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7月31日(日)、涼しすぎる

  • 7月31日(日)、涼しすぎる
前夜の上映会を終え、その後の交流会の片付けをして帰宅したら、夜中の零時を回っていた。

その余韻というか興奮もあり、寝そけてしまった。
31日未明、うつらうつらしたところで地震。

「おっ、けっこうおっきい」と呟きながら立ち上がって窓辺に立った。
寝ている㋗を起そうかと迷っているうちに、やがて治まった。

テレビをつけてみたら、福島県沖が震源で大きな地震だったことがわかった。
当初からの被災地の人は、いつ終わるともわからない余震で、神経をすり減らしているんだろうな。

結局、朝まで畳の上で着どころ寝してしまった。


7月最後の日曜日。
午前中に納骨なさる檀家さんのお宅でご供養し、お墓にお骨を納め、昼食をいただいて昼過ぎに帰宅。
そこでは、読経の後、納骨についてお話をさせていただいた。
米沢近辺では、火葬を先にしてそのご葬儀・告別式を行う。
さらに葬儀を終えるとその後すぐ、埋葬するというのが多かった。
近年は、必ずしもそうではなくなってきていることもあり、それで、檀家の皆さんに話すよう心がけている。

地方や時代によって葬儀の変遷もあり、これが絶対正解、これは間違いというのは適当ではない。
その地域の風習も考慮し相談し、その意義を考えて、行うように心がけていただきたいと思う。

夕方には、お寺で車のご祈祷。


ネコたちが興味津々で車に寄ってくるので、追い払い、まだ時間があったので、本堂の壊れかけていた禮盤を修繕できた。このところ、にわか大工で何かを修理することが楽しくなってきた。


その間、少々時間があったので、米沢市内で知人たちが開催している「楽市」に行ってきた。
「楽市」は置賜で活動する有機農業や食の安全を考えた生産者の方々による、ファーマーズマーケット。
今年初開催で、会場の「Kinari brot&co」へ行き、ジャムやチーズとパンと「大吉くん納豆」を購入。

翌日から8月にしては涼しすぎる月末の一日、はたして8月の天気はどうなんだろう。
2011.08.02:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

・・・転じて

  • ・・・転じて
7月30日は午前中から天気が回復。
午後から、ボランティアというかイベントのお手伝いをするので、一日空けておいた。

家族から「昨日からテレビの調子がわりなよ。雑音がだんだんひどくなる」と、朝食を食べながら言われた。
なるほど、かなり気になるレベル。
今に置いてあるのは10年使用しているアナログテレビ。
これに、NCV(ケーブルテレビ局)から借りているSTBをくっつけて、地デジ放送をアナログ変換して観ている。

玄関をお掃除しつつ、外を眺めながら「どうしたものか」と思案。



親愛なる電気屋さんSさんに連絡し、すぐに来てくれて、調べてくれた。

スピーカー部分の具合が悪いようで、修理すればなおるというのだが、それなりに修理代ががかかりそう。
ならばと、結局、デジタル対応のテレビを買うことになり、お昼には、居間に据えられた。
ここは父親である住職の判断である。
しかも、住職はわが家で一番テレビ視聴時間が最も長いと(家族から)みられているので、ヨロシク、なのです^^;

「いやぁ、いま品薄なんだけど、昨日ちょうど入荷して~」などと汗をかきながら言うSさん。
お互いによかったよかった^。^


午後から、野外映画上映会のお手伝い。
映画「HAYABUSA」を上映するのだ。
しかも、この映画監督の上坂浩光さんが講演をしてくださるという企画。
なにしろ、この作品が野外で上映されるのは初めてということで、監督さんも楽しみにされているようだった。

ところが、午後遅くから雨(--;)
天気予報も芳しくない…
企画担当者が悩んだ挙句、ホール内上映として準備にかかって、おおかた終ろうとしていた。

やがて夕方、18時頃、なんとなく天気が回復しているような…
再度決断して、野外で上映することに^^
調整に手間取り、19時からの予定が20分以上遅れたものの、講演&上映開始(^^v
お客様もよく待ってくださいました。

途中、東風が吹きスクリーンがめくり上がったり、雨がポツリと落ちて来て、スタッフがそのたび対応で心配したものの、無事に終了。

ちょうど、映画のシーンで、ハヤブサが大気圏に突入し帰還するシーンの時、上空の雲が切れて星が見えていた!







2011.08.01:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

局地的

  • 局地的
7月下旬は夕立やにわか雨が多かった。
局地的な雨で、車で移動していると、こっちが晴れていても、小さな峠を越えると大雨なんていうこともある。

29日の夕方も、買い物に行ったスーパーから東の方を見ると、虹が出ている。

28日夜から29日朝にかけて、米沢で(もちろん田沢も)猛烈な雨が降った。
新潟県や福島県の会津地方では、たいへんな被害になっていた。
それほどではないものの、どこかに被害が出ないだろうかと、朝方の布団中でぼんやり思っていた。

幸いなことに、近くで災害というほどのことはなかったようで一安心していた。


ところが、近くにある管理をしている墓地のところへ行ってビックリ。
墓地東の小さな塔婆沢という沢が、通常は国道121号の下を潜って落ちてゆくのだけれど、道路わきに水がたまっていた。

朝は、水量を飲みきれないのだと考えていて楽観していたのが、道路まで水が上がってきたいたらしく、道路管理のパトロールをしていた業者さんが見つけて、急きょポンプで吸い上げて、近くの側溝に水を逃がす作業をしていた。

土砂や草などで浅くなっていた側溝を掘ったおかげで、なんとか溢れないで事なきを得たようだった。


最高の水位で、赤線のところまで上がったようなので、墓地も危険だった。
早く気がついてもらって、手を打っていただいて助かった。

今回の激しい雨では、こういった被害が身近にけっこうあるんだろうな。
2011.08.01:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

雨にあたる

  • 雨にあたる
ここへ行くと雨が降る、というようなジンクスがある場所の一つが、刈安の草木供養塔がある場所。

今まで3度行って3度とも雨に降られている。
28日にも、家を出る時には薄日が差していたのに、市内を通り抜けて、万世地区に入った途端に雲行きが怪しくなって、現場に到着したら大粒の雨が降り出してしまった^^;
草木供養塔と山の神様に参拝し、写真を撮って帰路についたら、市街地に向かうとお日様が出てきた。

たまたまというか、雨が降るようなときに行きたくなる場所と理解した方がよいのだろうか?

草木塔をあちこちと訪ね回るようになって数年。
今は、建立年代の古い順から、山形大学出版会から刊行されている写真集を参考にしながら歩いている(車で^^;)。
年代順だと、もう地域はあちらこちらと連なっていないことがよくわかる。
もちろん、資料を見れば一目瞭然なのだけれど、身をもって感じる。
ただし、場合によっては、昔の道筋などとの関連も見えてきたり、資料からは得られないこともいっぱいあるわけで、それでわざわざあえて年代順に拘っている。

まるで、ピンボールのボールのように飛ばされている感があって、それもまた面白い。
ただ、はなはだ不効率的ではある。

振り回されながら得るものがあるかどうか、どうであろうか。
今回も雨にあたりながら、ちょっと考えてしまった。
2011.07.31:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

あいもかわらず

  • あいもかわらず
月に一度の、母のお供をして福島県立医大病院へ通院する日である。


朝食をとってから、同級生に通勤途中に家に寄ってもらい、昨夜置いてきた車をとりに行った。
なかなかいい段取りだったのだが、車に乗ろうとしたら、鍵がない(-。-;
恩師に車にわが家まで乗せていただいて鍵をとってまた引き返すという、間抜けなことに付き合っていただいた。
基本的には、子どもの頃とちっとも変っていないんだなぁ…。
ほんとにお世話になりました。


昼過ぎに出発するように準備をしていたら、朝の天気が嘘みたいに、激しい雨が降り出した。
このところ、こういう天気が続いている。

国道13号栗子峠を越えて、福島市に入るとやはり、激しい雨の痕跡があった。
同じようなお天気だったんだろう。

福島市内、県立病院とも、見たところは先月よりも車の数も多く、以前のように戻っているようにも感じられる。
病院の駐車場も満車で、外来の患者もかなり多くなっている。

それでも、原発事故の影響は、私たちが通りすがりで見ただけではわからないことがいっぱいあるに違いない。
新興住宅地の崩落は、復旧工事が始まっているものの、上部の家屋はまた新たに傾いているようにも見える。
続いている余震も怖いことだろう。

いつもの如く、14:30~15:00の予約で、検査と診察終了は17:00を過ぎる。
会計を終えて、病院を出るのは18:00.



母が言うには、茨城県などの近県からの患者さんがだいぶ増えて来ている(戻っている)らしい。
震災から4ヶ月半、病院内はようやく震災前に近い、通常の状態に戻ってきているようだ。
2011.07.30:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]