FPのひとりごと
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メモ
朝日ジャーナル
学生時代
ちょっと左翼系の学生は
『右手にジャーナル 左手にパンチ』
これが正統派のスタイルでした
ジャーナルは『朝日ジャーナル』
パンチは『平凡パンチ』
中身は違えど どっちも尖がってました
朝日ジャーナルは朝日新聞系の雑誌でしたが
新聞よりも2〜3歩は左側のポジションでした
朝日新聞系の雑誌は いまは『AERA』ですが
名前も中身もポジションも購買層も全く別物でした
私は 半分は共感で あとの半分は“スタイル”で
毎号購買しては 読みふけっていました
当時の私には 半分も理解できればいい方でした
難解なのは勿論ですが 思想的背景がよくわかりませんでした
でも おかげさまで 物事を左側から見る習慣がつき
中年になるまで=東西冷戦が終結するまで
そのくせは 治りませんでした
今思えば 偏狭な視野だったと反省していますが
一つのスポットライトで世の中を見る明快さと危うさ
両方を 図らずも思い知らされることとなりました
2009.03.18:
tnw
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メモ
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すきだったのに・・・
]
ランナーズ・ハイ
東京マラソン いいねー
東京のど真ん中を走れるなんて
長距離ランナーにとっては
夢のようなことなんです
青梅マラソンもいいんだけど
ロケーションがこの辺とかわらないんで・・
障害者になる前は
5kmのロードレースからフルマラソンまで
幅広くエントリーしては完走してました
フルは通産で8回ほど走ったけど
最初のレースが忘れられません
地元で唯一のフルマラソンにエントリーしたのは
レースの2ヶ月前でした
そこから ほぼ毎日練習しました
平日で10〜15km 土日で40〜50km
レースの前には そこそこ走れるようになって
本番を迎えました
初レースですから高望みせず完走を目指しました
が スタートするとアドレナリンが出てきて
いつのまにか練習のペースより速いペースで走ってました
なので 折り返し点を過ぎてからは
明らかにペースダウンしてしまいました
そこからは完全に“完走モード”に切り替えましたが
時既に遅しで かなりのスローペースになってました
ところが
30kを過ぎたあたりから
我が体に異変が起きました
なんだかよくわからんのだけど
とにかく 体がフワッと軽くなったんです
それまでの膝や太股の痛みも全くなくなりました
なにか“体内麻薬”的なホルモンが分泌されたんでしょう
それまでとは 完全に別のアスリートになっていました
いやー それをいいことに走った走った 抜いた抜いた
おおげさではなく 4・50人は抜きました
気分がよかったねー もう心はヒーローでした
そうか これが あの“ランナーズハイ”か
もう このまま このペースでつっきっちゃおうと思いました
ところが
好事魔多し・・
35k過ぎから 足がパタッと止まってしまいました
足が鉛のようになって動かないんです 全然
『なんじゃ こりゃー!』てな感じでした
ランナーズハイかよ なんて その気になってたら
いわゆる“35kの壁”にぶち当たってしまったんです
この反動は ほんとにひどかった
ゴールまでの7kmの長いこと長いこと
ほぼ歩くのと同じようなペースで足だけは動かしてましたが
さっき抜いた4・50人にすっかり抜き返されてしまいました
なんとか ゴールには辿り着きましたが
こんなにきついレースは後にも先にもこのときだけでした
どんなレースにも その人なりのストーリーがあるものですが
私にとっての初フルマラソンは 人生同様起伏にとんだものでした
2009.03.13:
tnw
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メモ
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すきだったのに・・・
]
好きだったのに−雀球
雀球!?
知らない人がほとんでしょう
“雀”は麻雀の雀
“球”はパチンコの球(玉)
要するに麻雀とパチンコのコラボ
パチンコ台と同じ形をした盤面に
“手打ち”でパチンコ球を打ち込むんですが
盤面の一番下に 麻雀パイが書かれています
順番はもう忘れてしまいましたが
字牌 マンズ ピンズ ソーズ・・・
順序良く並んでいます
ここに玉を打ち込んで 麻雀の役を作っていきます
麻雀というのは上がりの形によって“ハン数”がちがい
役を重ねれば ハン数も上がり 得点も多くなります
雀球もこれと同じで ハン数に合わせてメダルがもらえました
ただ 四暗刻(スーアンコウ)は役マンで
麻雀では 最高得点になるのですが
雀球では 出やすいので メダルの枚数は抑えられてました
麻雀もパチンコも好きで 暇を持て余していた学生時代
よーく 雀球をやってました 大好きでした
だいたい パチンコもそうでしたが
手打ちですから 自分のペースで
じっくりと 遊べるわけです
千円もあれば 優に2時間は遊べました
メダルは いまのパチスロ同様 換金できましたが
そんなことより 純粋にゲームとして好きでした
当時でさえ けっこうマニアックな遊びでしたから
いまは 絶滅しちゃったんでしょうねー
さびしいなー・・・
当時遊びながら ホールの担当者を
驚異と尊敬の眼差しで 見ていたものでした
上がりが出ると 担当者を呼ぶんですが
上がりのハン数(メダルの枚数)を絶対間違わないんです
上がった方は 必死に時間を掛けて数えるんですが
彼らは 瞬時にカウントし ガシャガシャ・・・と
正確にメダルを 排出しました 名人芸です
ごくごくたまに 複雑な役を見落とすことはありましたが
それを指摘すると ちょっと余計にメダルを出してくれました
なんか『やったー!』てな感じになったものです
どこがスマートだかわからない“スマートボール”とか
なにをアレンジしてんだかわからん“アレンジボール”とか
当時の遊びは マニアックなのに味のあるのが多かった
絶対復活しないことがわかるだけに
なんだかやけに 懐かしいねー
2009.03.03:
tnw
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すきだったのに・・・
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デジャビュ
デジャビュ
あれ! これ前に見たことあるぞってやつ
私の場合 風景ではなく“人”が多い
特に クライアント
どっからどう考えても初対面なのに
絶対どっかで以前遭ってるよ この人って体験
これが めちゃめちゃ多い
で 不思議なことに そういう人とは
それが縁で 長〜くいい付き合いをしている
前世で仲がよかったのかどうかはわからんけど
なにがしかの 因縁めいたものは感じる
こどものころ
よく おもちゃ屋の夢を見ました
これが いつも同じ おもちゃ屋でした
当時 おもちゃ屋といえば 量販店なんかなかったから
“江口”か“丸三”に行くわけですが
丸三が好きでした でも ちょっとちっちゃいよね あそこ
だから 見たのかは わかりませんが
私が見た おもちゃ屋は2階建てでした
入り口があって すぐ右手に階段がありました
ホビー指向のおもちゃ屋で 商品が溢れかえっていました
そんなにばかでかくはないんですが
子供が 1日中遊んでいくには十分の広さでした
そこには ほしい物は なんでもあるんでした
ウキウキ ワクワク そんな夢でした・・
学生時代
デートコースの一つに“白山公園”がありました
白山神社だかがあって その周辺にある公園でした
わりと雰囲気のある一帯だったので 好きなスポットでした
そこの裏側に“白山通り”があったんですが
ある日 そこを歩いていて 遭遇してしまったんです
あの 夢の おもちゃ屋に!!!
外観も 中の様子も なにもかもが夢で見たまんまでした
びっくらこいて 白日夢?!かと思ってしまいました
あるんですねー こんなことが
もう彼女のことなどほっぽって 端から端まで
夢中で見てまわりました
それ自体が 夢のような体験でした・・・
2009.02.22:
tnw
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すきだったのに・・・
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飛ぶ夢��
いままで 30年以上も
いろいろなところを飛び続けてきました
でも なぜか近場が圧倒的に多いんです
飛べるんだから アドベンチャーすりゃーいいのに
まるっきりのローカルエリア=生活圏が飛行区域なんです
これ 冷静に考えると
ままならぬ人生というか日々の生活に対する
フラストレーションが見させた夢だったんだろうねー
小学校の第一校舎の渡り廊下を
自分だけ スイスイと座位で飛んでいたり
2階の校舎の窓から 斜めにスーッと飛んでみたり・・
やりたいことがあるのにできない
目立ちたいのに目立たない みたいな“現場への不満”を
夢で晴らしていたんでしょうねー 自分なりに
でも この夢 見てる間は ほんとに気持ちがいいんです
開放感と爽快さと優越感と浮遊感とが ないまぜになって
だから ずーっと見ていたいんですが
でも 内容を覚えていると言うことは
起きる寸前っちゅうことなわけで
あっという間に 目が覚めてしまうわけです
起きた直後は まだ現実に戻れず
半分ぐらいは 飛べる自分がいるわけです
しかし 時間の経過とともに 無理やり現実に引き戻され
飛べない 重力には絶対勝てない自分に気づくんです
このときの 無力感 脱力感 は並大抵のもんじゃありません
朝なのに 精神的にぐったり疲れてしまいます
でも
学校へ行く頃になると 思い出してニヤニヤしてました
あの“スッキリ感”が忘れられず また見たくなるんです
ままならぬ人生の “ガス抜き”だったんでしょうねー
そういえば パラグライダーでほんとに空を飛んでからは
しばらく 空飛ぶ夢見なかったなー
2009.02.19:
tnw
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飛ぶ夢��
飛ぶ夢が
心理学的な分析で
どういう心理状態を
表してんだか まったくもって
???ではあるが
中高年真っ盛りのいまでも
ときどき“ジャンパー”になっています
最近 出没する場所は
どう考えても意味不明の場所です
東京の国分寺には 6年ほど住んでいましたが
その国分寺のJRの駅とおぼしきロータリーがあって
その右側に 小金井に抜ける街道が伸びている
そこを 低空で飛んでいるんです・・
現実に そんなロケーションはないんですが
なぜか そこに飛んでいきます
で たまに その“小金井街道”を
逆の方向から 国分寺に戻ってきたりします
まー 愉快でも不快でもないんでいいんだけど
どんな深層心理が働いているのか 興味はある
最近よく見るのは 長井の本町界隈
特に三浦屋から西にのびる労金のある通り
ここに 見たことのない建物があって
それを見ながら 西に飛んでいく
そういう夢を 何回か見ました
なんなんだろーねー わけわかりません
(つづく)
2009.02.15:
tnw
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