FPのひとりごと
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海にいきたいよー つづき
砂浜には 青春のドラマがいっぱい埋まっている
女の子を海に連れて行くなら 断然 秋だ
優しい浜風に吹かれながら 並んで砂浜を歩き
流木に座って見る海の夕日は 格別にロマンチックだ
日が落ちかかってきて ちょっと寒さが身にしみれば
着ていたトレンチコートを彼女の肩にそっとかける・・
なにっ ベタだって!? いやいやそこがいいんだって!
これ 冬では 鼻水がズルっと出てしまうし
春の陽気では ここまでムーディーにはならないし
夏では 鼻血の方が出てしまう・・?
学生時代 親友と先輩とで海に行った
この先輩が かなりの曲者であった
“かっこつけ”なのに 短足で皮肉屋だった
憎めないところはあるのだが とにかく“うざかった”
3人で浮き輪をベースに ちょっと沖まで出てみたら
先輩クン 浮き輪から まったく離れようとしない
ははー こやつ カナヅチだ とピンときた
そこで
『みんなで 飛び込もうぜ!』 と言って
まず 俺と親友が海に飛びこみ 先輩を手招きした
嫌がってはいたが 場の雰囲気で 彼も飛び込んだ
その瞬間であった
俺と親友はアイコンタクトで浮き輪を彼からグングン遠ざけた
先輩クン それを見て 慌てふためき 海中をもがきはじめた
ただでさえ短い手足をバタバタと振り回し苦悶の表情を浮かべた
なんとか浮き輪につかまろうとすると またちょっと遠ざけたりした
いやー 笑った笑った 心の底から大笑いした
だって 日頃の彼の面目が丸つぶれなんだもの
えっ 残酷だって! いやいや 青春は残酷なものなの!・・?
その日以来 彼は私と目を合わさなくなった 当然だろう
しかし 俺もワルいけど 我が友もワルよの〜〜
2011.07.23:
tnw
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すきだったのに・・・
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海にいきたいよー
昨日今日と “秋かよっ!” みたいだ
過ごしやすいのは そりゃあいいんだけれど
この天気って 一体どうなってんだろうねー・・
こんでまた猛暑がやってきたらカラダがもっちましぇーん
しかし
この時期になると カラダが疼く 海をもとめて
学生時代 アパート選びの第一条件は“海の近さ”だった
どのアパートも バイクで海まで5分以内の“優良”物件だった
(その他の条件は すべて劣悪の物件だったが・・)
学生時代は 一年中というか ほぼ毎日 浜で海を見ていた
5月から10月いっぱいは バイクでスポットを探しては海中にいた
Tシャツに海パン(in 短パン)&ビーサンで(良い子はやっちゃだめだよ)
ナイススポットを見つけては海に入り バイクの風で体と服を乾かした
台風で高波が来て 真茶っ茶の海でも全然平気だった
何回も潮に流されたが 潮の流れを読んで 遠回りして浜に戻った
3時間ぐらいは海に浸かっていても平気だったが
いま思えば 死ななかったのが不思議だ
友達から“デンスケ”を借りて波音を録音し 毎晩聞いてから寝た
波の音を聞いていると なぜか心が落ち着くのだった
そのテープも 友達に貸してからもう戻ってはこない
嗚呼 誰もいない海で 一人いつまでも波と戯れていたい
かなわぬならば せめて 海に散骨してほしい
まったく意図していなかったのに 最後は湿度が急騰した
これでは 精神衛生的によくない?ので 私らしく締めたい
『散骨は何個?』
『うーーん サンコ(ツ)まで!』
2011.07.22:
tnw
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すきだったのに・・・
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幻の“お誕生日会”��
子供の頃の“渇望のトラウマ”というのはケッコー引きずるもので
大人になると それは“還らぬ夢”となり 思いは却って募る
私は高校時代の末期まで 恋愛に関しては不遇の時代をすごした
よって セーラー服の女子と肩を並べて歩いた経験がほとんどない
なので セーラー服に対する執着が異常に強く コスプレに走っている・・
などということは勿論ないが(←ホントにないのかって!? たぶん・・)
もし中学・高校時代に戻れたら・・ などという(アホな)還らぬ夢がある
小学校の頃の“お誕生日会”もトラウマ→還らぬ夢 だ
だって 呼ばれて 持っていったプレゼントは幾多もあれど
ご招待して もらったプレゼントというのが1個もないんだぜ
せこい!? そう言うなかれ
誰だって もらったプレゼントを開ける瞬間ってたまんないもんでしょ
それを味わわせるだけで 味わったことがないんだもの そうなるって
で
いつの日か 自分の好きな人だけを集めて
還らぬ夢である“お誕生日会”をやりたかった
今回旗揚げした“TEAM-WATANABE”
発端は 単なる“飲み会”だったのが
開催が延び延びになったことで参加者が増え
それは結局 私の好きな人が増えていったことだったわけで
結果的に夢だった“お誕生日会”を開催したようなことになった
江戸の敵を長崎で討った??わけで 嬉しくてたまらない
昨日 密かにまた会員を2人増やした(当然 女子2人)
おやぢ殿に 女子会に乱入した迷惑親父どものように言われた
なんて失礼なことを言うんだろう とんでもない 許せない!!
でも
ますます そういう傾向に染まっていくことを否定できない自分が怖い
2011.05.18:
tnw
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幻の“お誕生日会”��
私がまだ小学生だった頃 “お誕生日会”なるものがあった
自分の誕生日に仲のいい友達を呼んでやるミニパーティーだ
呼ばれると“ただの友達”よりちょっと上にランクされた感じだった
相手は男の子なんで(残念ながら女の子によばれたことはない・・)
プラモデルなどをプレゼントに仕込んで“お呼ばれ”した
呼んだ方は ケーキ類 お菓子 ドリンク などでもてなしてくれた
(だいたい昼またぎの夕方までなので カレーなどもよく出てきた)
呼んだ 呼ばれた 呼ばれない というのは小学生にとっては大問題だった
“呼ばれて当然!”もあれば
“え゛−−呼ばれないの!!”もあれば
会場で出くわして“なんで あいつが!?”みたいなのもあった
小学生の男の子にとっては ちょっとした社交場だった
で
私の誕生日は 1月11日だ
正月の松の内が10日までだから その直後ということになる
しかも この時期は まだ冬休みの真っ最中ということになるわけで
“お誕生日会”の開催日程としては最悪の時期ということになる
実際 私のお誕生日会は一度として開催されたことはない
(私が“クラスの鼻つまみ”なので呼んでも来なかったのではない 為念)
しかも正月の宴の直後なので家族にさえまともに祝ってもらったことはない
(ちなみに 姉は1月12日生まれで 私と全く同じ境遇だった)
私には これがトラウマになっていたのだ・・
2011.05.17:
tnw
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すきだったのに・・・
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スキーは楽し・・かったのか?��
スキーシーズンが来て 休みになると
母親が作ってくれたおにぎり二個を持って
朝から暗くなるまで横森スキー場にいた
我が家から横森スキー場までは
直線距離で優に4〜5Kmはあったので
当時 ゲレンデまでのアクセスはバスが主であった
でも一日数本しかないバスは当然ながら不便なわけで
子供ながらにアクセスの方法を一生懸命考えていた
リュックを背負ってスキーを担いでゲレンデまで歩くのは
できないことではないが 滑る前にへばってしまう
雪のコンディションがいい日はスキーでそのまま往復した
いまどき路上をスキーで滑っている人を見ることはないが
(というより そういう道路状況ではなくなってしまったが)
小学校のスキー授業なんかでは普通にスキーで通学した
運良く堅雪の日なんかは どこもかしこも滑走可能なわけで
田んぼも畑も他人んちもかまわずに直線距離で往復した
困ったのは雪解けが始まった頃だった
道路に雪がなくなると さすがにスキーでは行けなくなる
で どうしたかというと“自転車で”行った・・のだった
誰に教わったわけでもなく 必要に迫られて自分で考えついた
自転車にスキーをヒモで横付けして自転車を引っ張った
スキーが邪魔で?直進しかできずコーナーは難儀だった
いま自分で当時を思い出しながらアップしているが・・
リュックを背負ってゴム長靴を履いた少年が
自転車にスキーをぶら下げてエッチラオッチラって・・
いやー これ かなりシュールな画だよねー 我ながら
同世代にさえ絶句されたが さもありなんだ
こうまでして執着したスキー
なのに・・・
高3以来ほぼ36年間スキーを履いたことはない
2011.02.14:
tnw
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スキーは楽し・・かったのか?��
今年の雪の降り方は 我が幼少期を思い起こさせるが
それはやはり同年代の方にとってもご同様のようで
先日は 同年代の人と昔の冬の遊びの話で大いに盛り上がった
しかし話題がスキーに及んだとき
なぜか話がかみ合わなくなってしまった
というより
『え゛ー なに それっ!』
と思われたんだろう たぶん
スキーが冬の遊びの中心だったことは間違いない
でも裏を返せば 他に遊びがなかったということだ
だいたい 火鉢と炬燵以外ろくな暖房機はなかったから
家の中にいても 外との温度差は5℃もあったかどうか
朝起きると 掛け布団の息のかかる部分が凍っていた
なんていう いまでは絶対信じてもらえないことが普通にあった
それでもとりたてて寒いなどと思ったことはなかったが
外で体を動かしている方が体感温度はぐっと上がった
最近は過保護であまり聞かなくなった“子供は風の子”
これを親に都合のいいように使われ
宿題が終わると 『スキーに行っといで』 と言われた
まあ 体のいい“厄介払い”ってなとこだ
ここいら辺は 雪国なのに ろくなスキー場がなかった
今と違い 移動手段もかなり限定的だったので
近場で“チマー”っと滑っているしかなかった
小学校低学年の頃は なんと川原の土手を滑っていた
スタートしてほんの数秒で滑走は終わってしまう
ターンもへったくれもないのであるが
それでもそれなりにスキーを満喫しているつもりだった
小学校高学年になると
“スキー場もどき”にも出没するようになる
我が思い出の『横森スキー場』だ
2011.02.12:
tnw
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