午前中は日光が出て、窓際にいると温かい週末。
午前中は法事のお勤めが2軒。
両家とも四十九日の法要。
暦の上では立春ながら、2月初旬の吹雪が続いていた時期に亡くなられたのだが、温かい陽射しの中、満中陰となりご先祖様の仲間入りをされた。
お茶をいただき、また昼食をいただきながら、この間にもいろいろあったなぁと話をした。
今年のお雪で、とても納骨ができなくて、これからの納骨の時期とか、どんなふうにご供養をしていくかということも相談する。
それに、去年の今ごろは、ガソリンとか灯油がなかったり、スーパーでもまだ食糧品や日用品の一部が揃ってなかったなぁという話題も。

仏様にお供えしたお料理の折りを頂いてきて、夕食でご馳走になった。
こういうことが普通にできることが、本当にありがたいことなんだと思う。
去年の3月11日以後を経験して、米沢のように被害が少ない地にいても、時には忘れることがあっても、あの日以来間違いなく意識の一部はかわった。
エネルギーの問題、核に対する意識、政治への不信、生きていくための基本的な条件、人との関わり…。
夕刻、浪江町から退去を余儀なくされて、福島市に仮住まいをしている友人から、夜の「NHK特集を観てみて」というメールが来た。

(NHKの映像です)
2万人以上の全町民が避難命令を受けて、各地に仮住まいをしている町民と、「全員帰還」を掲げて町長をはじめ町のすすむべき道を示していることが、時間を経るほど現実とかい離していくという、その苦難と苦渋の選択の現状を報告しているドキュメントであった。
これは…。
絶句である。
まだ、結論は出ていない。
浪江町だけではなくて、多くの福島の被災地を主とした県民が共通に抱える大きな問題だ。
浪江の復興を考える会議で、専門家に示された、放射能による汚染状況の説明で、その被害分布図を示しながら語られた言葉が印象に残った。
「(東電の)原発から出た放射能汚染により、退去を余儀なくなったされたダムの底のような状態と考えてよい」
・・・・・。
町長をはじめとした、ふるさとに帰りたい・帰したいという思いはとてもよくわかる。
けれど、そういう思いだけでは、どうにもならない状況があること。
帰還とは別な方向を決めていかなければならないことなど、厳しい現実を突きつけられているのだ。
番組を見終わって、もう、ちょっとお酒を飲んで寝るしかなかった。