使えない“チャンピオン”といわれて

長い間、挟土は臆病な自分にコンプレックスを抱いていた。
左官職人の二代目として生まれた挟土。人見知りする気弱な子供だった。
高校卒業後、本格的に修業を開始。2年後、「技能五輪」左官の部で優勝、前途洋洋たるスタートだった。

日本一の肩書を手に名古屋の左官会社に就職。しかし、現場に出るなり怖くなった。
モルタルや仕上材など、左官の現場で使う材料は数百種類に上る。
技能五輪で使ったのは数種類。大会用に磨いた技と知識では全く追いつかないのだ。

「できないんだけど、俺はチャンピオンだからと、聞けないんですよ」
臆病を隠そうと粋がる挟土。当然周囲との軋轢も生まれる。
ある日、仕上げた直後のモルタルの壁に、先輩職人がいきなり拳で跡をつけた。

やがて陰口も聞こえてきた。「使えないチャンピオンだ」
いつまでたっても周囲に溶け込めず、ストレスで髪が抜けた。
30歳を過ぎても鳴かず飛ばずの日々が続いていた。

35歳のとき、転機が訪れた。
偶然引き受けた江戸時代の土蔵の解体。挟土の目は、その扉に釘付けとなった。
天然の石灰に墨を混ぜ、コテで仕上げた黒漆喰の扉。100年経っているのに鏡のように輝いていた。

組織の中で歯車のようになっていると感じていた挟土は、自分も天然の土を使って壁を塗りたいと思った。
一念発起し、業界でも珍しい天然の土壁をつくる会社を興した。
しかし、仕事は来なかった。

(プロフェッショナル仕事の流儀3より)



2008.03.22:反田快舟:[仕事の流儀]

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