FPのひとりごと

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シリアでの化学兵器(サリン?)使用に対し

オバマ オランド両大統領が軍事介入に積極的だ

化学兵器自体が事実なのか 事実なら使ったのはどっちなのか

その辺も全く定かではない(または事実が公表されていない)のに

アサド政権への軍事介入だけが論点にすり替わっている

イラクの「大量破壊兵器」の二の舞にならなければいいが・・


それにしても この問題はわからないことが多い

アラブの春の流れで見れば 反政府活動は市民運動だったはずだ

純粋に民主化を求めて アサド王室による独裁に蜂起したはずだった

でも内戦が長引いているのは それが「反政府軍」になったからだろう

市民活動家が いつ誰の援助で軍隊になってしまったのだろうか

もし 武力介入で現政権が崩壊し 反政府組織が政権を握ったとして

当初の目的であった民主化がほんとうに果たされるのか 甚だ疑問だ

チュニジアやエジプトを見ていると 春はまだ遠いとしか言いようがない


今回その使用が問題になった化学兵器

その使用が厳しく糾弾されるべきなのは論を待たない

その根底にあるのは 非人道性と無差別大量殺戮ということだろう

しかし そもそも非人道的でない武器などこの世界にあるのだろうか

槍・刀剣・弓矢・・ これらも殺戮に使われれば人道性のかけらもない

人間が戦場において 使っていい武器と使って悪い武器を線引きする

線引きした上で 使っていい武器で殺しあう

そのセンスは荒唐無稽としか言いようがない

劣化ウラン弾は私から言わせれば「放射能まき散らし爆弾」だが

その使用に公的な縛りはない  アンビリーバボー!

最近は無人兵器や軍事ロボットなどが実戦に配備されている

実際に小型のラジコン戦闘機がテロリストの殺害などに使われている

これを文字通り非人道的と言わずして何が非人道的なんだろう


米国の国力の衰えとアフガン・イラクの失敗がトラウマとなり

あの好戦的な国民性さえ少しおとなしくなりかけている

オバマが議会を共同責任者にしようとするのもそのせいだろう

問題がややこしいのは 最良の着地点が見えないことだ

中東での政治的軍事的混迷は この先もまだまだ泥沼化する気がする

こういうときこそ機能しなければならない国連なのに

拒否権という大国のエゴが邪魔で 何の役にも立たない

武器を持たない市民を毒ガスから守れないという現実

途方もなく重たい現実だ

2013.09.02:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
いやー すごい

とにかく すごい!!

日大山形が 夏の甲子園でベスト4だ ベスト4!!


初戦で 確かに強豪日大三校は破った

それも 7−1と大差をつけての勝利ではあったが

ちょっとなにもかもが“できすぎ”の感じがして怖かった

ところが 三回戦で 関東の強豪作新学院を5−2で破った

それも 投打とも相手を圧倒してだ もう“まぐれ”ではない!

が 健闘もここまでかと思った なにせ相手は あの明徳義塾だもの

ところが がっぷりよつで渡り合い 最後は一点差の逆転勝利!

勝利の瞬間は 夢かと思った それぐらい凄い勝利だ

日大三校 作新学院 明徳義塾 全部甲子園の優勝校だ

もうなにも怖いものはない

あと二戦 勝ち抜くのみだ!!!!




*わが母校は 県大会の三回戦で準優勝校の米沢中央に惜敗した

 世が世なら・・  チーズ鱈&レバ刺しでした

2013.08.19:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
首都圏にいて

電車の中とか居酒屋とかで 唐突に ずーずー弁を聞いた時

おお! 置賜弁だ! うわっ懐かしい!! としみじみ郷愁に浸れます

でも 仲間に入って一緒に喋っちゃおうかなあ! などと思うと

いやいや待てよ! とブレーキを踏む自分がいました

なんだか恥ずかしいんです 大声でずーずー弁を話すことが

田舎者と思われるのが嫌だったんです

くすくすっと笑われるのが嫌だったんです


大学に入った時も 置賜弁が出ないようにと腐心していました

ただ 私の場合はC調男ゆえ すぐ環境に慣れてしまうんです

私は 関西人と5分間しゃべっただけで 関西弁が喋れる男なのです

なので 言葉で苦労するということはありませんでした


Fも私と同様に 置賜弁を無理無理封印していたのですが

やつの場合は アクセントに気をつけすぎるあまり

アクセントが妙に平坦になってしまい

結局 何弁を話してんだか よくわからなくなっていました

それでも ご本人はその気になっていたみたいで

語尾に 「・・ちゃって」と「さあ」を多用していました

  「今日さあ 学食でB定食たべちゃって」 みたいな・・

かわいいやつなんです Fは



Fは体育の実技で バスケを取っていました

授業で実際にバスケのゲームをしたときでした

前にいるチームメイトが敵に囲まれていたので

パスを自分に回すように大声で叫びました


  『 ウッショ! ウッショ! 』 と


ほんの一瞬 ゲームが止まりました

が また何事もなかったようにゲームは進行しました

そして Fだけが真っ赤な顔をしてコートを後にしました

油断大敵火がぼうぼう・・


かわいいやつなんです Fは

2013.08.11:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
父の本籍は東京市の本郷だ

私も本籍は東京都K市にある

だからといって 垢抜けたシティーボーイではない

母は 南陽市の山奥の農村の農家の9人兄弟の末っ子だった

どちらかというと 私は母似だ・・



高校時代の同級生で 大学も同門だったFという男がいる

隣町のはずれ(在)の方の出身で 目立たないやつだった

田舎ゆえ交通網が不備で(っちゅうかなんもないので)

バイク通学を特別に許可されていたらしい(と本人が言っていた)

当時 バイクは「3ない運動」とかでぐるぐる巻きにされていて

男子高校生が 指一本触れられないような環境だったのに

裏では こんなことをしてあがったのかと イキってはみたが

そうでもしないと高校へも通えないクソ田舎 逆に凄い!!


Fは理系だったが 教養課程の二年間は同じキャンパスで過ごした

そこの大学は キャンパスも学生も見事にダサかったが

Fは そこに悲しいくらい見事にマッチしていた

五十歩百歩の田舎者同士とはいえ 勉強以外殆ど何も知らないF

私とB(高校の同級生・文系)が 彼をフォーマットにかかった

まず 酒・タバコ・麻雀・・ ここいらへんを一通り教えた

覚えの良くないF 麻雀は弱い弱い 博才がないのだ 全然

Bと卓を囲んでいた時 親のBにバイマンを振り込んだそうで

240Z(親のバイマン24,000点とフェアレディーZの240Zをかけたもの)は

以降 彼の一生もののトラウマとなった

そんな愛すべきFに ある日 悲劇が舞い降りるのでした

2013.08.10:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
全国のG党同士にとって

今シーズンほど笑いの止まらないシーズンはあるまい(wwwwwww)

徳光大兄のあの細い目が ますます細くなっていることでしょう


前半戦から順調に首位をキープしてきたが

後半戦に入っても その勢いに翳りなどまったくない

まずは 鬼門のナゴヤドームでドラゴンズに3連勝だ

原クンは落合さんに どこか私淑しているようなところがあり

ちょっと前までは G軍がナゴヤドームで勝手にコケてた印象があるが

高木爺には人間味はあれどカリスマはなく のびのびやらしてもらっている

やっぱり落合さんて 選手としても監督としても超一流だったんだねー

って 感心してる場合ではない!

その勢いのまま 今度はスワローズにスイープ(3連勝)だーー!

小川監督って 懐の深いやり手で苦労人の監督だと思うが

あれだけケガ人が出ちゃあ采配の振るいようがない 来期はないかもね・・

って 感慨にふけってる場合じゃない!

ってなわけで 怒涛の6連勝! 2位阪神に7.5ゲーム差!!!

7.5ゲーム差って わかっていただけるだろうか?

同一チームと8連戦(ないけど)8連敗してやっと追いつかれるという意味

まあ 東京五輪のアベベみたいなもんで 独走状態に入っちゃったよー


そして今日から東京ドームでのG−T3連戦

ここも三タテで9連勝! と言いたいところではあるが

あまり勝ちすぎてもペナントレースがつまんなくなるので

余裕をかまして 2勝1敗ぐらいにしておいてあげよう

えっ なになに 2勝しちゃうとマジックが出ちゃうって?!

この時期にマジックって・・  ドゥワッハッハッハッハ

そうだ! 日本シリーズに備えてパリーグでも観戦するか

毎晩 ビールが美味しい半世紀のG党親Gなのでした

2013.08.02:tnw:コメント(0):[メモ/その他]
昨日の続き・・


1967年8月28日未明

最上川の西側の堤防が決壊した

いつも遊んでいた あの土手が崩れたなんて信じられなかった

泥流があっという間に平屋の我が家に押し寄せた

ボクは 膝まであるゴム長を履いていたが

泥水の侵入を防ぐには ゴム長の丈はあまりに短かった

(数日後帰宅したら 床から60〜70cmのとこまで泥流の跡があった)

さて この後 我が家は 我が家族はどうなるんだろう

と 小学生なりに心配していたら 一艘の舟がやってきた

5人乗りくらいの木船で 手漕ぎだった(これがホントの助け舟!)

それに乗って 我が家よりは高台にあって難を逃れた隣家に避難した

その時に見た光景が一生忘れられない

家の周りは すべて真っ黒な泥流だ

一瞬にして泥流が見慣れた風景をもすべて押し流してしまった

悲しいとかなんとかというより 現実の凄さにただ驚嘆していた

こんなこともあるんだ と

何もかもが流れてきた

建物 家財道具 自転車 倒木 ・・・ なんでも

でかい錦鯉が手づかみできるとこにうようよいたが

つかまえたって 飼っておくところがない(残念だった)


避難した隣家では なんだか放心状態だった

隣家のじいちゃんが 囲炉裏で焼いてくれた焼き栗が忘れられない


その後 大人社会は復旧復興にご尽力されていたのであろうが

小学生だったボク 連休がただただ嬉しかった(何卒お許しを!)


ここで老婆心(老爺心?)ながら一言


  災害は 忘れたころにやってくる (by 遅かりし由良の助)

2013.07.26:tnw:コメント(0):[メモ/その他]