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変化する日本企業の経営戦略

 「変化する日本企業の経営戦略」―TDKのものづくり―と言う講演を聴いて来ましたので報告します。

議論の背景としては、市場および生産基地としての中国の台頭、世界一を誇ったMADE IN JAPANブランドの崩壊、EMSの台頭が挙げられる。

日本のモノづくりは生き残れるか?と言う疑問に対して、中国の労務費レベルの生産性を確保できるか?中国の市場に対して日本で対応できるか?日本でしか生産出来ないモノがあるか?今後生まれるか?受注の変動に対応できる雇用条件になっているか?などの疑問が次々に想起される。

モノづくりからモノの創出への変革を目指す上で、事業と製造の分離や、高度な専門性を保有した独立専門会社に変貌(下請けからの脱皮)することが挙げられる。具体的には、高度ノウハウ工場(誰かが模倣しようとしても、造り方が分からない、生産設備が入手できない、材料・添加物が入手できない、知的財産がない、管理技術がない)の考えや、品質へのコダワリを強みにすることである。

TDKのモノづくりの戦略は、決して他工場では生産出来ない高度なノウハウを持った工場であり、事業化の施策であり、工法開発と設備開発であり、製造力強化策である。

日本が間違いなく中国に勝てるものは「水」と「空気」かもしれない。MEMSなどのナノテクは中国へは行かないと考える。
2006.02.26:dai:コメント(0):[学習]

カリスマ教師が語る人材開発論

 原田隆史(天理大学 非常勤講師)の「カリスマ教師が語る人材開発論」と言う講演を聴きましたので報告します。

 講師の原田隆史氏は、大阪市内の中学校に勤務、問題のある教育現場を立て直し、大阪では「生活指導の神様」と呼ばれる。松虫中学校では、7年間に13回、陸上日本一を誕生させ全国から注目を浴びる。天理大学において、先生を志す若者の教育に力を注ぎながら、スポーツ選手のメンタルトレーニング指導や、教育現場再生プログラム構築、企業人材育成支援指導の講演活動など活動中。

これからの人材教育の方向性は、生きる力を備える自立型人間にある。生きる力とは、①夢を描き目標に変える。達成のための方法を考え達成しきる。被害者意識がない。②心のコップ(生き方態度)がいつも上を向いている。③「心・技・体・生活」のバランス、健康と安全の獲得と向上である。。

教育からの気付きとして、困ったときは異業種から学び、その世界のトップをまね、歴史から学ぶことにしている。企業経営者からの学びには、「理念先行」「思いが先」「顧客の創造」「見えている目の前でなく、そのものの裏にある真実を見る。」がある。歴史からの学びでは、世界最強の組織としての「新撰組」(パート長制・権限委譲)や海軍のシーマンシップ「独走、おごり、傲慢へのブレーキ」がある。オリンピック金メダリスト、金メダル指導者からの学びとしては、「若者は規則、ルールには従わないがオーラには従い、ムードで変わる」「オーラとは指導者の主体変容(自分が変わる)、率先垂範、ハンズ・オン指導(手を汚す)、本気のすさみ除去(挨拶、靴・椅子の整頓、清掃、目を見る)」「指導者の発信力とは、本気で話す、思いを文字に残す、文字に残して文化を作る」「金メダルは、明確な目標設定と勝利意識・心作りにある」

自立型人間育成指導4大原則として、①教育理念の確立(あるべき姿)②心のコップを上に向ける態度教育(指導者の本気ムード・オーラによる教育)③意味付け教育(本気で話して思いを書いて発信する)④スキル、ノウハウ、マニュアル教育(基礎・基本の精度アップ)がある。

心作り指導としては、①心を使う(目標設定、イメージの原則)②心をきれいにする(清掃、奉仕、エコ活動)③心を強くする(今できることの継続・確認による特例禁止)④心を整理する(過去の失敗の切り捨て、準備による未来の不安解消)⑤心を広くする(利己即利他の原則、感謝の心育成、心を集める)

指導信条は、①仕事と思うな人生と思え②受身は極悪③敵は誰ですか、私です④思いはかなうなどがある。
2006.01.26:dai:コメント(0):[学習]

カラダ発想術 ~やわらか右脳マーケティング

 くらたまなぶ氏(株式会社あそぶとまなぶ 代表取締役)の「カラダ発想術 ~やわらか右脳マーケティング」と言う講演を聴いて来ましたので報告します。

 講師の くらたまなぶ氏は、リクルート社で「とらばーゆ」「ベルーフ」「フロムエー」「エイビーロード」「じゅらん」などを創刊し、「カラダ発想術」などの著作でも著名な方である。

マーケティングの基本的なプロセスは、昨日の数字(実績)⇒気持ちを聴く⇒言葉にする⇒カタチにする⇒明日の数字(予算・計画・目標)につきる。言葉をカタチにすることは、担当分野で違ってくる。

市場調査は昨日までの行動を数字で知ることで「算数」だが、マーケティングは明日からの気持ちを言葉で知ることで「国語」と言える。市場調査は役職者や男性が得意だが、密室で決めると大失敗する。マーケティングは外に出て他人(ひと)に聴かなきゃだめ。そこでは、夢よりは愚痴が参考になり、「不」のつく日本語が全てであり、「ニーズ」「ウォンツ」より「クレーム」であり、「名詞」より「動詞」が、更に「形容詞」「副詞」が一番良い。「漢字」「カタカナ」より「ひらがな」が良く、ふだんの日常会話がベストである。すなわち、「課題(ぐち)」を言葉にして、「夢」を言葉にする。ヒアリング(愚痴さがし)⇔ブレスト(夢をひろげる)の繰り返し。

マーケティングで陥いる症例として、ソロバン病やロマン病や企画病やカタカナ病などがあるが、対症療法としては普通に生活しながら「怒る」「笑う」「喜ぶ」「悲しむ」こと、まずは「今、隣りにいる人」から聴き始めること。

マーケティングは人の気持ちを知ること。「人の気持ち」をどれだけ集められるか。それをどれだけ普通の言葉でまとめられるか。「知ってる人」と「知らない人」では、「知ってる人」から。自分の会社に呼びつけると言う発想は捨てる。「用紙なし・テープなし・謝礼なし・90度の位置・友達感覚・二人きり」がヒアリングの理想。グループ・インタビューだとバリアが取れない。謝礼が多いと、悪いことを言わない。属性(プロフィール)から入り、昨日の体験・明日の気持ちとだんだん中に入り込み、その理由・動機・背景を聴く。ホンネ(不のつく気持ち)を聴きだすのが最終目的。実は本人さえ自分のホンネは分からない場合が多い。「もしかして、私ってそう思ってるのかも知れません」は上手く行ってる兆候。気持ちを知るのが目的。「オヤッ」っと思ったことは臨機応変に質問を変えて行く。マーケティングは、前半「仮説づくり」と後半「深堀り」の二段階ある。

「夢の共有」「気持ちの分析」「商品への反映」…については頻繁にブレーン・ストーミングを正しく行う。「いいねえ」「なるほど」「へ~」などは奨励句、「違う」「何考えてんだよ」「アホクサ」などは禁句。

起業の3条件は、
①世のため、人のためになるか  ロマン    夢   良くしたい
②稼げるか、儲かるか      ソロバン   金   得したい
③楽しいか、面白いか      ジョウダン  愛   面白くしたい
1:8:1のバランスが絶妙。

 起業(事業)とは、「市場の声を聴いて事業を起こす」「起こした事業によって市場が動く」「動いた市場の声を聴いて、さらに事業を変える」こと。

 マーケティングでは人の気持ちを聴くことがとても大切で、その技法はカウンセリングに非常に良く似ていると感じられた。
2005.11.26:dai:コメント(0):[学習]

少子化社会の子育て

 家庭教育出前講座「少子化社会の子育て」―現代っ子につけておきたい力とはーと言う講演を聴いて来ましたので報告します。

父母の会に出席すると、年々親たちの不安が深刻になっていることが分かる。わが子が何を考えているか分からない不安である。昔から「子育て下手を詫びる親には、得てして育ち上手の子供が授かるもの」と言われる。一番大切な「我慢」や「頑張り」を教えるにしても、小学3・4年までは言葉で通じるが、5・6年以上は親の謙虚さが大切だ。「子供はどんな子も与えられた天性がある。早いか遅いか時期の違いによるだけである。」子供たちを信じてあげない限り、子も親を尊敬しない。そこでは「待つこと」「信じること」が求められる。

現代っ子につけておきたい力として下記の五つがある。
①どの子ともいっしょに遊べる力………子供同士の人間関係が苦手である。友達付合い上手な子は不登校が少なく、友達付合い下手な子は95%が不登校と言うデータがある。1歳ころから、母親同士、家族同士の付き合いが大切。父親に叱られても、くじけない強い子、すぐ逃げない子を育てたい。
②毎日、きまったお手伝いの習慣をもっている………日本の家族はガランドウになっている。茶の間の消滅で、現代の子供は下宿人と同じ状況にある。子供に家事を分担させることである。
③本好きなこと………本の読み聞かせが大切。強く本を与えるより、本を待たせること。学力とは文章力で本の効用は大きい。
④「ありがとう」が自然に口に出ること………イジメは「ありがとう」と言い合う所には無い。不登校の子は、何かをさせようと強制した場合に生じる。
⑤小学校に入ったら、短時間の学習習慣をつけること………終わったら見てやる。そこでは間違いより15分間の学習時間を評価する。

 家庭は子供にとっての安全基地。子供が家族に何でも話せるように、父母は子供時代のことを(特に失敗談)子供に話し、自己開示してあげたいものだ。
2005.11.26:dai:コメント(0):[学習]

「希望学」は何を目指すのか

 標記の論文が「経済セミナー」(11月号、p14-p17、日本評論社)に掲載されていますので紹介します。筆者は、玄田有史氏(東京大学社会科学研究所助教授)です。

 希望について考えるきっかけは、「若い人が働きづらい」という現実の問題である。今の若者は、何が目的で、何に満足感を得て生きたり働いているのかと言うと、若者自身それがつかめなくなっている。ニートは、働いている人以上に「働きたい」という気持ちが強く、働く意味についても考えている。意欲もある。だけど働けないのは、働くことに希望がないのではと言うことに行き当たったのである。

 若者の失業と言う雇用問題は、年齢やスキルによるミスマッチがあるが、いちばん大きいのは「希望のミスマッチ」である。求職者が「希望する仕事がない」と言っている状態です。自分自身が何を希望しているか分からないと言う人が多い。希望と言う言葉にまず必要なのは、分類化し類型化して行くことではないか。切り口の一つは、実現可能性であり、行動を伴なう希望・伴なわない希望と言う分け方がある。

 教育現場ではキャリア教育が盛んに行われ、自分の適性・能力に見合ったことを見つけることが大切だと言われ、子供たちも「なりたい自分」がなければと強く思っている。だけど一方でなれないことも知っていて、ものすごいジレンマに陥り苦しんでいて、希望なんか持ってもしようがないと思っている。希望学でやろうとしていることは、ある意味で挫折学である。本当の希望は、絶望とか失望を伴なうからこそ希望であり、まれにしか実現しないものである。希望は持っていたけれども途中で失っている。失って、新しい希望に修正できている人がいちばんやりがいを持っている確率が高い。希望はときに失望を生むが、失望の中でこそ得られる自分と社会との関係の認識、修正力とか調整力を生み出す源泉としての希望が必要である。新たな希望を持つプロセスを生み出してゆくからこそ希望は大事なんだということを客観的に示して行きたい。

 いま日本の社会に問われているのは人材育成である。人が能力をアップするのは圧倒的にOJTによってである。育成とは修正であり、小さな失敗経験を重ねて「私はこんなにダメ」「やろうと思っても出来ない」とへこみながらも、上手に叱られたりおだてられたりして、軌道修正する力を身につけてゆく。これが育成のエッセンスでありOJTである。希望は修正することが大事なのではなくて、途中で修正することにより高い充実感が得られるからかもしれない。そんなことを、事実やデータとして記録しておくことが私たちにできる仕事ではないか。希望学が意味を持つとすれば、サロン的な場所において為しうるものだと思う。
2005.11.15:dai:コメント(0):[学習]