稲刈りも一休み、なかなかはかどらない様子である。
そんな金曜日、昼前に車で山形市へ向った。
時折ワイパーを動かしながらウインドーについた雨を除けるというような小雨。
国道13号の新しくできた岩部山トンネルを抜けたら、曇天ではあるものの、明るく、雨は落ちていない。
上山市から山形市へ入ってもそんな感じ。
置賜方面を見ると雲がどんよりしているのが判る。
山形大学の医学部で慰霊祭に出席するためである。
私の叔母が、平成21年9月に亡くなり、かねてより献体を希望していたため、その希望に沿って山形大学に預けられていた。

今年の春以降に、学生の解剖実習のために役立てられたらしく、慰霊祭のご案内をいただき、横浜に住む孫夫婦と共に参列してきたのである。
医学部の体育館において、医学部の教職員と学生、多くの来賓、今年学生の実習に役立ち文部科学大臣から感謝状をいただく遺族の方々、おそらく過去に遡ってご案内されていることだろうと思われ、その奥のご遺族の方々、それに献体登録をなさっている方々など、相当多くの参列者で体育館はいっぱいであった。
予想通り宗教色はまったくなく、感謝状伝達式の後、式辞と挨拶、お礼の言葉等があって、最後に参列者全員が白い菊の花を檀前に献花をして終了した。
檀の上には、「献身無窮」という文字が書かれた板が掲げられている。
どういう意味なのであろうか。
献身はまさに身を捧げるという意味、無窮とは終わりなき、とか永遠ということのようなので、献身(的な心は)は永遠である、というようなことになるのであろうか。
遺骨を受け取り、夕刻にお寺に帰着してご供養のお経を読誦し、陽が落ちる寸前に墓地に行き納骨を終えた。
終えた頃には、周囲は夕闇に包まれていた。
伯母はお墓で、娘の遺骨と一緒になった。
なんだかむやみに切なくて、涙が流れる。
いとこが49歳で亡くなってから約10年、伯母が亡くなってからも丸3年もたっているのになぜなんだろう…。
慰霊祭ではそういった感情はまったく出てこなかったのに。
慰霊祭とご供養というものは全く違うものだ。
若い孫夫婦に供養をしてもらい、社会的には感謝をされて、その死を慰められたのだから、伯母の願いどおりになった、そう納得するべきなのだろう。
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