好き嫌いということは、自分に全くないわけではないが、食べ物に関して言えば、嫌いなものというのはほとんど思い当たらない。
ゆっくり思い出してみると、小学校の給食のスープに入っていた半煮えのネギを食べるとき、息を止めて呑みこんでいたなぁとか、やはり給食の脱脂粉乳のミルクを飲むのが決心が必要だったなぁとかはある。
それでも、ネギが嫌いなわけではなく、あくまでその半煮えがいやだっただけで、他の食べ方ならなんでもない。
脱脂粉乳も、家で近くの酪農家からとても新鮮な牛乳が手に入って飲めていたから、そのせいでとても辛かったのだと思うのだ。
しかし、子どもの頃から成長の過程や大人になっても、食べ物の好き嫌いがある人はいっぱいいる。
好き嫌いって、いつできてしまうんだろうと、不思議に思っていた。
ピーマン・人参・きのこ・チーズ・牛乳・トマトジュース・ウド・・・その他もろもろ、「エーッ!なんでこれが食べられないの?!」という食べ物が嫌いな人がいるのだ。
もちろん、アレルギーで食べられないっていうのは、それはしょうがないんでしょうね。本人だってそのわけがわからないんだろうからね。
わが家は、貧乏だったってこともあるんだけれど、基本家族全員、食べ物の好き嫌いやアレルギーなどはあまりない。
ゆえに、貧しいながらも、頂き物が多いこともあり食卓につくことは幸せだったのである。
ただし、祖父が肉食と卵を食さない人だったため、それに合わせて私たちも家庭でそれらを食すことは小学6年までなかった。学校給食ではなんでも食べていた。
小学6年生の時、祖父がなくなって、父親が「なんでも食べるようにしよう」ということを言って、家庭でも肉と卵を食すことになった。
1960年代以降の時代としては、特異な食生活をしていたといえるのではないだろうか。
さて、『今日もごちそうさまでした』は作家の角田光代さんのエッセイ(アスペクト 2011年9月)。
「朝7時、昼12時、夜7時。失恋しても 病気になっても ご飯の時間に きっちり ごはんを 食べてきた。」と後書きで書いている。
そのとおり、決まった時間に食事を食べて、お昼にしっかり仕事をして、夜はちゃんと休むという、じつに真っ当な生活時間?!を送っている作家さんなのだ。
この、「失恋しても、病気になっても…」というところは、じつに私もその通りで、何があってもちゃんと食べれば乗り越えて行ける(ような気がする)と思っている。
ま、それほどの苦労もしていないからなのかもしれないけどね…。
角田さんは肉が好き。
それに、家庭では本人が嫌いなものを無理に食べろとは言われずに育ったという。
そのため、ある時期まで、とても偏食な人ではなかったかと思ったと言う。
そして、自立して自分で料理をするようになって、今まであまり食べなかったものを食べようと試みている。そうしたら、意外にもそのものが好きになったり、偏食傾向(食傾向)が変わってきた、克服したというのだ。
たしかに、年齢による食の嗜好は変わるように思う。
角田さんの場合は、年齢もあるかもしれないが、もっと食に関する好奇心も強いのではないかと感じる。
自分のことを考えてみると、人生半ばにして、まだ食への欲求が強く、食べたい人なのであるが、健康の維持という問題が出ており、食べる物の量と質を考え直す時期が来ているようだ。
しかし、それもなんだか悔しいのであるが。
「今日もごちそうさまでした」と食べられることが、なんと幸せで人生を豊かにすることであろうか。
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