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6月6日、ぞろ目。
何の日?とかあるんだろうか…と、ネットで調べてみる。
「楽器の日」「邦楽の日」「生け花の日」
いずれも、芸事は6歳の6月6日から始めると上達する、という言い伝えから来たものらしい。
その故事はよくわからぬが、そうらしい。

その他にも「梅の日」「ロールケーキの日」「飲み水の日」「ワイパーの日」「補聴器の日」…いっぱいありますね(^^;

周囲にせっかく花が咲いてるから「生け花の日」と覚えておこうかな。


これはアヤメでしょうか。
隣とわが家の境目にある池端に、毎年ちゃんと他の草の中からいつの間にか頭を出して花を見せてくれる。

なにも手をかけてないのに(ないから?!)たくましい。


6日、早朝から地域のお宅を訪ねて「湯殿山」と「水神」と刻んだ石塔の前でお祭りをさせていただいた。

享和2年というのは西暦で1802年。
このあたりには湯殿山参りは盛んに行われていたと思われ、各集落のどこかには「湯殿山」と刻まれた石塔が建っている。

講が組織されており、そうしてお参りがなされてきたものだろう。

湯殿山参りの講中がいつ頃まであったものなのかははっきりしないが、私の父によると、父が小学生の頃まで代表参拝(代参)する人が出発前日にお寺に集まり、身を清めご精進を開始して、それから出かけたそうだ。

おおよそ、戦前まで続いていたのではないかと想像できる。

参拝は信仰であり、なおかつ観光でもあったことだろう。
現代のようにだれもが車を持っていて、気軽に個人で行くことが難しい時代、そういった参拝&観光を、お互いにお金を出し合って代わる代わる行きおおかた皆が行くまで繰り返す。

先日の、ゆーキャンパスステーションでの出羽三山信仰のお話しを聞いた時に、その講のサイクルは約20年。
これで、一世代行き渡り、また次のサイクルに入る、というお話だった。
なかなか上手い運営をしていたものだ。

しかしながら、戦後以降の急速な経済成長や、集団から個の意識への変化で、習慣や娯楽や信仰なども大きく変化してきたことだろう。



さて、娘たちが育っていくこれからの20年はどう変わって行くのだろうね。
20年なら、自分も見届けることができるかもしれない。

右肩上がりの経済成長はバブルがはじけた二十数年前。
そして、一昨年の大震災で、原子力が安全でないことを改めて思い知らされ、エネルギーと地球の環境と私たちの生活を見直さざるを得なくなった。

過ぎてみると20年。
いったいどこがどう変わったのかよくわからない。

約200年以上前に刻まれ建てられた石塔の前で、いろんなことを考えてしまった。

2013.06.07:dentakuji:[なあまず日記]

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