九里徳泰・林 美砂 :著 (山と渓谷社 1995年11月)
このところ憧れの国でもあるブータン。
先月、若き国王が新婚の王妃を伴って日本を訪れ、大震災被災地を訪問したり、国会で流暢な英語でスピーチした姿が記憶に新しい。
ブータンは長い年月の間、鎖国状態のまま神秘のベールに包まれた国でもある。
ようやく1970年代半ばごろから海外からの旅行者を受け入れ始め、今はブータン旅行のツアーで行くことができる。
そういえば、私が学生の頃、同級生のお姉さんが休暇の旅に海外に出掛ける人で、1980年代に入って間もない頃、あちこちに行き尽くしてとうとうブータンへ行ってきたと、買ってきたブータンの竹細工のお弁当を見せてもらい土産話を聴いたものだった。
その長い鎖国政策ゆえ、彼の地はどこかにあるという「シャングリラ」こそブータンではないかという思いというか幻想に近いものを抱く人は少なくないと思う。私もその一人である。
自然に恵まれ気候は穏やか、人は素朴で優しさに満ち溢れ心やさしく、諍いなどありえない場所。
まさか、そんなところはあるまいなどと心の片隅で思いながらも夢見てしまうのだ。
さて、著者の九里と林は夫婦である。
世界のあちらこちら(特に辺境)を自転車で走っている九里、旅行者のツアーコンダクターとして世界中を旅している林は、ネパールで偶然出合った一人のブータンに住んでいるという人物との出会いから、憧れの国ブータンを自転車でツーリングするという願ってもない機会を得ることができたのである。
そうして、ヒマラヤの秘境約600kmをマウンテンバイクで走りきり、その旅を二人がそれぞれの視点で書き記しているのである。
最高標高4000mオーバーから700m代という想像もできない山岳道路を、滞在期間30日間の限られた中で走るという過酷なツーリングだ。
片や自転車ツーリングの達人で、林の方はそれほど慣れてはいないということもあり、そういう視点での旅の面白さも感じることができる。
宿の交渉など、疲れきっているはずの妻の方が、すっすっとしてしまうというようなところを夫が感心して見ているという場面も出てくる。
そうしてみると、九里一人のツーリングとはまた一味違った旅行記になっているに違いない。
ブータンを西から東へ自転車で横断し、帰りは往路でサポートしてくれた車に乗って引き返す。
その途中で、大きな出来事が起こってしまうのだけれど、そのことによって、ブータンという異国の姿を知ることになる。
厳しい自然、けして清潔とは言えない街や宿、危険極まりない道路…などなど、けして夢の理想郷ではないことは、この旅行記からうかがい知ることができる。
しかし、彼ら夫婦は、また訪れたい国の一つになったと最後に記している。
それはなぜなんだろう。
国民が幸福と感じる度合いが高い国、という評価は、それじたいをどう受け止めるかは外側から見ているだけではなかなか理解は難しいのかもしれない。
ただし、欧米型の社会に憧れ、経済の発展を優先させてきた時代(社会)に育ってきた自分にとって、失くしてしまった(或いは忘れていた)ことがあるのではないかと感じるのだ。
*刊行時に購入し、再々読したものです
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