孤立する三十代
NHKクローズアップ現代取材班:編著 (文春文庫 2013年6月10日発行)
もうずいぶん以前のことになる、NHKテレビドラマの中の台詞を記憶している。
時代は戦後あたりの関西が舞台の物語で、商いをしている中年の女性が田舎から出てきて、何かと困っている若い物語のヒロインに向って言うのである。
「あのな、おねえちゃん、自分が困っていたり病気するようなことがあったらな、『困ってます、痛いです、苦しいです・・・』って、皆に遠慮しないで言ってまわるんやで。そしたら、必ず誰か助けてくれはるから」
このセリフが、この本を読んでいるうちに甦って来た。
ドラマを見ているときも、なるほどなぁ、自分の体裁とか気にしてたら助かるものも助からないよなぁ、そんなことを思ったものだ。
さて、この本は、NHKクローズアップ現代で、2009年春に、39歳の男性が住宅で孤独死しているのが見つかり、その傍らにたった一言「たすけて」という文字をつづった便せんが残されていた事件をきっかけとして、この事例とこの時期に起きていた生活困窮者に関わる今の特徴的な問題を掘り下げ、番組としてとりあげたものをまとめたものだ。
孤独死した男性は、職を失った状態で、住居はあるものの、お金と食糧が尽きて、一人餓死してしまった。なのに、彼はそういった状況について身近な友人や親せきなどに話したり助けを求めるということもなしなかった。
取材の中で、人間的には対人関係は問題が無く、むしろ同級生などとも親しく付き合いのある人だったという。そして、亡くなる前にも、苦しい状況を話して助けを求めることができる状況は間違いなくあったであろうという。
ではなぜ、「たすけて」と便せんに書き遺すほど苦しみながら、助けを求めることが無かったのか。
この番組の取材班が取材を進めるうちに、ある一定の年代に特徴的な共通の傾向を見い出す。
2008年に起きている、いわゆるリーマンショックによる、日本でも景気が悪化し、完全失業率も増大。そして、当時30代後半ぐらいからの非正規労働者(派遣社員、フリーターなど)の多い年代層が失職し、それとともに住居も失い、ホームレスが増えていた。
現在で言えば、30代前半から40代前半ぐらいまでの、就職氷河期と言われた時代に社会に出た年代のホームレスが増えている。彼らの、その特徴として、困っているのだけれど、それを知られないようにする、そして孤独化し、家族や親しい人に頼るということをしないという実態。
ホームレスらしくない小ざっぱりした格好をすることに努め、できるだけ人に困っているということを見せずに、それでも何とか仕事を見つけようとする。
かつては、都会に出れば、選びさえしなければ何かしら、日雇労働でもなんでもあるとしていたものだが、現在は(とくにその事件当時は)ホントに仕事が無かったのだ。
私ならどうするだろう。
とりあえず、帰る家があり、家族がいて、友人もいるならば、なんとかなるまで頼るということをしないだろうか。
逡巡するには違いない。
30代から40ぐらいにもなって、親に頼るのもどうかと、やはり思うであろうが・・・。
団塊ジュニアとも呼ばれる30代。
この年代の教育が影響してはいないだろうか、という点にも言及している。
自己責任ということ、個性の重視ということ。
職を失い、住むところもなくしてしまったのは、自分のせいなんだという思う傾向が強いという。ある意味ではそうかもしれないが、自分ではどうにもできないこともあるってことを感じることも必要なのではないかと私などは思う。
ホームレス支援のNPOの存在がある。
この事件の舞台、福岡県北九州市でその活動を地道に行っている人と、その人を通した支援活動に付いても取材している。
積極的に支援を受けようとする人が少ないながら、彼らを頼って、行政の支援を受けながら苦境を乗り切ろうとする人もいるという。
冒頭のドラマの台詞に戻る。
助けを求めて、手を差し伸べてくれる人が、必ずしも善人とは限らないかもしれないのだが、声を上げて、とりあえずなりふりかまわず生きる手段を得るということは必要なのではなかろうかと思った。
「いやぁ、今たいへんでよぉ、助けでけんにが」って人に言って頼るのって、やっぱり勇気がいるに違いない。
けれど、頼る勇気を持つこと、なにがしかの支援をするという思いを持つこと、現代の社会には必要なのかもしれぬ。
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