FPのひとりごと

FPのひとりごと
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   寺山修司

ヤバイねー このおっさんは

中年以上の方なら
タモリがTVで形態をマネしていたんで
ちょっとは記憶の片隅にあるんじゃないかと思うが
青森弁まるだしで 競馬放送の解説などをしていた
しょぼくれた 田舎のおっさん にしか見えないんだけど・・
私には 存在が過激で切先が鋭角的すぎて 蓋を開けることさえ憚れた
日常をなんとか打破したかった青春時代なのに
このおっさんの世界に入り込んだら自分の存在さえ打破されてしまう
本気でそう思い 意識的に“接触”を避けていた そんな存在
でも その存在を常に意識し続け 結局は大きく影響を受けた我が人生 

何者か? と問われれば
異才の詩人 スピードと鋭角的であっても様式美を持つ感性の詩人(歌人)で
至高の異空間 劇団《天井桟敷》の主宰者であり
非モラルを平準化して 常態化してしまう哲学者
ごめんなさい 私如きでは とても表現し切れません

だいたい その著作が

『家出のすすめ』  『書を捨てよ、町へ出よう』

こうこられちゃ こっちはもうどうしようもないじゃない
“わかっちゃいるけど やめられない そーれ・・・”てなもん
自分を完璧に見透かされて もう否定のしようがない
それが故に 完全に融合することによって瓦解していく自分が怖い
完璧な教義を持つ宗教なのに(だからこそ)帰依できない
と言ったらいいのか んんんん・・・ わかってくれ!

三島由紀夫との対論のテーマは

 抵抗論−エロスは抵抗の拠点になりうるか   だぜ!

ぶっ飛んじゃうよねー

                   (つづく)



物事は将来の“果実”を
頭の中に想定しだすとろくなことはない
いわゆる『欲を出す』とか『欲をかく』っちゅうやつね

9フレまでストライクということは・・・
計算してしまったんですねー スコアを
もうその段階で200を越えていましたし
あと3つのストライクでパーフェクト パーフェクト!?
そこまでは“純粋な闘争心”だけでプレーしてたのに
よこしまなものがスネークインしてきて
心が千千に乱れてしまっていました

そんな中で投じた運命の10投目
心の揺れがそのまま投球に現れました
ポケットには入ったような気がしましたが
気合が抜けてしまった分 10ピンが倒れません
んんんん 無念!!
張り詰めていた糸がプツリと切れ
スペアも取れませんでした
ま 人生こんなもの

でも人生初の200アップはこうして達成されたのでありました
ところで 257とずーっと記憶していたのでありますが
よーく計算してみたら“267”でした 失礼!!!


我々『シラケ世代』は
ボウリングブームにも乗り遅れていましたから
当然ながら マイボール マイシューズなど持っていません
その日も ボウリング場のシューズを借りて
くすんだ緑色の そこらじゅうに傷がある
13ポンドのハウスボールを借りてプレーしました

数レーン隣にいる山中プロの“すかした”練習が
私の闘争心に(勝手に)火を点けていました
プロは私などもちろん眼中になかったのでしょうが・・
私は自分で言うのもなんですがスポーツなら何でもできました
ただし どれもレベルは中の上ぐらいのもんでした
でも“前向きにカーっときたとき”には
火事場のクソ力で 自分でも信じられないようなプレーをしました
このときが まさにそんな感じのときでした

遠くに並んでいるピンは かすんでよく見えないので
手前のスパットを見て あとは力いっぱい投げました
ちぎっては投げ ちぎっては投げ という感じでした
あっちゅうまに 9フレまで投げていました
当時は スコアは手書き(セルフ)です
9フレのスコアを自分で書いて自分でぶったまげました
1〜9フレまで9連続蝶ネクタイマーク=9連続ストライク!
ありえない!? そう思うのが至極当然です!
それまでのハイスコアが180ちょっとぐらいで
ノーミスゲームもまだやったことがないのに
やってる自分が 一番信じられない! てなもんでした

ここまでくると ホールの人も山中プロも
正体不明の酔っ払いボウラーを無視できずチラ見しています

                   (つづく)



朝10時の大型家電店販売員から始まり
夕方には学習塾の講師 間を縫って家庭教師
夜になれば 呼び込みをやって
深夜はバーテンとマスターの掛け持ち
今から30年前の話なのに月収は20万円以上あった
現在の貨幣価値で言ったら5〜60万ぐらい?
夜中の2時頃に“夜のお仕事”は終了するが
そこから なじみの客やママやホステスたちと
朝まで飲みに行くのが 仕事であり息抜きでもあった
それでも早朝5時になれば店じまいが始まり
6時には長い一日も終わりを告げるべきなのであったが
思いっきり若かったし 寝るのがもったいないような気がして
他のみんなが尻込みしても 一人だけでも“早朝ボウル”に

ボウリング人気は私が高校生の頃がピークだったと思うので
当時はもう人気に翳りが出だしていた頃
早朝ボウルは早朝5〜6時には開店していた
アルコールと眠気でヘロヘロになって ピンが倍に見えたりしていた

その日も いつものようにコーラを飲んで酔いを覚ましてると
レーンのど真ん中で カッコつけて投げてる奴が目に入った
よく見るとプロボーラーの山中淳之介(漢字は適当です)でした
週末だったんで 大会前の練習にでも来ていたんでしょう
1投放ってはクリアし また放ってはクリアしていた
プロの練習なんだから そういうもんなのでしょうが
もともと好きじゃないタイプ(スカしてる)だし
その練習方法がなんか偉そうに見えてイラっとしていました

そこで やっちゃうわけです 257!

                  (つづく)

職業に貴賎はないと 学校では教える
御意! まったく異論はない
しかし
キャバレーの呼び込みの仕事に
“貴”の部分はどうしても見つけられない
路上でスケベなおっさんを“お化け屋敷”に誘い込み
間尺に合わない高額な料金を払わせる
中にはミスターキャバレーみたいな遊び上手もいて
料金以上に楽しんでく玄人もいることはいるが
だいたいは “中年のおばさん”にうまく騙されて終わりだ

たまに“朝礼”に出席させられたが
暗くなる前に見た商品であるキャバレー嬢の顔とカラダは
我が食欲を著しくて低下させるほどのものだった
まさに 魑魅魍魎 妖怪 うじゃうじゃのお化け屋敷だった
“商品”に手を出すな!と厳命されたが
頼まれたって お金を積まれたって 出しゃしない!!
そんな劣悪な環境の中でさえ追求せずにいられない“エッチ”
男とは ほんとにとことん馬鹿な生き物である!

朝から深夜まで働いても
若かったので 毎晩飲みに夜の繁華街に出た
文字通り 寝ないで飲んでいた
当時はどんなにがんばっても朝の6時までしか店が開いてなかったので
そこで帰りゃーいいものを 行ってしまうんです“早朝ボウル”

ほーら 話がちょっと見えてきたでしょ

                      (つづく)

学生時代も後半戦になると
学校に出かけるのさえ年に数回となり
朝から晩までアルバイトに明け暮れていた
夜のバイトも バーテンダーやスナックのマスターまでは
まあまだなんとか学生のバイトとして認知されよう?が
より高給を求めてキャバレーの呼び込みをやってたときは
さすがの私でさえ 俺は一体ナニをやってんだろうと
自分の人生ってもんを ちょっと考えざるをえなかった

赤いハッピにハチマキで

 『シャチョー!』『そこのシャチョー!』『いいこ いるよ!』

どこからどう見ても 学生のやることではない
最初の頃こそ 人目を気になどしていたが
こういう商売 合っていたんだねー 自分には
売上トップになるまで 1週間とかからなかった
呼び込みは 完全歩合給・日払い制度であった
一人店に連れて行くと○千円というようなシステム

呼び込みっていっても ばかにするもんじゃない
高等なセールステクニック?がないとトップにはなれない
まず 誰にも彼にも声をかけるのは愚の骨頂
ただの通行人もいれば まったく興味のない奴もいる
そいつらに声をかけたって ただの迷惑にしかならない
よーく観察していると わかってくるんですよ“カモ”が
だいたいは 興味のなさそうな顔をしているが
料金や女の子の顔写真をチラ見している
いたいた! カモ見ーーつけ!
でも そこですぐ声をかけてはならない
怯えてしまうのと 彼は見透かされるのがいやだからだ
そこで 一度シカトしておく
そうすると 『なんだよー』みたいな感じで歩を緩める
そこだ!! そこですかさず『新人入りましたよ!』と耳元に
これで 9割以上の確率で落ちた いや落とした!
こうしておけば 自分からすすんで入店したんじゃなく
呼び込みがしつこいからという言訳もできてプライドも保てる
ねっ 高等なセールステクニックでしょ

でも さすがに当時つきあっていた彼女に見つかったときは
落ち込みました ちょっとだけでしたが・・

ところで“脅威の257”ってなんだ?
これから これから・・・

                  (つづく)