FPのひとりごと
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好きだったのに−萩原健一��
傷天のショーケンは
とにかく理屈抜きでカッコよかった
当時 貧乏学生の身分では
どんなに背伸びしても手の届かなかった
人気ブランド『メンズ・ビギ』を
パリッと 着こなして
ブラウン管の上を所狭しと
暴れまわっていた
傷天は キャスティングも
今考えれば なかなかエキサイティングだった
ショーケン 水谷豊は もちろんだが
脇を固めていたのが
岸田今日子 岸田森 西村晃 船戸順・・・
ゲストもすごかった 覚えているだけでも
緑魔子 金子信雄 中山麻里 吉田日出子 桃井かおり・・・
もう二度とそろわない名優・怪優のオンパレード
キャスティングだけでも ぞくぞくする
当時は 全然知らんことだったが
スタッフも すごいメンバーだった
脚本は 市川森一他だが 監督は
深作欣二 工藤栄一 神代辰巳・・・
こりゃー すげ−もんができるわなー
確か この番組は『俗悪番組』のレッテルを貼られて
世の顰蹙を買っていた と記憶しているが
“そんなの関係ねー”若者には“バイブル”だった
今の若い人が見たら どう思うんだろうねー
時代の感性みたいなものって やはりあるんで
なんとも思わん人もいるんだろうが
あの時代に あの若さで あのキャスト・スタッフで
そして稀代のカリスマ ショーケンで・・・
奇跡的な接点・調和があって
あんな名作が できあがったんだろうねー
(つづく)
2008.11.07:
tnw
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好きだったのに−萩原健一��
名作『前略おふくろ様』で
“半妻”を演じた室田日出男が
雑誌で こう書いてるのを見たことがある
『彼が挑みかかってくる 怖い位に
こっちがそれにこたえられない
そうすると途端に 手を抜いてくる
おそろしい俳優だ・・』
なんせほんとに昔に見た雑誌の記事なんで
正確な表現ではないでしょうが
ニュアンスは まちがってないと思います
室田日出男という俳優も存在感に溢れる人で
脇役に回って 個性と実力を発揮する人でした
その実力派俳優に ここまで言わせる
それが しらけ世代のカリスマ
萩原健一 ショーケン でした
最初は GSテンプターズのボーカルでした
GSはグループ・サウンズの略称ですが
とってつけたようなネーミングでわかるように
おそろいのユニフォームを着た“歌謡曲歌唱団”でした
そのころのショーケンは 十分エキセントリックでしたが
若い女性にキャーキャー言われるだけの存在で
なんの興味も関心も ありませんでした
次に『太陽にほえろ』の“マカロニ”役で
俳優でTVデビューしてきました
『太陽にほえろ』の“安直なつくり”がいやで
ほとんど見ていなかったので
浮いてるな とは思いましたが
やっぱり どうでもいいことでした
(松田優作もやっぱり浮いてました)
それが昨日も書いた『傷天』と『前略おふくろ様』
これで がらっと見方が変わってしまいました
“修ちゃん” “サブちゃん”
いまだに 我が青春のヒーローです
(つづく)
2008.11.05:
tnw
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好きだったのに−水谷豊
『相棒』で
TVや映画で大活躍中の水谷豊
40代以上に人気があるのはわかりますが
若い人にも人気があるってのはよくわかりません
私?
相棒なんて まったく見たいと思いません
なぜ?
出会いは『○○バンパイア』みたいな
みょうちくりんなTV番組だったと思います
何が みょうちくりんかというと
水谷豊少年演じる主役がバンパイアに
変身しているときだけ 実写がアニメになりました
30数年前? いやもっと前かな?のことですから
CGはおろか 特撮の技術すらなかったんでしょう
その番組の水谷豊は 目に力があったし
みずみずしい演技って言ったらいいのか
表現に困りますが とにかく存在感がありました
その頃(私が中学生)から注目はしていたんですが
その後 大学生になるまで お目にかかることは
ありませんでした 残念ながら
大学に通い始めた頃 あの有名な『傷だらけの天使』が
夕方 再放送で 放映されていました
山形ではリアルタイムで見らんなかったので
授業もそっちのけでアパートに帰り
テレビにかじりついて 見ていました 『傷天』
傷天は 萩原健一が主役で 水谷は脇役でした
ショーケン(萩原)がまあとにかくカッコよくて
私は はまりにはまってしまいましたが
修ちゃん(ショーケン)の子分の亨(アキラ=水谷)も
おもいっきりバカでなさけない男の役なのに
ショーケンを立てながらも いい味出してました
亨; 『アーニキー− アーニキー−』
修ちゃん;『金魚の糞みて−についてくんじゃねーよ』
ショーケンも水谷も若く
見ているこちとらも 若い
だからってことも 大いにあるんでしょうが
あんなに夢中になって見た番組はなかったねー
個性的な配役とアングラ芝居みたいなストーリー
それと時代の雰囲気も手伝って・・
あのときの水谷豊を
若くて とんがってて ギラギラしてて
どこかに狂気を孕んでいて やるせない
そんな水谷豊を 見てしまった・・
ショーケンは 良くも悪くもまだそのまま
なんとも言いようがないが
水谷豊 何してんだよ オマエ!
万人受けするような くさーい芝居をして
昔を知らん人は騙せても おれらは騙されんぞ
草葉の陰で 親友だった松田優作が泣いてるぞ!
*大好きだった蘭ちゃんと結婚したから
悔しくて書いてるわけじゃない!
でも ちょっとはある・・
(つづく)
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2008.11.04:
tnw
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カリスマの凋落−ソニー生保��
我々の世代(around 50)では
ソニーというブランドは別格でした
今でも知る人ぞ知る『デンスケ』は
ま 高級なテープレコーダーですが
当時は 手の届かぬ“高嶺の花”でした
そのソニーが・・
ゲーム機を売っちゃ−だめだよ 絶対!
ブランドイメージは完全に崩れ
私の中では“ONE OF THEM”
に なってしまいました
本体の不振が影響したわけではないんでしょうが
ソニー生保も 一時の輝きを失いつつあります
私 生保の募集も 業務の一つとして行ってますが
取扱保険会社の中に ソニー生保は入っていません
一部の商品には興味があったので
代理店向け説明会に出てみたことがあります
私の経験から言えば 保険会社というところは
大きくなればなるほど 勢いがあればあるほど
我が道を行く→わがまま→傲慢になっていきます
大手損保に在籍→退職して よーくわかりました
自社ブランドに自信があればあるほどその傾向が強くなります
そして そういうところは自信があるが故に
募集人(代理店)を囲い込もうとします
言い換えれば自社の“専属”代理店であることを
直接 間接に求めてきます
要は 『他社の商品など売る必要はないだろ!』
という自信 過信 傲慢 の裏返しです
メーカーとして商品供給だけに徹するということが
高いプライドがジャマしてできないんです
でも これはエンドユーザーである契約者にとっては
非常に 迷惑な話なんです
例えば わが社にお客様が来社して
とにかく〈・・・・・〉という条件で一番安いものを!
と 要望されても1社だけの取扱では比較すらできません
お帰りいただくか ごまかすか しか方法がありません
びっくりしたことがあります
『逓増定期保険』という法人向けの商品がありました
過去形ではなく いまでもあることはありますが・・
“節税”商品の一種で 中小企業に爆発的に売れていました
正直 当時は合法的な販売方法ではありましたが
国税にとっては 目障りな“グレーゾーン”商品でした
売れまくっているとき ソニー生保だけは扱ってませんでした
当時は どういう意図でそうしたのかは外部からは不明です
が 最前線の販売部隊は『ない』としか言えず
法人顧客の前で さぞ切ない思いをしたことでしょう
ところが その後 立派な逓増定期を出してきました
『ほー』と思って知合いのソニー生保代理店に聞いてみました
『やっと 出たねー で どんな感じ?』
『んなもん 絶対売らねーよ!!』
『????』
聞いてビックリ!
保険の代理店というのは 保険募集の媒介をした際
いただいた保険料の○○%という形で“手数料”を収受し
それが その代理店の売上になるんですが
ソニー生保は逓増定期の手数料率を“1%”にしたんだそうです
部外者にはわからないでしょうが これ ありえない話なんです
他社の数十分の一のレベルです
これでは 労多くして益なしで 誰も募集などしません
とりあえず ラインナップだけは整えておこうという
別に 募集代理店の営業効率なんざどうでもいい
という 一種の驕りとしか思えません
語るに落ちるとは まさにこういうこと!
んんーーん・・・
出井さんがCEOのとき
身売りしようという動きがありましたが
先見の明があった と私は思うんですが・・・
(つづく)
2008.11.01:
tnw
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カリスマの凋落−ソニー生保
私が損保の社員だった時に
日本版金融ビッグバンが始まりました
外圧(米国←AIG)によるものでした
保険でも子会社方式による
生保・損保の相互参入がOKになり
各社が積極的に取り組みました
やらなければ やられてしまうという
危機感があったことも事実です
東京海上は 生保参入にあたり
当時異彩を放っていたソニー生保に
注目しました(もう1社プルデンシャルも)
ソニー生保は CMジャブジャブのイメージ戦略と
外務員(○○ちゃん部隊)の『G・N・P』攻撃が
当たり前だった生保業界に 風穴を開けました
G・N・Pは“義理・人情・プレゼント”のことですが
そういう保険の本質と無関係なものを排除し
ヘッドハンティングで優秀な人材を集め
更に徹底した教育とマーケティングで
首都圏を中心に“コンサルティング営業”を展開
瞬く間に 生保でもソニーブランドを築いてしまいました
さすが 世界のソニー!と感服したものでした
ソニー生保を範とした“東京海上あんしん生命”は
設計システムも営業方法もソニー生保に酷似していました
(ま 平たく言えば 『パクリ』)
普通なら“のれんむしり”とそしりもするんでしょうが
当時ソニー生保は 歯牙にもかけませんでした
まあ 当時ソニー生保のライフプランナーといえば
リクルートの花形で 燦然と輝いていましたし
ビジネスモデルは 完璧でしたから
それも むべなるかな
それが・・
本体も輝きを失うと同時に・・
(つづく)
2008.10.28:
tnw
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カリスマの凋落−グリーンスパン
『好きだったのに・・』シリーズと
かぶるような気がしますが・・
ま いいか
前FRB議長のグリーンスパンほど
そのカリスマ性が乱高下した人も
いないんじゃないでしょうか 最近では
議長時代は その発言一つで
世界の株価が 影響を受けるほどでした
市場は 氏の発言を待ってから動く
そんな感じさえするほどでした
氏の功罪
今となっては“功”は吹っ飛んでしまったが・・
確かに 数度の金融危機を乗り切ってはきました
が
低金利政策を積極的に推し進めることで
住宅バブルを発生させ さらに加熱させ
元凶であるサブプライムの増殖を止められなかった
米国発の市場放任主義を積極的に追認し
加熱する証券化やデリバティブ取引を黙認してきた
ある意味 米国の“イケイケ”金融政策の象徴!
氏は最後まで自らの過ちを認めなかった
それが・・
『過ちを犯した』と自ら認めました
んーーーん
潔いといえば そうなんだろうけど
いまさら謝られてもねー
それでなんとかなるようなレベルじゃないよ
今回の金融危機で世界が喪失したマネーは
“兆”の位では足らんでしょう ”京”??
取巻きや ちやほやしたマスコミも
一蓮托生だけどね
グリーンスパン君 あんた
金融政策の“スパン”を間違えたね
『うまい! 座布団1枚!!』
(つづく)
2008.10.27:
tnw
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