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血のつながる経営

島崎藤村は、故郷を「血につながるふるさと」「心につながるふるさと」「ことばにつながるふるさと」と謳い上げたが、故郷とは目に見えぬ糸で人をつなぎ合わせ、つなぎとめ、心の安らぎを感じさせるところだと思う。

 血につながり、心につながり、ことばにつながるとなると、それは家庭であり、ファミリーである。
 狭い意味でのファミリー経営ではなく、血のつながる仕事、心の通い合う取引き、意思疎通がうまくいく管理を「故郷経営」といいたい。

 血がつながっているからこそ、そこにはウソもケレンもない。親戚付き合いのできる取引先、親子のような労使関係も生まれるだろうし、心がつながっているから、やる仕事についてもデタラメではなく、愛情のこもったものになるだろう。

 ことばにつながるとなると、社内での全ての指示、命令、施策は相手が理解できるようにしなければならないし、外部に対しても話の分かるやり方をしていかねばならない。
 ことばが通じ、話が分かるというのは、自分を相手の線までもっていくことが先決であるから、上司、同僚、部下、取引先、消費者と立場が異なる相手に対する基本的なあり方を示すことにもなろう。

 一方的なやり方ではダメで、通達、提示、書式、カタログ、セールス、仕入れ、内部管理も、ことばが通じるように改めていかねばならない。ことばで通じないなら、心で、血で訴えることもできる。聞き手が心で、血で、ことばで聞くというようにもっていくことを「対話」というのである。

”血のつながる仕事””心のつながる仕事””ことばのつながる仕事”ができれば、企業に少しでも縁のあった人々は、絶対にそれを忘れることはないであろう。
 魅力には、いろいろな解釈の仕方がある。物質面での魅力となると、その企業がもっている力には、それぞれ差があり、なかなか理想どおりいかないものである。

 しかし、精神的な魅力、つまり、人を引きつけるたずなとなるものは、どこにでもあるのではないだろうか。それは誠実に裏打ちされた、「故郷経営」から生まれてくる。
2006.10.20:反田快舟:コメント(0):[経営箴言]

よりよい生き方

「人はみな豊かでなければならない」という。どのような豊かさを求め、何のために、日夜、神経をすり減らし、あくせく働いているのだろうか。
中国の古典「易経」は、よりよい生き方、人間の幸せについて、次のようにいっている。
 まず「健康」。人は健康で天寿を全うしなければならない。次に、「経済的豊かさ」。金銭に困らぬこと、つまり、物質的豊かさ。そして最後に「和」。夫婦、親子、兄弟が仲良く暮らすこと、つまり心の豊かさである。と説いている。
 よい大学に入り、大企業に就職することが幸せな人生とは限らない。「よりよい生き方」とは何か、一緒に考えていければと思います。

 
2006.10.20:反田快舟:コメント(0):[仕事の流儀]

あなたは何回挫折を経験?

あなたは何回挫折を経験されましたか?私は・・・。
 工業高校卒で大手化学メーカーに就職、3年勤務後(夜勤に挫折)、工科系短大に入学。 機械メーカー3年勤務(営業に挫折)、フリーターを2年経験後、大手コンサルティング会社に営業を志願して入社。 営業の基本を一からやり直し、営業マンとして何とか自立。4年後コンサルタントとして登用される。 40代で独立・起業、「企業と個人の自立を支援する」活動を行っている。
 高卒、就職、挫折。短大卒、就職、挫折、フリーター経験とずいぶん挫折や回り道をしてきましたが、竹に節があるようにそれらの経験が自分の節を作ってくれたのだと思います。 世の中に天職といわれるものが用意されているのではなく、与えられた仕事を熱心にしているうちに、これって自分にフィットしているな!って感じるようになればGoodかな? 私の場合、営業に挫折し、営業マンとして再出発したことで、今の自分があります。「人間は、遺伝と偶然と環境と意志によって決まる」といわれますが、偶然を必然にすることはできると思っています。
 今、興味や関心、やりたいことが見つからなくても、あせる必要はありません。一緒に考えてみませんか。挫折や道草は人生にとって意味があることと今、思えます。

<好きなことば>
・人生に遅いということはない
・人は自信と共に若く希望ある限り若い
・他人や過去は変えられないが、自分と未来は変えることができる

2006.10.20:反田快舟:コメント(0):[起業のすすめ]

自立とは

自立した企業とは
(1) 事業内容そのものが社会的に有用である
(2) 経営理念、経営方針が明確である
(3) 地域社会に貢献している
(4) 元請などに頼らない独自の商品、自主価格決定権をもつ
(5) 経済環境や政策に左右されにくい
(6) 社員を最も信頼できるパートナーとしている
(7) 利益を上げている

自立した個人とは
(1) 相手の立場に立てる人
(2) 相手の喜びを自らの喜びとする人
(3) 自ら学び考える人
(4) 能動的・積極的な人
2006.10.20:反田快舟:

「解答を得る、という罠」

イスラム教の、その子はいじめられっ子だったが、何とか自分を強くして欲しいと祈ったら、アッラーが力を与えてくれたのか、ぐっと相手をにらみつけることができた。
しかし、問題はそこで終わらなかった。いじめっ子の方が自分を強くしてくださいと神に祈るとどうなるのかという疑問が生まれてきたのだ。

考えてみると、この世には悪いやつで強いのがたくさんいるではないか。これに答えて欲しいと、その子はアッラーに祈った。
そのとき、この子は神の声を聞いた。「一生悩み続けていいのだ。悩みをしまいこんで忘れないように祈りなさい」と。

この子はこの答えに当惑する。神はもっと明確な答えを与えてくれると期待していたから。
しかし、その後も考え続けて、「悩み続けることに意味がある」ことを悟る。子ども達は大人を超える光を感じ、大人の計り知れぬ闇も体験していることであろう。

大人も子どもに負けぬように、もう少し悩み続けてもいいのではなかろうか。
最近の不幸な事件の報道に接して思うことは、どんな事象に対しても「なぜ」と問いかけ、その原因を探り、それなりの答えを導き出し安心するというパターンにはまり込みすぎている、ということである。

一番大切なことは、このようなことは簡単にその「原因」など分かるはずがない、ということである。原因-結果という一つの道筋によって、これほどのことを説明したり、納得したりしようとする態度を、まず棄てることが必要ではないか。「なぜ」と問えば必ず答えが返ってくるはずだ、というのは、浅はかな思い込みだと思う。

(「縦糸横糸」より)
2006.10.19:反田快舟:コメント(0):[自分を見つめる]