FPのひとりごと

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いや〜 正月早々 3日もさぼってしまいました

ノホホ〜ンと暮らしてしまい 気力レスでありました

それにしても な〜んにもない正月でした な〜んにも

おせちやお雑煮がないのは いつものことなので なんともないのですが

箱根駅伝は東洋大が強すぎて全然面白くないし

毎年 午後からはチャンネルを行ったり来たりして対応する大学ラグビーも

常連の早稲田・慶応・明治が早々敗退してしまい全然盛り上がらない

まあ こういうベタな正月もイイか・・

ということで 今年もよろしくお願いいたします


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


新年一発目の話題が府中刑務所というのもどうかとは思いますが
私の場合 ここで躊躇すると間違いなくシリーズが消滅してしまうので
そのリスクから脱するためにも 敢えて取り上げさせていただきます


私がいたガス屋さん LPガススタンドもやっておりました
ご存知かどうかですが タクシーの燃料の99%がLPガスです
早朝(確か6時)から深夜(確か10時)まで365日営業してました

タクシードライバーさんとは随分懇意にさせていただきました
約10分の給油とはいえ 週に3〜4回も会ってれば仲良くもなります
ドライバーさんにも いろんなタイプの方がいらっしゃいました
当時 東京都では民間タクシー会社で二十年間無事故無違反なら
個人タクシーの免許がもらえるという制度があり
その日を迎えるために 日夜 接客に励まれる謹厳実直な方もいれば

 『ついこないだまで“そこ”に入っていたんだよ』

などと 顎でトイメンの刑務所の塀を指し示す不敵な面構えの方もいらした
時代はまだバブル前ではあったが 乗車拒否などは普通にある頃で
ドライバーも常に不足していて 常時募集中という状態だった
このドライバーのタクシーには絶対乗りたくないという方が
残念ながら 全体の15%くらいはいらした


ある朝 早番で早朝出勤した私
いつものように 一人で開店の準備をしていると
一人の中年男性が 黒いカバンを持って現れた

 『水道お借りしていいですか?』

 『どうぞ』

忙しかったので 仕事をしながらテキトーに対応した
彼は カバンをごそごそしながら洗面道具を取り出し
歯を磨いて 顔を洗っているのだった 早朝のスタンドで
呆気にとられて見ていると 手を広げて背伸びをしながら

 『あ〜ぁ シャバの空気はうめーや』 とのたまった

どうも “出られて”すぐのところだったらしい
少し背筋がゾクゾクしたが なかなか見られる光景ではないし
素直な喜びの表現に こちらまでちょっと嬉しくなった

数ヵ月後 なんとその彼が新人ドライバーとして現れた
周囲に笑顔を振りまきながら挨拶を交わしていた彼
私のところに来て 笑顔のまま押し殺した小声でこう言った

  『わかってんだろうなあ』

それは有無を言わせぬ迫力だった

2012.01.04:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
大晦日です



今年は なんだか あっという間の一年でした



総括! ・・・ ?  U−−−m



いろんなことがありすぎて まとめることができません



来年・・



テーマを決めました



それは 『愛』 です



All YOU NEED IS LOVE です



おいおい って?



いやいや 決して宗教にハマったわけではありません



ということで 来年 私は愛に生きます



来年も気が向いたらまた寄ってってください



今年もお世話になりました          FP
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2011.12.31:tnw:コメント(1):[メモ/その他]
まずはジャブから
と言っても 軽いジャブではなくヘビーなやつを・・


いくら町内に刑務所があるといったって
中の“宿泊者”の皆様にお会いする機会はない
(唯一あるのは出所のときだが それは後で・・)
そりゃあやっぱり シャバとは隔絶された世界だから当然だ
でも 一年にいっぺんだけ施設をオープンにする日があった
(とはいえ 勿論 宿舎の中を見せるということではなくて)
普段入れない敷地をオープンにし 職員との交流をする日だ
(○○祭り とか △△フェスティバル みたいな感じだった)

野外で地域住民に焼きそばとか焼き鳥などを振舞うのであるが
燃料(LPガス)とコンロなんかを貸し出すのがうちの役目だった
そこは ちょっとした『ガリバー旅行記』体験版みたいな世界だった
とにかく ハンパなくドデカイ職員がうようよいるのである
相撲なら大相撲の力士級 柔道なら無差別級だ 間違いなく
刑務官の方々であった
交流が目的なので みなさん笑顔に溢れているのだが
おい 君達! 目が笑ってないぞ!!
あのガタイと眼光が“塀の中の現実”を雄弁に物語っていた
もしリングに上がれば・・ ?  U−−m 30秒持たないだろう

大工場と刑務所の間にあるという特殊な立地ゆえか
そこいらへん一帯には 飲食店がほとんどなかったが(当時は)
ポツンと一軒だけ ハンバーグ屋さんがあった
小さいお店だったが ハンバーグとステーキが抜群に美味かった
ガスのお客さんでもあり 私は結構足繁く通わせてもらった
定番は やはりハンバーグだ
目の前の鉄板で焼いてくれるのだが g数を50g単位で指定できた
私の場合 空腹度で 200〜300gをチョイスした
300g+ライス+サラダで ガッツリ度は120を優に越えた

ある日の食後 何気にシェフと話していて
とんでもない実話を聞かされてしまった

 『こないだ来た刑務官のハンバーグ 皿からはみ出しちゃったよ』

ここの皿は鉄板の上に乗っているのだが
300gでも かなりの存在感は醸し出していた

 『で それって 何gだったの?』

 『2000g』

 『  ・・・・  』


2kgの肉を食らわねば生き抜けぬ世界 ハードボイルドである

 

2011.12.30:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
三十年ほど前
東京都府中市にあるガス屋さんに勤務していました
最初は インドに渡航するためのバイトのつもりでしたが
なんのことはない 十年も勤め その間に結婚もしていました

私の勤務先のロケーションはかなりユニークでした
武蔵野線と府中街道に挟まれた緩衝地帯みたいなとこにありましたが
武蔵野線を越えると 東芝府中工場がブワーっと広がり
府中街道を越えると 府中刑務所の塀がダーっと続いていました
いま思えば ユニークというより異様な光景だったんだねー こりゃ


府中刑務所 (・・いや だから 入ってねーって ホントに)
『三億円事件』で有名になった“スポット”だ
知らない!・・?  だよねー  四十数年も前の話だもの
犯人が現金輸送車を停止させて三億円を強奪したのがここの塀沿いで  
犯人が乗り捨てたニセ白バイが置いてあったのがここの塀際
仕事でほぼ毎日通過していたスポットだ  ちょっと懐かしい・・

府中刑務所は 街のほぼワンブロックを占領していた(いる)
当然のように 四方をコンクリートの高い塀で囲んでたわけだが
生活圏にドデカイ刑務所があるというのは違和感の塊みたいだった
でも不思議なもので慣れてくると生活にも風景にも馴染んでしまった
ま 人間そんなもんだ
ここは いわゆる“怖い系”の幹部の方々がいらっしゃることで有名で
いろんなシーンに出くわしてしまいましたがな あなた
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2011.12.29:tnw:コメント(2):[メモ/その他]
最っ悪の��'mas連休を過ごしてしまった

だいたい 仕事が忙しくて 昨日(日曜日)しか休めなかった

その日曜日も休んだというよりは ダウンしていただけの話

ダウンしたのには伏線があった

家庭事情により栄養事情が悪かった土曜日

仕事をこなしながらも 楽しみはお昼の『ゲソ天カレー南蛮』!

お隣のおやぢ殿に週末の予約を入れていたスペシャルメニューだ

むっちゃ楽しみにしていたのに

なんと なんと 書き入れ時の土曜日に無慈悲にも『本日休業』!

先日 土の中から掘り出した“隠し金”で遊蕩三昧のようだ

こんなことをしていれば いずれ天罰が下るのは間違いあるまい

で 昼を諦めて 夜のディナーに賭けた

だって今宵は��'masイブ  期待をせずにいらりょうか

しかし 我が家がイベントレスだということをすっかり忘れていた

案の定 煮物系惣菜が二三品並んでいるだけであった

なんだか食欲もわかず ビールと焼酎をガブ飲みしてしまった

多分 それと朝食の生卵の鮮度のせいで大腹痛とあいなった

結局 仕事と腹痛に苦しんだだけで��'mas三連休は終わってしまった

誰が悪いって?

まあ しばらく『天ざる』が無料になるのは間違いあるまい・・・

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2011.12.26:tnw:コメント(2):[メモ/その他]
脊髄損傷で障害者になった人には
身体の不全・麻痺の範囲・強弱 運動器官の可動範囲に大きな差がある

入院当初 リハビリの先生に

 『1週間くらいで何事もなかったように帰った患者もいたよ』

と言われ その気になったことがあるが
その程度の かなり軽い障害から全身不随までその差は大きい
障害者療養施設に空きがあれば いつでも入所OKとのことだから
客観的に見て 我が障害のレベルは“中の上”といったところだろう

私より重い障害者になると(不全度で7割超くらい)
自分の意思では身体のどっかの部位を動かすことができないのだから
筋トレなどというものが端っからできようはずもない
(それでもリハビリで筋力の衰え防止と可動域の確保はできる)

ありがたいことに 私の障害は自分で動かせる部分が残されていた
とにかく そこをなんとかかんとか動かすことによって
可動域を広げて さらに“筋トレもどき”もできれば と考えた

私には やるべきことが二つあった
一つは 筋トレによる筋肉増強による脱ガリガリ君だが
もう一つは 下腹部の9kgものラードの除去だ
そこで 筋トレもどきと並行して食生活の改善にも手をつけた
カロリー管理と脱・油&脱・糖分を徹底した
効果はテキメンだった
59kgだった体重が 3ヶ月で53kgまで落ちた
でも ここからが茨の道だ
今度は逆に筋肉増強による体重増を目指すのだ
落としながら(減らしながら)増やす って・・
そういうハードなことをやっているわけである 私は今

2011.12.22:tnw:コメント(0):[メモ/その他]