余裕は持つのではない、つかむもの

加藤は、テストドライバーとして、ドイツの山奥に送り込まれた。
世界最難関のテストコース、ニュルンブルリンク。
意気揚々とやってきた加藤は、コースを見るなり茫然とした。

「正直、生きて帰れるんだろうかって思いました。これは本当にテストコースか、と」
急激な下り坂に、先の見えない急カーブが続く。道幅わずか8メートル。その横は崖。
そこを、時速200キロメートルで走り抜けなければならない。

加藤は恐怖でアクセルを踏み込めず、全くテストにならなかった。
結局、現地のドライバーに頼み性能評価をしてもらった。屈辱だった。
しかし、翌年も、また翌年も、加藤はドイツに送られた。

投げ出さないと上司に誓った約束。
しかし、コースに出れば緊張で体はガチガチ、毎日のように自分が事故で死ぬ夢を見た。
どうすれば余裕を持って走り、車を評価できるのか、誰も教えてくれなかった。

5年が経った。加藤は意地だけで難関コースに挑み続けていた。
ある日、ハンドルを握りしめず、指だけで持ってみた。
力の入れようがなく、力みが少し抜けた。勇気を出し、コーナーに200キロで突っ込んだ。

急カーブを乗り切った。指先で初めてタイヤの動きが感じられた。
次第に車の性能評価ができるようになってきた。
這いつくばるようにして、コースに挑みつづけて5年。加藤は気づいた。
「余裕は持つものではない、つかみとるものだ」

(プロフェッショナル仕事の流儀5より)
2008.05.23:反田快舟:[仕事の流儀]

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