FPのひとりごと

FPのひとりごと
ログイン

DOCOMOのスマートフォンのCMは
渡辺謙さん中心のドラマ仕立てでなかなかのものだ
若手俳優と組んだ一連のCMは
謙さんの重厚な演技とコミカルな展開の組合せが絶妙だ

今回は新入社員?が名刺を整理する件(クダリ)だが
名刺をそのまま読み込ませてファイリングするって 凄い!
とりあえず 名刺上の文字を全部読み込んで
それを 社名・住所・電話番号・役職・名前・・に分別し
社名や名前なんかを五十音順とかで取り出せるんでしょ?!
いやーー 理屈抜きに凄いとしか言いようがない スマートフォン!


私なんか今でもそうだけど 分厚い名刺綴りに保管している
その分厚さが営業での戦利品みたいなものなので
一枚一枚に結構な思い入れがあるし 妙に愛しいものだ
たまに“あ”から目を通すことがあるが 懐かしさでいっぱいになる
もうなくなった会社もあれば リタイアした方もいる
当時はペーペーだったのに社長になった人もいれば 失脚した人もいる
一枚の名刺から大成功したビジネスもあれば “名刺だけ”のこともある
でも どの名刺にも自分のビジネスの歴史が詰まっている
その名刺を見れば 当時の自分がまざまざと蘇ってくる

自分がペーペーの頃は 名刺に鉛筆でメモをした
飛び込み営業などをやっていると 名刺の枚数は驚異的になるが
名刺と会った人の顔がマッチングしないなんてことはしょっちゅうある
それでは 次に会ったときに その人に失礼なので
その人の特徴とか 会ったときのシチュエーションなんかをメモった
例えば・・

『黒縁メガネ 頭髪バーコード ○○氏からの紹介 △△常務のライン』

これは 結構 MYビジネス上は役に立っていた
ビジネスなんて どこで導火線に火が点くかわからない
プレゼンしっ放しで ほかしといた案件が 急に日の目を見ることがある
そんなとき 風見鶏の私は 人物はおろか案件さえ忘れていることが多い
ゆえに 名刺にあるワンポイント・メモが大いに役に立つのである

スマートフォンの名刺ファイルに メモ機能があるのかは?だが
名刺には その名刺固有の“佇まい”とか“匂い”がある
それは 自分の手書きのメモを含めての話であり
残念ながら スマートフォンのメモリーには“それ”がない

こんなことを言ってるから どんどん取り残されていくのだろうが
やっぱり 私は名刺を名刺綴りに残していきたい

サラリーマン時代
勤務が終わってから講座に通い(日商)簿記3級を取った

経理に強くなっておきたいという思いもあったが
営業で経営者とコンタクトするときに
経営がわからなくては経営者と“差し”で話せない
差しで話すには 簿記的アプローチが必要と考えたからだ

勉強して B/S P/L 貸し方・借り方 勘定科目・・
頭の中で“なんとなく”理解していたことが
体系的 理論的に理解できるようになり営業の武器にはなった
でも
簿記がわかったからといって 経営が理解できるわけではなかった
考えれば当たり前のことで 簿記をやって経営を理解できるなら
経理担当の事務職は みんな経営コンサルタントということになる

極論になってしまうが
経営を理解するには 経営を実際にやるしかない
経営者になれば よほどの“お飾り”社長でもない限り
日々 経営の厳しい現実と向き合わなければならない
向き合っていれば 経営実態はいやでも見えてくる
見えてくれば 会社を倒産させないように 赤字を出さないように
利益を少しでも多く出せるように 永く会社が続けられるようにと
経営者は粉骨砕身・全身全霊で仕事(経営)をする
そうしていれば会社の勘定は机上の数字ではなく体内の血液となる
赤字・倒産は出血・死亡を意味する 経営は言わば命脈というわけだ
だから たとえボンクラ社長のドンブリ勘定だとしても
ドンブリの中に 何が どれだけ入っているかは体感している
勘定はカラダの一部なんだから当然の話だ

私の脱サラ(経営)は通算9期で終わりを告げられてしまった
でも 我が人生において貴重な体験をさせてもらったのは間違いない
誰もが体験できるようなことではないからなおさらだ
創業時の壮絶な艱難辛苦を思えば 多少の躊躇はあれど
その気がある若い人には 脱サラ・独立をドンドンしてほしい
面の皮が厚くなるだけでなく 肝もドーンと据わる

なんてたって 儲かって節税を考えているときほど幸せなことはない

PS 節税ならFP(It's me !)にご相談あれ・・・!!!


我々が若かった頃
“無造作ヘア”などというものが
ビジネスで許される環境にはなかった
しっかりと整髪することがビジネス上のマナーだった
だから 必要なときに散発にいけるかどうかは結構大事なことだった
最近の若い人は 目が三角になるようなヘアスタイルでいらして
驚かされることがある 当方の感覚も勿論古びてきてはいるが
ビジネスの決定権を握ってるのは中高年だ ということも忘れてはなるまい


社長になって スコーンと時間が空いたとき
散髪に行ってみた  誰に遠慮も要らんのにそわそわした
長年のサラリーマンとしてのメンタリティーは抜けきらんもんだ
でも なんだか積年の恨みを晴らしたかのようで気分爽快だった
ちょっと“昼酒”に似て罪悪感が逆に快感になる そんな感じ
しみじみ 社長になってよかったー と思った

つまんないことで なんだか申し訳ないんだけれど・・
もしかして脱サラして一番嬉しかったことかもしれない これ
ま 社長にもいろいろあるんで  許してつかーさい!!

社長の“密やかな”楽しみってのもある
いやいや 決して いかがわしいのじゃなくて

◇◇女性事務員の採用に当たって水着審査をするという
  いっぺん“精神鑑定が必要級”な妄想は今でもあるが・・◇◇

従業員数人規模の会社で働いていると
社長の人柄や性格にもよるが ワンマン社長の場合は
スケジュールはフリー あってもないようなもんだ
ゴルフや海外(国内)旅行や酒席がいきなりスケジュール・インする
こんなときはだいたいビジネスがらみの出張という扱いになっているが
従業員から見てオープンにできないようなことはすんじゃねー!
と言いたいところではあるが これも社長の特権 しゃーない
このへんのところは癪には触るが うらやましいとは思わない
が
ひとつ どうしても うらやましくてタマランものがあった
サラリーマンの場合 散髪にいけるのはウィークデイの帰社後か休日
自分の場合 床屋が開いてる時間に帰宅することなどありえなかったし
土曜日はまだ“半ドン”の時代だが 半ドンの恩恵を受けたことはない
となると 休日しか行ける日はないことになるが これまた問題がある
床屋は第1・第3日曜日が休業日なので月2回しか行けるチャンスがない
その2回のチャンスも普段ご無沙汰してることが山積しているため
そちらに足をとられ 散髪の時間が取れないことが往々にしてある

そんなとき社長は平日の就業時間内に平然と散髪してこられる

『この野郎!!』と『いいよなー!!』が我が心に強烈に刻み込まれた



社長になってよかったこと いろいろあるが・・

一番は やりたいことがやりたいだけできることだ
もちろん 身の丈以上のことができるわけはないが
大会社なら 稟議書を書いてトーナメントで勝ち進むように
係長→課長→次長→部長→取締役→専務→社長
こんな感じで“枠”に印をいただかないと大きなことはできない
どうでもいいことだが→が進むほど印鑑の直径は大きくなる
そんなことをしてる間に ネタ自体が古くなって使えなくなる
サラリーマン時代は そんなことがよくあった

社長になれば トップダウンの名の下に やりたい放題だ
もちろん大会社では社長といえど好き勝手はできないが
従業員もいない極小会社では やりたいことはなんでもできる
株主に過剰な気を使って大胆なビジネスができない上場企業は
サントリーとか電通のように非上場というやり方も視野に入れるべきでは

自分の場合は 社長としてというよりは一人の営業マンとして
机上で営業推進策を考えることが なにより好きだった
そこで思いついた“これ いける”というアイデアはすぐ実行に移した
結果(成功⇔失敗)もダイレクトに自分に跳ね返ってきたので
これほど やりがいがあって 尚且つ面白いこともなかった

サラリーマン時代は
社長とか専務とか取締役という肩書きに単純に憧れていた
それは会社の規模が大きくなればなるほど 見果てぬ夢 だから

実際に社長になってみて『社長!』と呼ばれると
ちょっと照れくさかったが 悪い気はしなかった
大企業の代表も従業員なしの会社の代表も同じ社長だ
しかし
こんな不安定な地位もない
社会的・法的な保護は 全くないと言っても過言ではない
会社を潰してしまったら 翌日からは確実にルンペンだ
社長は資本主義の恩恵を最大限受けることができるが
逆に資本主義の淘汰の厳しさも一身に浴びることになる
世の中 自分が夢見ているほどに甘くはない・・・

とはいえ 迷走から目覚めた我が社は
生保を営業の中心に据えることによって
経営状態が安定し始め 2期目は黒字を計上した
3期目には FP業務を加えることによって業態を広げ
10桁は失敗したが 9桁の資産運用まで手掛けることができた
経営の余裕が時間的余裕を生み 大きい“仕掛け”ができるようになる

経営そのものが おもしろくなっていった頃だった