FPのひとりごと
FPのひとりごと
ログイン
メモ
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
彼は 短い沈黙を終えて
一気に 堰を切ったように話しはじめました
なにかにとり憑かれたような感じでした
それまでは 私にもわかるように
ゆっくりと ていねいに話してくれてたのに
急に “本物の”英語を話しはじめました
それは 私に向かって話してるのではなく
自分自身に話し掛けてるようにも見えました
それまででさえ 3〜4割しか理解してないのに
ぶわーっと英語をしゃべられたんじゃ
こっちは もうお手上げの状態です
でも なんとなくではありますが
彼の言いたいこと というより“魂の叫び”は
頭ではなく ハートで理解できました
彼は 米国海兵隊であることに誇りを持っていましたが
それが いま かなり揺らいでいるのでした
彼は 志願してアフガンに来ました
それは テロとの戦いを制して 彼の地に平和をもたらし
アメリカ国民の安全を確保することにより
世界の平和を維持することに寄与すると信じていたからです
ところが
現地に入って 米軍がいかに“招かれざる客”であるかを
というより 憎悪の対象であったかを知ってしまったようです
彼は 何度も 『Why?』と言いました
そして そのたびに 苛立っては バーボンをあおりました
観光気分でやってきた私には かける言葉もありません
彼の目から 一筋のの涙が零れ落ちました
通りすがりの日本の観光客なのに・・・
私も なぜか 泣いてしまいました
なにか元気付けることでも言ってやろうと思いましたが
言葉が まったく見つかりませんでした
そうこうしているうちに
“一戦”終えた連中が どやどやと降りてきました
彼は『聞いてくれて ありがとう』と言って
あっという間に 仲間と消えていきました
当時 まだ アメリカと言う国は自信満々でした
自国の圧倒的な軍事力でできないことは無いと信じていました
でも
良心的な一人の若い海兵隊員は 気付いていました
アメリカの傲慢 と 正義のない戦いに
それから数年後 9.11が起こりました
(つづく)
2008.12.20:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
私 英語は“普通に”話せません
英単語は『豆単』で止まっています
まあ 一般的日本人のレベルです
でも
その日は 酔っていたし“シンパシー”もあり
身振り手振りなども大いに交えて
なんとか会話は成立していました(かな?)
彼は『US NAVY』で休暇中でした
私の仕事を問われて
『FINANCIAL PLANNER』
と答えたら 若干の尊敬の念が
その表情に浮かびました(ような気がしました)
ちょっとうれしかったねー
日本じゃあ ありえないことだからねー
いろんなことを なんの脈絡も無く話しましたが
話が一段落して ちょっとの沈黙があった後
彼が ポツンと言いました
『I don't wanna come back』
彼は なんとアフガンに駐留しているのでしたが
もう軍には戻りたくない と言いました
当時 アルカーイダが世界に知られ始め
アメリカが“テロとの戦い”を声高に叫び始めた頃でした
(つづく)
2008.12.19:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
その一団は
どやどやどやっと入ってきました
白い肌 金髪 青い目のヤンキ−軍団でした
その短髪で 現役軍人であることがわかりますが
羽目のはずし方と 幼いじゃれあい方で
“新兵”か それに近い立場であろうこともわかります
たしか5人ぐらいのグループでしたが
我が軍団と目的は同じらしく
契約成立組は 大声ではしゃいで2Fに向かいました
店内には 静寂と いくばくかの空虚な空気が
流れ始めていました
そのとき お互いが お互いの存在に気付きました
『ハーイ!』
私から 話し掛けてみました
最初は 怪訝そうな顔をしていましたが
向こうも
『ハーイ!』と返してきました
目と目が合って お互いの同じ境遇を
瞬間的に 理解しあいました
そして “内戦”が終結するまでの間
時間をつぶす という共通の目的のため
即席の友達になって 会話をすることにしました
(つづく)
2008.12.18:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
そこのクラブ
いわゆる“いかがわしいクラブ”でした
1Fはステージ&カウンター&ボックスバーで
2Fは“個室”があると予想されました
隣に付いた女の子が片言の英語で一生懸命訴えます
『2階へ行きましょう』と・・
私 別にカッコつけるわけでも
特に人格が高潔であることをアピールしたい
そんなわけでも全然ありません
恥ずかしながら 我が“筆おろし”は
泡姫ならぬ“泡ババア”の『お仙』さんだし
独身時代は 吉原がマイホームタウンでした
でも
タイのような あまり豊かでない国で
合法であろうと非合法であろうと
そのような行為に及ぶということが
どうにもこうにも自分で許せないし
釈然ともしないし 潔しともしない
だいたい 彼の国にはエイズウィルスが蔓延していると
現地のガイドさんが あれほど言ってたじゃない
感染でもしたら“旅の恥”じゃすまねーよ
などと思い巡らしながら ふと周りを見ると
なんと なんと 残っているのは私だけ・・
いやーー“先生”は度胸も据わってるねーと
思わず感心してしまいました
“ケチ”な私には 女の子も付かず
“一戦”が終わるまで待っていなければなりません
あーあほらし と思いながら 周りを見渡すと
広い店内に もう一人だけ同じ境遇の奴がいました
そいつが ヤンキ−です
話がやっと繋がりましたねー
(つづく)
2008.12.17:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
プーケットに着いた
2日目の夜だったかなー
あまりさだかではありませぬが・・
同行社員の“ニヤけた”呼びかけで
夜の歓楽街に出かけることになりました
メンバーは 総勢10人ほどでしたが
社員と私を除けば みんな“先生”でした
学校の先生ではなく 税理士の先生方でした
生命保険と税理士 どんな関係があるの?
おわかりにならないのが 至極当然です
いまは“業界の事情”が激変してしまって
先生方の影も形も見えなくなってしまいましたが
当時 先生方は保険会社のドル箱スター選手でした
ここんところを話し出すと またまた迷走してしまうんで
ここでSTOPして 別の機会に委ねますが
とにかく このコンベンションも“先生”だらけでした
最初に全くの勘違いで
少年たちがブリーフ一丁でダンスしている
どう考えても 特殊な趣味をお持ちの方専用のクラブに
入り込んでしまいました
『誰か 選べ!』と言われて みんな我に返り
ホウホウの体で逃げ出してきました
次に たぶんここが本日の目的だったんでしょうが
怪しげなダンサーのいるクラブに入りました
ほどなく 客一人に女の子一人がくっついてきました
そして この夜 げにもオゾマシイ事件が起こるのでありました
このクラブで・・・・
おい ヤンキ−の憂愁はどこに行った!!!
しばし しばし お待ちを〜
(つづく)
2008.12.16:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
さらばアメリカ−ヤンキ−の憂愁��
私 このブログをアップするとき
下書きはおろか 構想すらなしの状態で
徒然なるままに(いい加減のその場凌ぎで)
書かしていただいております
このブログを毎日チェックしてくださる
コアな(物好きな)ファンは約40人かな?
その方たちは もうおわかりかと思いますが
このブログ あっちこっちに迷走します
もう慣れっこでしょうが・・・
今回も テーマに辿り着くのはいつになるやら
当事者である私でさえわかりません
ま 気長に いい加減に 適当に見ててください
で と
この世の中に
先生と呼ばれる偉い方は五万といらっしゃいますが・・
半世紀以上生きてきた経験から判断させていただくと
“先生と呼ばれるほどの・・・”じゃないけれど
どちらかというと変な人が多い(もちろん偏見です)
別に変でもかまやしないんだけれど
困っちゃうのが 先生の ス・ケ・べ???
さて これが ヤンキ−の憂愁とどう繋がるのか
禅問答の如き難問なれど・・・
乞うご期待!!!
(つづく)
2008.12.15:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
さらばUSA
]
<<前のページ
次のページ>>
保険会社の実像
本音と建前
資産運用の実態
選択の妙
スポ少はつらいよ
すきだったのに・・・
因果応報
バイトの帝王
その他
アンタッチャブル・ゾーン
スターの素顔
転職は天職?
IT劣等生
仕事の中身
あのころほしかったもの
さらばUSA
永遠のマドンナ
告知
ホーム
イノセント
ケータイサイト
プロフィール
インフォメーション
ALL
メモ
メール
Q&A
暦
リンク
地図
ウィキ
特集
プラン
ログイン
copyright/tnw
Powered by
samidare
ケータイサイト
インフォメーション
プロフィール
Powered by
Communications noteβ