。
明治時代以前に県外に建立された「草木塔」と考えられる石塔は現在のところ二つだけ。
その一つが、田沢地区からも比較的近い、熱塩に建っているというのは偶然ではないように感じる。
平成4年に開通した大峠トンネルのお陰で、国道121号を通って、一年中、熱塩加納村(当時)へ車で30分もあれば余裕で行ける場所になった。
それまでは、旧大峠道路は冬季間のおよそ5~6ヶ月間通行できず、大きく遠回りしなければ行けないところだったのだ。
開通後は、いろんな意味で喜多方市を含めて交流が広がって行った。
さて、草木塔が建っている熱塩小学校のグランドのそばには、草木塔以外に観音様やお地蔵さま、湯殿山の大きな石塔、どなたかの功績をたたえている生碑も建っていて、草木塔はじつに目立たない。
しかも、訪れた日は、この観音さまのお祭りらしく幕が掛けてあった。
お地蔵さまの後ろに隠れるように、墓石型の「草木塔」が建っている。
午後少し遅かったため、逆光になり字は読みにくいが、確かに草木塔である。
以前訪れた時は、前にお地蔵さまはあったかなぁ?
それに、小学校の石の標柱が新調されているようだ。
碑面には「草木塔」と刻まれている。
左の側面には、安政6年(1859年)6月建立とある。
その他の文字は、肉眼でよくわからない。
資料によると、建立者は「木樵 甚三郎」とある。
左側には、2mをゆうに超す湯殿山の石塔、その隣に生碑、そのなかにひっそりと建っている。
しかし、当時の熱塩加納村の教育委員会によって、昭和58年に村の指定文化財になっている。
喜多方市と合併した今でも、おそらく同様の扱いになっているのではないかと思われるのだが、要確認である。
米沢市が民俗有形文化財に指定するよりだいぶ前に、その意義を認めているところがすばらしい。
それにしても、大峠道路が明治に入ってから、三島通庸県令の施策により主要道路として整備されるより前から、人の往き来、交流はあったように考えられている。幾分ルートは違うものの、昔の大峠の道筋というのを地区の古老から聞いていたこともあり、熱塩の草木塔建立の経緯には、田沢との関連があるのではないかと想像している。
暑いあづい
朝からスカッ晴れの10日。
土用明けの大安、地鎮祭と屋敷神さま祭りと続きます。
土用中は、土を掘ったり動かしたりするのはよくないということで、避けます。
それで、満を持したカタチで、家を建てることになった地区の方のお宅にうかがって地鎮祭。
朝の8時なのですが、太陽はもう全開。
大汗を流しながら、法螺貝を吹いていたら、なんだかクラクラしてきそうでした。
山伏の法式(ほっしき)で行いますので、法螺を用いても差し支えないところでは吹いてます。
周囲は田んぼや畑、川が近いという自然の中なので思い切り吹かせていただきました。
さすがに街中では、ちょっと難しいですもね。
参加された皆様も、熱中症で倒れることもなく、無事に終えました。
さらに、米沢市街地のやや東のはずれに向かい、屋敷神さまのお祭りです。
10時を回って、太陽光はますます凶暴になってました。
しかし、神様の祠の脇に建つ一本の木がよ日陰を作っており、終了する頃に、ようやく直射日光が足りだしたぐらいで、これも無事に終えました。
それでも、私は少々暑いぐらいの方が体の調子がよい。
大汗流してみっともないのだけれどもね。
最近、葬儀はセレモニーホールで執り行われることが多く、夏場はガンガン冷房坊が効いている。
自分の場合、どうも冷房に弱くて、調子が悪くなってしまう。
午後の他寺院の葬儀の伴僧には、住職が行かれるので、たいへん助かった。
大汗かいた分、あるいはそれ以上に水分摂取している。
0.36リットル入るマグボトルに、氷と水や麦茶を入れて携帯している。
これは単純なんだけど、氷はけっこうな時間持っているので冷え冷えなのだ。
あんまり冷たいので、腹を壊してしまわぬよう気をつけて飲んでいる。
まだしばらく猛暑は続くようだ。
しっかり食べて乗り切らねば(^^/
土用明けの大安、地鎮祭と屋敷神さま祭りと続きます。
土用中は、土を掘ったり動かしたりするのはよくないということで、避けます。
それで、満を持したカタチで、家を建てることになった地区の方のお宅にうかがって地鎮祭。
朝の8時なのですが、太陽はもう全開。
大汗を流しながら、法螺貝を吹いていたら、なんだかクラクラしてきそうでした。
山伏の法式(ほっしき)で行いますので、法螺を用いても差し支えないところでは吹いてます。
周囲は田んぼや畑、川が近いという自然の中なので思い切り吹かせていただきました。
さすがに街中では、ちょっと難しいですもね。
参加された皆様も、熱中症で倒れることもなく、無事に終えました。
さらに、米沢市街地のやや東のはずれに向かい、屋敷神さまのお祭りです。
10時を回って、太陽光はますます凶暴になってました。
しかし、神様の祠の脇に建つ一本の木がよ日陰を作っており、終了する頃に、ようやく直射日光が足りだしたぐらいで、これも無事に終えました。
それでも、私は少々暑いぐらいの方が体の調子がよい。
大汗流してみっともないのだけれどもね。
最近、葬儀はセレモニーホールで執り行われることが多く、夏場はガンガン冷房坊が効いている。
自分の場合、どうも冷房に弱くて、調子が悪くなってしまう。
午後の他寺院の葬儀の伴僧には、住職が行かれるので、たいへん助かった。
大汗かいた分、あるいはそれ以上に水分摂取している。
0.36リットル入るマグボトルに、氷と水や麦茶を入れて携帯している。
これは単純なんだけど、氷はけっこうな時間持っているので冷え冷えなのだ。
あんまり冷たいので、腹を壊してしまわぬよう気をつけて飲んでいる。
まだしばらく猛暑は続くようだ。
しっかり食べて乗り切らねば(^^/