広河原地区には、なぜか心を惹かれていて、学生時代に原付き免許をとると、出かけたて行ったものだった。
そのきっかけは、大荒沢の不動尊の秋のお祭りに、広河原の皆さんが、夜中のご祈祷に昔から参拝されていたからなのだ。
それで、どういうといころからおいでになっているのかと気になって出かけたのだったっけ。
それで、初めて行った時の、印象。
「うっ…、これは…」と言葉が出てこなかったことを思い出す。
広河原川を渡って集落へ向かう道がまだ舗装されていなくて砂利道、向かって右の急峻な岩山が迫っている風景が胸を押しつけるような気分であったことを覚えている。
(画像の車の向きは逆)
さらに集落に入って、その山村の穏やかさにうれしくなり、さらに川沿いに細い崖っぷちに沿った道を進むと、そこに集落があることに驚いたものだ。
さて、草木塔はどこにあるか。
この画像の個所に架っている橋から奥に進み、上流の集落に入る手前で、また広河原側を渡る橋がある。現在の道はそこから真っすぐ行ってゆっくり右にカーブしながら坂を上って集落に入って行く。
草木塔は、橋を渡ると間もなく、右側に旧道らしき道形があり、そのそばにひっそりと建っていた。
6月の、草が伸びて木の葉が茂っている時期には道路からはなかなか見えない。しかし、よく見ると、傾いた石塔の頭が見えている。
ただし、道路端には地権者の所有を示す立札とロープが張ってある。
訪れる際は、周囲を荒らさないように気をつけたいものだ。
石塔は、雪の重みのせいか、下部が地面にめり込み、やや傾いているように見える。
碑面には苔が生え、摩耗していることもあり、「草木 」までしか読み取るのがやっとの状態。
しかし、アップしてみると、非常にしっかりした字体が彫られているようだ。
資料によると、「草木塔」とあり、天保十年四月八日(1839年)と記録されている。隣の沢の小屋集落の草木塔が建立されてから9年後である。
隣と言っても、集落をつなぐ道は杣道のような道でしか繋がっていない、深い沢沿いにある集落である。
このつながりはどうなっているのだろうか、地域間のの交流などを調べると何か出てくるのではないだろうか。
- なあまず日記
- 草木塔を歩く
- お寺の本棚
- 草木塔の郷 DENTAKUJI なあまず日記
- 行事 ・ イベント
- よっちゃん堂のあくがれてゆく日々2
- 草木塔の里 田沢 HP
- 獅子宿 燻亭
- こだまカフェ
- 置賜のお宝発見PJ
- ほんきこ。web
- Book!Book! Okitama 2016
- ギャラリー
- プロフィール
- モバイルサイト
- お問合せ
- 新着コメント
-
2016.12.15 (あらあら)たぶんそうかもしれません
-
2016.12.15 (中澤 直美)お大事に(^_-)
-
2015.09.04 (乳井 恵子)お返事ありがとうございます!
-
2015.09.04 (荒澤教真)秋の例祭
-
2015.09.04 (乳井)秋のご祈祷
今日 217件
昨日 79件
合計 675,156件
昨日 79件
合計 675,156件
この記事へのコメントはこちら