FPのひとりごと
FPのひとりごと
ログイン
メモ
ほしい車−現在 過去 未来��
国産車に全然魅力を感じなくなって
はたしてどのぐらいの時間が経過したであろうか
別に外車かぶれしてるわけではないが・・
乗ってみたい!と思う国産車がなくなったのも事実だ
ちょっと前までは ちょっと尖がったやつがいた
RX−7 アルテッツァ スピードアテンザ・・
こやつらも いつのまにか消えていってしまった
残ってんのは ミニバンとHV車と軽だけ
つまんないねー ほんとに
こんな時代だからこそ 個性的で尖がった
時代に逆行するような魅力的な車が見たいねー
でも どうしても選べといわれれば(誰も言わんが・・)
シビックHVのシルバーの3�發�いい
なんと言っても大衆車の範疇だから
フロントは貧乏臭くみえるが バックがカッコいい
BMWのようなラインと後ろに突き出たアンテナがGOOD!
色はブラックだとチャチに見えるがシルバーだと渋い
HVで3�發撚然覆發韻辰海Δ覆發鵑覆里�
その主張を大衆車というベールで押し隠してるところがいい
でも
ほしいか と言われれば ?????
いまある国産車の中では ちょっと魅力は感じるが
積極的に乗りたいと思うのほどの車でもない
ポルシェみたいに“わがまま”なメーカーが好きだが
トヨタみたいに“八方美人”のつまんないメーカーが増えてきた
せめて車ぐらいは わがままな車をわがままに選びたいもんだ
2009.08.23:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
永遠の少年��
稲垣足穂という作家がいた
残念ながら著作を読んだことはないが
週刊誌などに褌姿で現れる怪しいホモのおっさん
そういうイメージが私の中では定着していた
実際『少年愛の美学』という著作もあり
ちょっとデンジャラスな匂いがプンプンしてた
ところが
五木寛之の対談集『箱舟の去ったあと』で
五木寛之と対談している内容を見て
その生き方はかなり破天荒ではあったが
芸術家 作家としては特異な才能を発揮した人であることを知った
紫式部 ナイチンゲ−ル ジャンヌ・ダルク
この人たちはもちろんれっきとした女性で歴史上の“女傑”です
稲垣はこの人たちを“美少年的女性”“A的女性”だという
宇宙感覚がこしらえたのが“A感覚”なんだそうで
こういうふうに来られると もうお手上げですが
でも 女性の中の“少年的”な部分という感覚はよくわかる
私は“生臭い”女が苦手だ
代表選手は叶姉妹 苦手を通り越して嫌悪感になる
あそこまでいかずとも いかにも“女”というのは生理的にだめだ
逆に 木村カエラ とか 椎名林檎 とかの
ボーイッシュで骨っぽい生き方をする女性に魅力を感じる
あれれれれ
稲垣足穂とその辺の感覚が一緒やん
稲垣は14・5歳ぐらいまでは美少年的少女がいるが
そこから文化的なことに繋がっていったり“性倒錯的傾向”の抑制によって
前記3人のような女傑が生まれてくると言っている
当時とは状況が一変してしまい性倒錯のハードルも下がってしまったが
言わんとしてることはよくわかるし 美的感覚は一緒だ
誤解のないように言っておきますが・・・
私は ノンケ・ストレート です 為念
2009.08.15:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
永遠の少年��
私は子供が大好きだ
どこらへんまでを子供というかは
たいへん判断が難しいところではあるが
生まれてから 小学校の低学年ぐらいまでだろう
でも人によっては いくつになっても子供の人もいる
要は年齢に無関係で大人に媚びるようになったらOUT!
私の子供好きは筋金入りだ
小学校の高学年にはもう自分よりちっちゃい子が好きだった
子供好きは徹底していて 自分ちの子もよそんちの子も見境なしだ
これはたぶん母親のDNAのせいだと思う
最近の子供への虐待 特に我が子への虐待など絶対許せないし
動物としての種の保存を脅かすような行為は断じて容認できない
親が我が子を虐待するようになったら もう世も末だ
私は犬と小さい子供にだけは絶対嫌われない自信がある
ポイントはただ一つ! 目線!!
彼らに目線を合わせるだけで 彼らは受け入れてくれる
そして とびきりの笑顔で近づけば もう友達だ!
犬も子供も“大好きオーラ”を感じとってくれるのもあるが
彼らの世界(領域)にすーっと入っていくことが大事!
そうすれば彼らの世界の住人に加えてもらうことができる
彼らには彼らの世界があり よそ者の侵入は固く拒む
それは 泣いたり 吠えたり シカトしたりという行動に現れる
ところが目線を合わせて(低くして)彼らの世界を“感じて”あげれば
ビザを発給してくれるだけでなく すぐに友好条約の締結だ
この特技を若い女性にいかせていれば・・・
2009.08.14:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
ほしい車−現在 過去 未来 ��
ちょうど30年前
大学を出て就職して
横浜の保土ヶ谷の独身寮に住んでいた
寮は横須賀線の保土ヶ谷駅から歩いて20分だったが
山を切り開いて丘にしたようなところのてっぺんにあり
けっこうな勾配をとぼとぼと歩かなければならなかった
その丘は近辺一帯が高級住宅街になっていて
見たこともない邸宅がずらっと並んで建っていた
ほぼ毎日最低一往復はするこの坂道は私にとっては目の保養になっていた
『都会の暮らしっちゅうのはこういうもんなんだ!』 と
きょろきょろしながらぶらついていたのに
よく不審者として通報されなかったもんだ
ここの住宅街ではよく外車を見かけた
ベンツ BMW VW が多かったがこのぐらいなら知っていた
しかし ある日 ある住宅のカーポートで見た外車は衝撃的だった
初めて見た車であったが流麗なフォルムでめちゃカッコよかった
人目で好きになり 近寄って車名をみてみると“OPEL”
OPEL!? なんじゃそりゃ? 全く知らないメーカーであった
たぶん“セネター”だったと思うがカッコいいだけでなく
横浜という街に 高級住宅街に ピッタンコはまっていた
あの車が 我が田舎にあっても浮きまくるだけで似合わない
横浜の丘にある高級住宅街でこそ燦然と輝くのであった
その後 OPELのことをいろいろ知るにつけ
憧れも購買欲も徐々に薄れていってしまったが
あの衝撃の出会いだけは一生忘れられない
2009.08.12:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
ほしい車−現在 過去 未来 ��
ホンダN360通称『Nコロ』には思い出がある
ホンダというメーカーはときどきバーンと
エポックメーキングな車を作り出し世間を驚かすが
このN360も正にそんな感じだった
なんつっても車価が安かった(と記憶している)
現在でいえばインドのタタ自動車の『ナノ』みたいなもんだ
自動車が“マイカー”に一気に近づいた立役者だろう
N360の360はエンジンの排気量だ
つまり排気量360ccのエンジンを搭載していたわけだ
360ccといえば400ccのバイクのエンジンより小さい
そんな空冷の小さいけれどもブンブンとうるさいエンジンで
小型で当時はユニークなフォルムのボディーを引っ張っていた
なんでこの車に思い入れがあるかというと・・
私の親父は40代も半ばになって免許を取った
そして初めて購入した車がこのN360だったわけ
中学生だった私と家族を乗せて早速初ドライブに出かけたが
真夏なのに当然クーラーなどついていないからクソ暑い!
で 窓を開けるとエンジン音がうるさくて排気が臭い
もういい加減へろへろになってるところで
けっこうな坂道に出くわし オーバーヒートでエンスト
真夏の陽炎揺れるアスファルトの炎熱地獄で右往左往
いやー散々な目にあった我が家の初ドライブ
忘れられるわけがない!
あれから親父が一生懸命誘っても
誰もNコロに同乗しなくなったのは言うまでもない
悲しきかな Nコロ
2009.08.11:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
山口百恵のすごみ
中3トリオといって
『あー−!』と頷ける方は
年齢でいうと40代後半以降の方?
桜田淳子 森昌子 そして 山口百恵
私は3人ともルックスも歌も好きではなかったが
この中3トリオはけっこう当時は人気があったと思う
この3人 その後の人生は全くバラバラ 人生いろいろ!
桜田淳子は宗教にはまり込んで教団が選んだ人と結婚 その後は???
森昌子はいまだに歌手として現役ではあるが 離婚してたいへんそう?!
山口百恵だけが人気の絶頂期に引退・結婚して普通の妻・母・主婦に
山口百恵 独特の雰囲気を持つ少女であった
私生児で母子家庭 当時なら“薄幸”を“ウリ”にしてもおかしかないのに
そういうプロモーションを一切せずに毅然としていて世間に媚びなかった
表情は豊かではなかったし 歌唱力もそれほどではなかったが
表現力は人並みはずれて豊かで 情念を感じさせるような歌手だった
宇崎竜童 阿木よう子 とのコンビによるシリーズは秀逸だったねー
他の二人が落ち目になっていっても逆に彼女の人気はじりじり上がり
引退前は“歌謡界の女王”といっても過言ではなかった
それが映画で共演して“初めての男”であった三浦友一と結婚して
引退興業は派手ではあったが さっさと引退してしまった
そしてその後はカムバック説が出ては消えていったがガセねたで
芸能界には1mmたりとも立ち入らない絶縁状態のままでいる
彼女は芸能界のことも自分のこともよく知っていたんだと思う
芸能界は富と名声を彼女にもたらしてくれたが
彼女が安住の地とするような場所ではないことを
そして 自分は選ばれし者ではあるが
時の経過による風化が容赦なく襲い やがて惨状を招くことを
当時は山口百恵にまったく関心がなかったが
こつまんない事件が世間をにぎわしたり
“昔の名前”で芸能界に必死で食らいついて
コメンテーターという“壁紙の模様”になっている連中を見ていると
あらためて
山口百恵っちゅうのは すごい人やったんやなー と思ってしまう
2009.08.10:
tnw
:
コメント(0)
:[
メモ
/
すきだったのに・・・
]
<<前のページ
次のページ>>
保険会社の実像
本音と建前
資産運用の実態
選択の妙
スポ少はつらいよ
すきだったのに・・・
因果応報
バイトの帝王
その他
アンタッチャブル・ゾーン
スターの素顔
転職は天職?
IT劣等生
仕事の中身
あのころほしかったもの
さらばUSA
永遠のマドンナ
告知
ホーム
イノセント
ケータイサイト
プロフィール
インフォメーション
ALL
メモ
メール
Q&A
暦
リンク
地図
ウィキ
特集
プラン
ログイン
copyright/tnw
Powered by
samidare
ケータイサイト
インフォメーション
プロフィール
Powered by
Communications noteβ