5月12日(月) 晴れ
気温上昇、25度を越える夏日になった。
真夏日になった地域もあるようで、これはちょっと異常気象という感じである。
午前中は、父親の眼科通院のため、車に乗せて送り迎え。
内科などは自分で行かれるのだが、瞳孔を開く目薬をして診療を受けるため、帰りの運転が危険ゆえ、送迎なのだ。
それにしても、両親が後期高齢化し、親の病院通いの送迎がだんだん増えてきた。
しかたのないことだけれど、少しづつ負担が重くなってくるのを感じる。
さて、いよいよ翌日に迫った法螺(貝)吹きの練習と打ち合わせのため伊佐沢へ。
獅子宿の古民家の中から、法螺の音が聴こえて来る。
前年まで萱屋根だった獅子宿さんは、トタン葺きとなり、屋やイメージが変わったものの、その中の雰囲気は相変わらず。
おそばとお餅が美味しいのだ。
ぶお~ ぶお~と 法螺を鳴らし
念入りに?!30分ほど打ち合わせ(^^;
明日はいよいよ白鷹町での本番。
さて、18時を過ぎて、暗くなる前に帰宅を、車のエンジンをかけようと思ったらバッテリーが・・・。
幸い、ブースターケーブルを持っていたので、チャージしてもらって無事帰宅。
これで、厄祓いということでまた明日。。。
5月13日(火) 曇り 朝方小雨 のち晴れ
7時に長井の白つつじ公園駐車場にて待ち合わせ。
15分遅刻し、Sさんの車に乗せてもらい、いざ白鷹町へ。
白鷹町中村にある白鷹スキー場へ、8時まで行くことになっている。
ここは初めて。
そこから、関係者の皆さんとマイクロバスに乗って、白鷹山の頂上にある虚空蔵さんに行くのだ。
じつは、この日、13日は虚空蔵さまの山開き。
それに合わせて、鷹山公の「伝国の辞」の石碑が山頂に建てられ、その除幕式が行われる。
セレモニーで法螺貝を吹く、という、じつはとてもたいへんなことを引き受けてしまったのだ。
白鷹山は昔から信仰の場であり、白鷹町・南陽市・山辺町の三方からの登山道がある場所でもある。
昨年、私どもの宗派の会合が白鷹町の滝野のお寺であった折に、ご住職より白鷹山の虚空蔵さんのことをお聴きして、是非登りたいと願っていたのだ。
まさか、こんな形でこんなに早く実現するとは思いもよらなかった。
なので、Sさんからお話が来て、引き受けたのだ。
そうでなければ、あまりにも無茶で、断っていただろうと思う。
さて、主催者の方々とバスに乗せていただき、登山道入り口を過ぎ、気象観測レーダー管理用の道路を走って尾根近くまで登ってしまった。
なので、後は尾根のアップダウンがいくらかり、最後の坂がきついぐらいのらくな登山になった。
下から登ってきた方には、ゴメンナサイなのだ。
下からは1時間から1時間半ぐらいとのこと。
いくら楽な登山とは言え、標高千メートル近く。
周囲は霧か雲か、幻想的な雰囲気で、気温も低い。
境内の桜の木にはちょうど見ごろの桜が咲いていた。
式典の関係者や、来賓の方々、登山の人々、参拝の方々、報道関係者などがいっぱいである。
お堂は、私が想像していたっよりもはるかに大きくて立派である。
大荒沢のお堂のちょうど2倍ほどの大きさ。
よくぞこの地に建立したものだ。
そして、知っている人に何人にもお会いした。
石塔を作った山辺町作谷沢の石の浄朝さんとは、草木塔のご縁で、まさかここで会うとは・・・、山辺町と繋がっているのだから、むしろ私がここにいるのが不思議なのだ。
本堂向かって左脇の境内地に石碑は建てられていた。
開式 ⇒ 除幕 ⇒ 修跋 ⇒ 挨拶 ⇒ 祝辞 ⇒ 経過報告 ⇒ 閉会
という小一時間の式典。
参列者約100人超。
開式と閉式は、「笙」の音。
幕を引く時に、法螺貝とのこと。
修跋以外は、宗教色をなくしたのか私も含めて、鳴り物をする人は皆 普通の登山する服装。
幽玄な雰囲気の中で式が進む。
さすがに山中での法螺の音の大きさは圧倒的です。
これ、抑えめに吹くことはできませんので、ゴメンナサイなのでした。
信仰の山である白鷹山(虚空蔵山とも言うらしい)は、修験や神社や仏教寺院やら、それぞれ混在していたに違いない。
地理的に、出羽三山からの信仰の道にも繋がっている。
それなりにいろんな関わりや、因縁があるに違いない。
ともあれ、こうして、昨年願っていたことが思わぬ形で、一つ叶ってしまった。
せっかくのご縁なので、ここと田沢の草木塔や信仰などとの関わりについて調べてゆこうと思っている。
まずは、この日を建立することを発願し、実現の運びとなり、立派に除幕式を為されたことに敬意を表します。
虚空蔵さまの別当を大蔵寺様にも、いきなり現れて失礼をいたしました。
今後ともよろしくお願いいたします。
下山し、スキー場の上にある虚空蔵さまの石塔の前では、講中らしい女性の方10人ほどでご詠歌でしょうか、静かに祈りを捧げていらっしゃいました。
下界は既に晴れ、白川の脇から西の山を眺めて、さっきまで山の中で起きていたことがまるで夢のように思えるのでした。
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